第20話 宣誓

 花祭りの最終日には、王城の前に祭壇が築かれ、王が豊穣の祈りを捧げる。

 ネーヴェは花祭り仕様の金色のドレスに身を包み、転ばないよう注意しながら、ゆっくり祭壇に登った。ドレスの裾が無駄に長いので、裾持ちの侍女が二人後ろから付いてくる。女王ともなると、いちいち仰々しいものだ。

 王城前の広場には、たくさんの人々が押し寄せて、国王を一目見ようと顔を上げている。その熱気を浴びたネーヴェは、一瞬くらりとした。

 これだけ多くの人の前に立ったのは、初めてだ。

 戴冠式の時は、民衆の前での公開演説やパレードを行わなかった。

 柄にもなく緊張してしまい、壇上に登った後に頭が真っ白になる。

 しかし、側近がネーヴェの様子に気付く前に、異変が起きた。

 

「空から花びらが……」

 

 不意に強風が巻き起こり、ネーヴェの周囲に花びらが舞い飛ぶ。

 

「奇跡だ」

「天が女王陛下を祝福しているのか」

「静粛に!」

 

 ざわめく民衆を兵士が怒鳴り付けて静める。

 ネーヴェは花びらで我に返った。なんというタイミングの良さ。おそらく、どこかで見守ってくれているシエロの援護だ。

 落ち着くため、深呼吸した。

 祭壇を囲む柱の間に立って、王城の背後にある山脈を見上げる。

 山の彼方、天にもっとも近い場所には、神が棲まうとされる。ネーヴェは声を張り上げて、山に向かい祈りを捧げる。

 

「地におわす豊穣神リベル・パテルよ、空を統べる天神ウィクトーリアよ」

 

 このフォレスタでは、豊穣神リベルが昔から崇められていた。妖精はリベルの眷属だ。リベル・パテルは葡萄酒の神なので、初代国王が推したということもある。

 一方、天使信仰は帝国から流入した文化だ。天使は天神ウィクトーリアの末裔で、天の意思を代行し勝利を導くとされる。

 両方の良いとこどりしよう、というのがフォレスタの宗教観だ。フォレスタの天使様は、別の神様を信仰しても気にしない。花祭りは豊穣神リベル主体の祭りなので、この儀式は天翼教会ではなく王族が取り仕切ることになっている。


「……森の精よ、支えたまえ。地の霊よ、讃えたまえ。暗雲を払う聖なる風の加護、清らかな水の祝福と、豊潤な実り、我ら人の子にこれら天地の恵みをお与え下さい」


 ネーヴェは決まり通りに祈りを捧げると、いよいよ王の宣誓に移った。


「私は王として、民の平穏と幸福、国の発展に我が身を捧げることを誓います」

 

 ここから先は、定型文ではない、ネーヴェ独自の宣誓だ。


「この誓いの証として、在位中の貞潔を神に約束いたします。全能なるリベル・パテル、全知のウィクトーリアよ、我が誓いをご照覧あれ!」

 

 儀式を見守っていた貴族たちの間から、どよめきが漏れる。

 一般市民は、ネーヴェの言っていることの意味が分からなかったのか反応が鈍いが、高位貴族は明らかに顔色を変えた。

 それもそのはず。

 在位中の貞潔、すなわち、王位にある間は結婚しないと宣誓したのだ。

 貴族の男の中には、女王と結婚し王配として権力を振るうことを夢見る者も多かった。しかし、ネーヴェは在位中に結婚しないと表明したので、彼らの野望は意味を失った。


「やってくれたな……」

 

 ロスモンド伯爵が悔しそうに歯ぎしりする。

 せっかく息子を近衛騎士に送り込んだのに、無駄骨になった。


「女王陛下の誓願は、天に届きました。今秋の実りは、約束されるでしょう」

 

 宮廷付司祭のアドルフが、そう言って頭を下げる。

 花祭りは終わった。

 ネーヴェは階段を下りながら、無意識にシエロを探した。参列者の、天翼教会の関係者が並ぶ一角で、司教や司祭に囲まれて立っているシエロは、ネーヴェと視線が合うと微笑する。

 宣誓はシエロと一緒に考えた。

 そして、彼と一緒に決めた策は、もう一つある。

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