第3話/魔法学校
八年の月日が経った今。シルヴィは貴族でも貧しい家庭でも、なんでもない家庭で、不自由なく――いや、蒼い右目のせいで片目を隠さなければならないくらいには不自由だが、それでも気にすることなく日々を過ごしていた。
そんなある日シルヴィは魔法学校へと編入学することになった。
というのも平均より低いと言われていた魔力は案の定ぐんぐんと伸び、数日で前世と同じ魔力量になったのだ。
それだけで良かったのだが更に日が経つ事に魔力は増え今では平均よりも遥かに上、明らかに桁外れの魔力を手に入れていたのだ。それも転生前……千年前よりも遥かに上。
初級の魔法を使えば上位魔法同等の威力を誇り、下手をすると山が消える。また魔力も減る気配がない。
だからこそ魔法の制御も身につけたが、未だに完全には制御できていない魔法もある。
流石にそれが世に知られると兵器だなんだと言われ身に危険が迫ると考え、家族間の秘密とした。
「――いい? その右目はちゃんと
「多分大丈夫だとは思うが、しっかり制御できないうちは魔法は人に使うなよ? それと授業中寝たらだめだぞ? あ、あとは――」
「ま、待ってくださいお二人とも、その、気持ちは嬉しいのですが、だからって、その、校門前までついてこなくても……」
「何言ってるの! それが親でしょう!」「何言ってるんだ! それが親だろう!」
「い、一々ハモらないでくださいッ!」
親バカな両親とのやり取りを痛いほど行きかう人たちに眺められ、顔が羞恥のあまり赤く染まったシルヴィはわたわたと手を動かして。
「も、もう行きますから!」
と言って肩まで伸びた焦茶の髪を揺らすように踵を返して足早に歩く。
向かう先はアドリシア魔法学校。シルヴィが二度も生まれ育った、煉瓦作りの建物が並ぶ町エルケニスの中でも随一の大きな魔法学校だ。
既に定められた運命から逸脱しているところはあるものの、こういった大きな物事は簡単には変わらないようだ。
というのもその学校は前世でもシルヴィがお世話になった学校なのである。
――はぁ、アルルお母さんとロウイお父さんはどうしてこう……親バカなんだろ。流石にここまで見送りされるのは恥ずかしいのに。
周りを見ても親が着いてきている生徒は見当たらない。故に注目の的になり恥ずかしさで自然と歩みが早くなる。
少女にとって見慣れた校舎故に迷子にはならずに入学式のための集合場所へとたどり着く。その間にざっと校舎を見回していたが、千年もの時が経っているのに綺麗で構造も殆ど当時と変わっていないようだった。
「編入学おめでとう。君は……シルヴィさんだね。私はルミナ。この学校の魔法学全般を勤めてるから分からないことはなんでも聞いてね」
「あ、えっと、はい。よ、よろしくおねがいします」
「そんなに緊張しないで。さ、これ持ってあの編入学組の列に並んで」
集合場所である体育館へとたどり着くと、直ぐに白衣を着こなし凛々しく、しかしミステリアスな雰囲気を醸し出しているルミナが話しかけてくる。聞く限りではこの学校の教員と言ったところだろう。
そんな先生から白色の小さく細い手杖を渡される。乱暴に扱えば簡単に壊れる代物だが、魔法を使う者には欠かせないものともいえるもの。
しかし、シルヴィが過去に通っていた頃は渡されなかったもの。この千年の間に変わったのだろう。
不思議に思いながらも指定された列に並ぶ。少女の後ろには誰もいないことから少女が最後なのだろう。故か直ぐに入学式は執り行われていた。
入学式の内容は至ってつまらないもの。特に少女は人生で二回も受けているのだから尚更。ただそれでも気になることはあった。
まず進学代表のフレア・レイシュトルム。レイシュトルムという姓が無性に聞き覚えのある程度だが、どうしても気になってしまっていたのだ。
「――これにて入学式を終わりにする」
気づけば入学式は終わっていた。しかし――。
「白色の杖を渡された生徒は特殊学級……特級クラスに来るように」
入学式を締めた先生がそのまま冷たい口調でそう言い放たれてシルヴィを含む一部生徒が足を止めた。
「特級クラス……本当に……」
その名のクラスは以前も通っていた場所。以前も入学式が終わってそのクラスに案内されいたのを思い出したシルヴィ。白い杖の存在や人など多少は運命からズレても、やはり主な出来事はそう簡単には変わらないのを改めて実感した。
その後先程のルミナに引率されシルヴィは学校を案内されたのち特級クラスへと入った。他の特級になった生徒は進学組のため先に教室の中にいる。
教室は奥に行くにつれて高くなっており、下から眺める教室がかなり広く感じるのは、いつもながら圧巻の風景。
ただそこまで広いのにたった十人の人数故にどこに座るかはそれぞれ自由となる。ならばと少女が選んだのは手前から三列目に当たる奥の窓際。つまり一番目立たない奥の隅っこの席だ。
「センセェー。そいつが特級クラスなのはなんかの間違いじゃないの? 見たところ貴族でもないし、眼帯でイキってる雑魚でしょ。そんなやつは一般クラスにいればいいのにねー。皆もそう思うでしょ?」
適当に決めた席に座ろうとした瞬間教室に響いた罵声。すかさず声を辿れば、赤い髪を横に払った女子生徒の突き刺すような緋色の眼と目が合った。
たった一人の声に感化されたのか数名の生徒が嘲笑いを始める。
先生が生徒たちのそれを落ち着かせようとするが、泊まることを知らず赤毛の少女は言った。
「ねぇ、あなた。このクラスに入るのなら相応の実力見せてみなさいよ。そもそもここは編入、入学生が来れる場所じゃない。進学しなきゃこれないのよ。まぁどーせ、親が賄賂とか渡して来たんでしょ?ならあんたみたいに私は最強だとか思ってそうなへなちょこは、ここにいる資格ないもの。っぷっくすくす」
傍から聞けばなんてことの無い逆恨み。少女が何をした訳では無いが何故か反感を買っているようだ。しかしそれに対抗なんてすると面倒くさくなるのは目に見えている。
こういう時の対処は、極力関わらずに無視すること……なのだが。
「黙ってないでなんとか言いなさいよ! そ・れ・と・も? 私は雑魚魔法使いでしたーって認めるのかなぁ? やーいざぁこざぁこ! あんたの親も大変ね! こんな雑魚をここに入れるなんて」
「ちょっとフレアさん! 流石に言い過ぎですよ!」
「っるさいな。センセーは黙っていて」
無視をしても段々とエスカレートしてくることはある。特に今の一言で喧嘩になりそうな雰囲気を感じ取ったのか、ルミナが少女を止めようとしていた。しかし、検討むなしく矛先はシルヴィに向かったままだ。
「でも、だからといって見過ごすわけには――」
「ルミナ先生。ありがとうございます。でも大丈夫です」
「じゃあ認めるのね? そりゃあそうよね、底辺の雑魚はおとなしく地面でも舐めてればいいのよ。お似合いだわ!」
「はぁ……さっきから聞いていれば、バカバカしい。そんないじめをするあなたの方がよっぽど底辺ですよ。それと、いいでしょう。実力を見せれば良いんですよね? そのために何をするかはあなたに委ねますよ?」
親のことを悪く言われプツンと聞こえないはずの音が耳を刺激すると同時に、目が笑ていない満面の笑みを浮かべて、言い返すシルヴィ。本来ならば厄介事は避けた方がいいのだが、喧嘩を売られた以上買って思い知らせることにしたようだ。
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