第77話 お前の好きなようにやれ

 ネーヴェの戴冠式は、吉日を選んで、行われた。

 王城の敷地内にある礼拝堂で、高位貴族と外国の賓客だけ参列する戴冠の儀式を行った後、バルコニーで民衆に御披露目するだけの簡単なお仕事だ。ただし、衣装が重くて死ぬほど面倒だが。

 その衣装だが、これもどんなデザインにするか紛糾したらしい。

 目立つ鮮やかな赤や青も真っ先に候補に上がったが、女王の落ち着きと優雅さを重視し、ベースは瞳と同じ紫に決まった。装飾は可愛らしいイメージを排除して威厳を出し、髪は高めに結い上げる。

 準備を整えて礼拝堂に足を踏み入れる。

 すると、正面奥の天使像の前に立つ、金髪の男が目に入った。今日の司祭服カズラは、翼の意匠があしらわれていて、ひときわ豪華だなと他人事のように思う。


「シエロ様」

 

 彼の姿を見て、やっぱり来てくれた、という不思議な安堵が沸き上がる。

 

「お前が代理の王だと言うから、俺は天使の代理で来た大司教だ。世間的には、そういうことにする」

 

 ネーヴェが近寄ると、彼は潜めた声でそう言って笑う。


「ほら、頭を差し出せ」

「言い方が雑ですわね」


 礼拝堂の中は静かなので、ネーヴェとシエロの会話は響きそうなものだが、天使の力によるものか、透明なベールに包まれているように、客席と隔絶されている気配がした。

 二人以外には、流麗な動作でひざまずく新しい女王と、偉そうな若い大司教だけが見えている。

 シエロは用意してあった冠を手に取る。

 急遽、女王のために作られた王冠だ。金細工の職人は突貫作業で、オリーブの枝をイメージした繊細な形の、女性向けに軽い冠を仕上げた。

 

「これは単なる飾りだ。気張らなくていい。政治など、宿の経営みたいなものだ。少し規模がちがうだけで」

「だいぶ規模が違いますわ」

 

 シエロは気楽に言うが、国の政治と宿屋経営を一緒くたにしたら、世の国王の顰蹙ひんしゅくを買いそうだ。


「俺がいる。今までと同じように」

「!!」

「定期的に、王城の礼拝堂に来ることにした。お前の言う通り、表舞台に上がって堂々と暗躍してやろう」


 それは暗躍と言わないのでは。

 王冠は軽く、頭に載せられたのに気付かないくらいだった。

 確かに、リグリス州で、シエロと旅館運営した時と同じだと考えると気が楽になる。あの時、シエロは常にさりげなくネーヴェを支えてくれていた。


「お前の、好きなようにやれ」

 

 耳元でささやかれる低い美声。

 ネーヴェは頷いて立ち上がり、客席に向き直った。

 途端に盛大な拍手が沸き起こる。

 フォレスタ史上初の女王が戴冠した瞬間だった。


 




 ―――その女王は、フォレスタに数々の新しい文化を作り、改革を促したと、史書には記録されている。

 女王の隣には美貌の大司教がおり、公私に渡り彼女を支えた。この大司教の正体が、伝説の天使だったという眉唾ものの説があるが、おそらく女王の功績を誇張するための作り話だろう。天使に寿命は無いはずだ。

 退位後に、二人が暮らしたというオリーブに囲まれた屋敷は史跡となり、フォレスタの田園地帯と、そこで生活する農夫たちを優しく見守っている。

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