冷酷な軍人は元令嬢をこよなく愛す

@yumemiruringo

第1話序章

「俺の妻になれ。」


香世は目の前に座る男の低く落ちついた声を聞き、ビクッと肩を振るわせ瞬きを繰り返す。


目が合い、鋭く見据えた瞳に吸い込まれるように思わず見惚れてしまう。


その端正な顔立ちに、一寸の隙も無い立ち振る舞い。

部下からは鬼の中尉と言われ恐れられる存在であり、巷の女子達からは影でキャーキャーと騒ぎ立てられている。


「返事は?」


先程から一言も発さない香世に、

若干の憤りを覚えた正臣はもう一度聞く。


「…貴方様の望むようにお好きになさって下さい。」


香世そう小さく言って、頭を下げ続ける。


「何故、そのように申すのか?」


正臣は冷淡に言い放つ。

彼女の心意を知りたいと伺い見る。


「私は、貴方様からお金で買われた身です。

わざわざお聞きになさらなくても、

こ指示に従うのみでございます。」


両手をついて顔を下げる。


正臣は思う。


確かに金で解決するしか術が無かった。

しかし、出来ればこんな形で香世を手に入れたくは無かった。


「…俺の事は、名前で呼べ。」


「はい……正臣様。」

お互いがお互いの心がどこにあるのか全く読めない。


ただ、逆らう事も逃げる事もとっくに諦めている香世は、正臣の指示に従うのみだ。


「分かった。では、今からお前を抱く。」


正臣は立ち上がり、香世を軽々抱き上げ歩き出す。


香世の心臓はドキンと鳴り響き、

身体中を緊張が駆け巡る。


突然の急接近に驚き固まり、

息をも忘れるほどに戸惑う。


「あ、あの、二階堂中尉…様……

あの……ど、どちらに……?」


「俺の自室だが、何か問題でも?」

冷めた声でそう言われて、

間近に見下ろされた瞳は、

綺麗に澄んでいて妖艶さを醸し出している。


「わ、私で、貴方様のお相手は、務まるのでしょうか?……」


この先どう言う事が起こるのか、

男女がどのように交わるのか、

全くと言っていいほど無知な香世は、

未知な世界に戸惑い、慄く。


どうせ、花街にまで落ちたこの身、

早かれ遅かれ通らなければならなかった道だから、覚悟を決めなさい。

香世、泣いたらダメよ。


そう自分自身に言い聞かせる。


震える身体を両手で押さえながら、

正臣に抱えられてなすがままに運ばれて行く。



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