第75話 気になりますわ……

 それはそれとして、部屋に入れるつもりはないと押し返すと、シエロは笑顔のまま舌打ちしてくれた。彼は本当に天使様なのだろうか。いろいろ腹黒すぎる。


「暗躍しないで、表から堂々といらしてください。そうしたら、部屋に入れて差し上げます」

「ふつう天使が表舞台に立つのは、儀式の時だけなんだが」

「ご自分は例外だと先ほど仰っていたではありませんか。悪いことをしていないなら隠れてこそこそ動くのではなく、表の身分でいらしてください。一応、大司教様なのでしょう」

「便宜上な……ふむ。確かに正論だ」

 

 シエロは少し考える様子を見せた。しかし、そろそろ彼を見慣れてきたネーヴェには、ちょっと悪巧みをしているようにも見えた。


「分かった。出直すとしよう」

 

 立ち去る前に、彼は距離を詰め、ネーヴェの頬に軽く口付けてきた。


「……また会いに来る。おやすみ」

「!!」

 

 さっと身をひるがえし、彼は手すりを乗り越える。

 隻翼の天使の姿は、夢のように消えた。

 ネーヴェは頬に手を当てて真っ赤になる。


「不意打ちは卑怯ですわ」

 

 なんて、あざとくて、綺麗な男だろう。

 恋心を自覚した今は、彼の示す親愛の情が、いちいち胸に突き刺さる。いけない、氷薔薇姫の二つ名にかけて、無表情を守らなければ。

 からかわれてる訳ではありませんよね?

 先ほどのシエロ様の言葉は、シエロ様なりの告白と考えても良いですよね? だって、何も思っていない娘に「俺は、お前のものだ」とは言わないですわよね……。

 ネーヴェは、事後しばらく経ってようやく、彼と想いを交わしたのだと実感が沸いてきた。

 しかし、そうなると、気になることがある。

 天使は、普通の人間の男と同じ体の造りなのだろうか。いやいや、いつもの癖で細かいことを気にしすぎだ。みぞほこりを探す訳ではないのだから。

 …………。

 彼とは、一度よく話し合う必要があるかもしれない。

 

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