第6話 声かけ

 翌日。みながワイワイと楽しげに騒いでいる昼休みの教室で、俺は一人席に座りながら疲れ切った表情を浮かべていた。


 原因はもちろん昨日のカオス極まりない一件のせいだ。

 突然店にやってきた白峰、そしてまさかの彼女の家に突撃させられてしまうという無茶振りな罰ゲーム。


 とりあえず下見のことについては部屋の寸法だけを測って一旦案件を持ち帰り、今日の放課後もう一度白峰にはお店に来てもらうことになっていた。


 まさかアイツがあんな生活を送っていたなんて……。


 俺は昨日見てしまった衝撃的な部屋を思い浮かべながらチラリと窓側の席を見る。そこにいるのは今日も完璧なほど孤高の美少女を演じて文庫本を読んでいる白峰の姿だ。


 一体誰が想像できるだろうか。


 快人の言葉を借りるならまるでアニメか漫画の世界から抜け出してきたかのようなあの美少女転校生の実態が、実はドン引きするほど淡白で無機質な女の子だったなんて。


 できれば俺もみんなと同じようにただ眺めているだけのポジションにいたかったな……なんてことを思いながら白峰と関わってしまったことを心底悔やんでいたら、今度は目の前から聞き慣れた声が届く。


「まさに光と闇の女神たちって感じやな」


「……はい?」


 そんな意味不明な言葉と共に現れたのは、先ほども俺の頭の中でチラッと登場してきた快人だった。


「やめてくれ。今はアニメとかそっち系の話しを聞く余裕がない」


 これ以上頭が痛くなる話題は勘弁してくれといわんばかりにすかさずそんな言葉を口にすれば、「ちゃうわアホっ」となぜか俺の方が怒られてしまった。


「そんな設定の春アニメは今やってへん。そうやなくて見てみいあの二人を」


 そう言ってくいっくいっと二回顎を突き出した快人の示す先を見てみれば、そこにいるのは先ほどと同じく孤高の姿で一人読書を嗜んでるいる白峰だ。


 そしてもう一つ示されていたクラス後方に視線を向ければ、こちらでは対照的に人だかりができていてさっきから楽しげな話し声や笑い声が生まれている。


 そこにいるメンバーは誰も彼もがクラスでもカースト上位にいるような連中ばかりで、そんな賑やかな輪の中心に彼女はいた。


 水無瀬みなせ姫奈ひな


 そう、白峰と同じく快人が絶賛しているもう一人の女の子だ。


 イケメンにイケジョとあれほどまでに華やかなメンバーに囲まれていながらも、水無瀬さんの存在感は頭ひとつ突き抜けている。

 もちろんそれは彼女がアイドルのような可愛らしい顔立ちをしていることも関係しているのだが、何より印象的なのはあの黄金のような色をしたふあふあのミディアムヘアーだろう。


 けれどもその髪が実は人工的に染めれたものではなく、彼女の青みがかった瞳が物語っているように水無瀬さんは生粋の日本人ではない。


 そんな容姿を持つ彼女ではあるが、その和やかでマイペースな性格と誰とでも笑顔で話す気さくさから男女問わず人気が高く、いつも友だちに囲まれている印象だ。


「噂によると姫奈ちゃんって北欧のハーフらしいで」


「へーそうなんだ」


「『へーそうなんだ』ってなんやねんその素っ気ない反応は! 最近ラノベでも人気のあのハーフやでハーフ!」


「いや知らんけど……」


 相変わらず訳のわからないところにこだわってくる相手に、俺は呆れた表情を浮かべてため息をつく。


「だいたいそうやってすぐに変なイメージを持つのはやめろよ。相手から引かれるぞ」


「変なイメージとは失礼な奴やな。だったら翔太、お前は白峰さんに対してどんなイメージ持ってんねん」


「……パスタと栄養不足」


「なんやそれ」


 俺がつい答えてしまった言葉を聞いて、「お前のほうが変やろ」と今度は快人が呆れたような表情を浮かべていた。……いや、俺は真実を言っただけだからな。


 なんてことはもちろん言えるわけもなく、その後もいつものようにくだらない会話を続けていた時だった。


 それまでバカなことばかり言っていた快人が、今度は突然狼狽えたような声を漏らし始めた。


「お、おい翔太……」


「今度はなんだよ」


 またわけのわからない話しをしてくるんじゃないだろうなと身構えていたら、快人は何故か黙り込んだまま窓側の方を見つめている。

 まるでお化けでも見たかのようなその大袈裟な表情に疑問を感じながら同じように視線を移すと、たしかにそこでは異変が起こっていた。


 いつもならじっと席に座っている白峰が、何故かコツコツとローファーを鳴らしながらこちらに向かってくるという異常事態が。


 突然の事態に俺も快人も口を半開きにしたまま固まっていると、白峰は俺たちの前までやってきて立ち止まり、そして――。


「今日の放課後、あなたの家に一緒に行ってもいいかしら?」


 鋭い目つきでこちらを見下ろし、突然そんな言葉を口にしてきた白峰。

 そのあまりに気迫あるオーラにてっきり死刑宣告でもされるんじゃないかとビビってしまった俺だったが、どうやら内容は昨日の一件についての話しだったらしい。


「あ、ああ……」とこちらがぎこちない口調で答えれば相手はもう用が済んだようで、白峰はそれ以上何も言わず素っ気なく背を向けると再び自分の席へと戻って行ってしまった。


「おい翔太! お前いったいこれはどういうことやねん! 説明せいっ!」


「ちょっ、ちょっと落ち着けって」


 白峰が自分の席へと戻った直後、俺の両肩をガシッと掴んで激しく揺さぶってくる快人。あーダメだコイツ、絶対に変な勘違いしてるよな……。


「だから落ち着けって!」と暴れ牛みたいになってる相手をなだめながらチラリと辺りを見れば、何やら快人だけでなくクラスメイトたちも俺に対して驚きやら好奇な視線を向けてきているではないか。


「さてはお前、俺に内緒で勝手にハーレム物語の主人公にもなるつもりやな!」


「そんなわけなだろ! なんで俺がそんなややこしそうな物語の主人公にならなきゃいけないんだよ」


 快人の言葉についそんな反論をしてしまう自分。

 見た目がお洒落な名作家具たちに囲まれるなら万々歳だが、見た目が美少女でもツンドラのような性格の女の子に囲まれるなんて俺は絶対に嫌だからな!


 そんなことを思うも完全に勘違いしてる快人は相変わらずぎゃーぎゃーと文句を言ってくるし、先ほどから男子生徒たちからの視線は突き刺さるように痛い。


 そして俺はといえばこんな誤解を生み出した張本人のことを睨みつけたのだが、残念ながら当の本人はそんな視線などまったく気づく様子もなく、優雅な手つきでただ文庫本のページを繰るっているのだった。

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