第9話

「先に断っておくが、私の推理はあくまで『捨てられた鏡餅』に謎を生み出した全ての原因があると仮定したものだ」


「……そんな前置き必要あるか?」


 俺がそう言うと、小林こばやしは出来の悪い生徒を見る教師のような目で睨んできた。


「そう仮定しておかないと、辻褄を合わせるだけなら何とでもできてしまうからな。たとえば真夜中の勝手口が閉まる音にしても、娘が嘘をついていて母親に知られたくない用事で外出していたと説明するのが最も簡単だ。ネズミが増えたことも、鏡餅とは無関係の別の要因が幾らでも考えられる」


「…………」


 確かに依頼人がこれらの事象を不可解だと感じたのは、鏡餅を中心に据えて物事を見ていたからだ。起きた事柄だけを並べると、実は大したことは起きていない。


「一連の出来事と鏡餅に因果関係がないとしてしまえば、味も素っ気もないが謎は消えてなくなる」


「……悪かった。推理を続けてくれ」


 小林は俺をやり込めたことに満足した様子でニヤリと笑った。


「では私が導き出した真相だが、結論から言うと、鏡餅の中に殺鼠剤さっそざいが混ぜられていたのだと考えられる」


「……殺鼠剤? 何でそんなものが餅の中に入るんだよ?」


「鏡餅を渡した大家が依頼人に何らかの恨みを持っていたのだろう。殺鼠剤に含まれるリン化亜鉛の経口致死量は約300グラム。依頼人の家に小さな子どもはいないので、殺人が目的とは考えにくいがな」


「…………」


 それでも、もし何も知らない二瓶にへい由紀子ゆきこが鏡餅を食べていたら大変なことになっていた可能性は高い。


「鏡開きは一般的には一月十一日だが、地方によって異なることがあり、関西では十五日に行うことが多い。おそらく大家は関西の出身で、一月十二日の段階でまだ家の中に鏡餅が飾られていると思い込んでいた」


「……じゃあ、勝手口が閉まる音を聞いたというのは?」


「深夜に大家が盗みに入ったのだ。時間が経つにつれ、良心の呵責に耐えかねたのだろう。しかし目当ての鏡餅は既に二瓶由紀子の手によって捨てられており、大家は結局何も盗らずに家を出て行った」


「…………」


 俺はあまりに怖ろしい真相に思わず絶句してしまう。とても依頼人には聞かせられない真相だ。


 小林は謎を解いたことに気を良くした様子で、立て板に水とばかりに喋り続けている。


「その後、家の中で見かけるネズミの数が増えたのは、台所にあった大きな殺鼠剤がなくなったのだから当然だ」


 俺は小林が幽霊を怖がる性格だったことを神に感謝した。

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