第8話 戦闘勃発

 カランと鈴の音を鳴らして白峰が店に入ってきた瞬間、何故か茜が訝しむかのような声で尋ねてきた。いつもなら初対面の相手でもフレンドリーに接する彼女にしては珍しいリアクションだ。


「あぁ、コイツは……」


 これはなんだかややこしい展開になりそうだと思った俺は慌てて昨日の一件を茜にも説明する。 

 すると一通り話しを聞いた茜はレジから出てくると何故か白峰の前に立ち、「ふーん、この子がお客さんねぇ……」と何やら見定めるように相手のことをジロジロと見始めた。


「はじめまして。ウチの名前は夏木茜っていうねん」


 よろしくな、と一応笑顔を作って自己紹介してきた茜に対して、白峰はたいそう興味が無さそうに「そう……」とだけ呟いた。

 するとそんな白峰の態度を前にして茜の笑顔がひくっと引き攣る。


「今ウチ自己紹介したよな? したやんな?」


 そう言って白峰の方にグイッと力強く一歩踏み出す茜。ちょっと待って、なんで二人ともすでに臨戦態勢なの!


「おい茜っ」と俺が慌てて間に入ると、茜が今度は鋭い目つきでこちらを睨んできた。


「あんたもしかしてこの子と仲良くなりたいからって適当なこと言って連れてきたんちゃうやろな?」

「バカ言えよ、俺がそんなことするわけないだろ!」


 突然意味不明なことを言ってくる相手に対して俺はすかさず言い返した。あーもう快人といい茜といい、どうしてコイツらはこうも捻くれた解釈しかできないんだ?


 そんなことを思って心底呆れていたら再び茜が言う。


「だいたいこの店は高校生が買いに来るようなとこちゃうやろ。テーブルなら他のお店紹介したら良かったやん」


「いやだから……」


 どうやら白峰との最初の交流は失敗に終わってしまったらしく、茜は不機嫌さを隠そうともしない。いやほんと、この二人が同じ学校じゃなくて良かったとつくづく思います。


 ぷんすかと怒っている茜のことを説得していると、隣で黙ったまま俺たちのやり取りを見ていた白峰が小さくため息をついた。


「それより、私のテーブルを早く選んでくれないかしら」


「あ、ああそうだったな」


 白峰の冷め切った声で本来の目的を思い出した俺は、茜との会話を無理やり断ち切ると白峰を連れて店の奥へと歩いていく。

 その間も背後からは茜の鋭い視線を感じるのだが関わると面倒なのでここは無視で通すことにしよう。


 そんなことを考えながら俺は壁際まで近づいていくと、この店で展示している家具の中ではわりとリーズナブルな価格のテーブルの前で立ち止まった。


 ……とは言っても、やっぱこの金額はさすがにキツイよな。


 俺は値札をじっと見つめながらついそんなことを思ってしまう。

 お手頃価格とはいってもこの店に置いてある他の商品に比べての話しだ。

 まあタワマンに住むような金持ちの白峰からすればどうってことないのかもしれないが、それでもやはり自分と同じ高校生相手にこんな高価なものを薦めるのは気が引けてしまう。


 これは一体どうしたものかと一人頭を悩ませていたら、カランと店の扉が開く音が聞こえてきた。


「お、白峰ちゃん! 今日もちゃんと来てくれたんだね」


「……こんにちは」


 快活な挨拶と共に現れた親父に対して、ペコリと小さくお辞儀をする白峰。


 おおっ、あの白峰がまともに挨拶しているぞ。


 どうやら目上の人にはちゃんと敬意を払えるみたいだなと変なところで感心していると、親父が嬉しそうな笑顔を浮かべて近づいてくる。


「昨日のテーブル選びの続きだな。どうだ翔太、良いのは見つかったか?」


「まあこれなんかがお勧めだとは思うけど」


 俺はそう言うと再び手元に視線を戻した。そこに映るのは正方形の形をした二人掛けのダイニングテーブルだ。


 シンプルな四つ足のタイプではあるが丸みを帯びた脚部や赤みがかった綺麗な木目が特徴的で、デザインとしては50年代から70年代にデンマークで流行ったモデルに少し似ている。

 その為かこのテーブルにも伸長機能が付いていて、天板の両側を伸ばせば160センチくらいの大きさまで広がる優れものだ。


 白峰一家が何人家族なのかはわからないが、これだけの大きさがあれば家族が来た時にみんなで食事をすることもできるだろう。


「なるほどな。このテーブルなら来客があった時にも重宝するだろうし、まあ悪くはない選択だ」


 俺の考えていた意図を見抜いてくれたのか、親父が右手で顎をさすりながらふむふむと頷く。

 ちなみに白峰の家の床は最近流行りのベージュとグレーを混ぜ合わせたようなグレージュ色だったので、テーブルの色が綺麗に対比されてメリハリのあるコーディネートになると思う。


 そんなことを考えて俺も大きく頷いていると、今度は親父の後ろからひょっこりと顔を出してきた茜が言う。


「このテーブルがお勧めって、あんたちゃんと値札見えてんの? これ5800円じゃなくて――」


「あーもうっ、見えてるって! 昨日の俺みたいなこと言うなよな」


 余計な茶々を入れてくる茜に対して俺はすぐさま反論した。だいたい値段については俺が一番頭を抱えていたところなんだぞ。


 そんなことを考えながら茜と睨み合っていると、相変わらず呑気な笑顔を浮かべている親父が言った。


「白峰ちゃんはこのテーブルでも良いのかい?」


「私は別に何でも構いません」


「何でもってお前な……」


 気に入ってくれたのかどうかもわからない無表情でそんなことを言ってくる白峰に、俺はついため息をこぼす。

 値段の件も含めてこれでも昨夜からあれこれ真剣に悩んで選んだ一品だったのに、それを「なんでも」の一言で済まされるとか俺そろそろマジで泣いちゃうよ?


 とはいえテーブルを選ぶ選択権を持っているのはお客様の立場である白峰であって、俺がどれだけ悩んだかなんて関係がなく、白峰はさっきから黙ったままじっとテーブルを見つめている。


「なあ白峰、嫌だったら別に無理する必要なんてないんだぞ? それに白峰が好きなコーディネートに合うのかもわからないし」


「いえ、私はこれで良いと思うわ」


 別に食事をするだけなんだし。とまたもチクリと胸に痛い言葉を付け足してくる彼女。どうやら白峰にとって家具はデザイン性ではなく機能性があれば十分らしい。


 なんだが腑に落ちないなぁ、なんてことを思いながら眉間に皺を寄せていると、親父がパンっと手を叩いた。


「よし、だったら父さんが今からこのテーブルを白峰ちゃんの家まで持っていくから二人は店番を頼む」


「え、いやちょっと待って!」


 いきなりサービス精神旺盛なことを言ってきた親父に対して俺は慌てて止めに入る。


「こんなすぐに決めちゃって良いのか? まだ他のテーブルと見比べてないのに」


「白峰ちゃんが良いって言ってるから問題ないだろ。それともなんだ、翔太は自分が薦めたテーブルに自信が持てないのか?」


「いやそういうわけじゃないけど……」


 だったら何も問題ないだろ、とわははと笑う親父。その豪快さが今の俺にとっては不安でしかないのだが……。


 そんな息子の心境など一切知らず、「たしか同じシリーズのチェアがストックにあったよな」と上機嫌に言いながら親父は店奥のストック部屋へと消えて行ってしまった。


 残された自分はチラリと白峰の様子を伺ってみたが、やはりその表情からはテーブルを気に入ってくれたのかどうかは分からず、俺はただため息をつくことしかできなかった。

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