第2話

 鏑木かぶらき探偵事務所のソファに濃紺スーツの黒縁眼鏡の男が座っている。男は豊島とよしま利通としみちと名乗る三十代の銀行マンだった。


「……それで、依頼の件なのですが」


「メールで拝見致しました」


 豊島の正面には二人の人物が座っている。

 一人は龍と虎のスカジャンを着た二十代の男、鏑木しゅん。180センチ近くある長身だが、ヒョロリとした体型の所為でどこか頼りなさそうに見える。

 もう一人はベリー・ショートの黒髪のセーラー服姿の少女、小林こばやしこえ。こちらは140センチ台の小柄な体格で、実際は高校生だが小学生のように見える。


 豊島からの依頼は、本屋に両替に来る不思議な男についてだった。その男は決まって毎週土曜日に、五十円玉二十枚を千円札に両替しに来るのだという。


「その男は何の目的で五十円玉二十枚を毎週本屋に両替しに来るのか、という謎を解いて欲しいというお話でしたね?」

 小柄な少女、小林声がじっと豊島の顔を睨んでいる。


「……え、ええ。そうです」


「豊島さんはそのお話をどなたから聞いたのですか?」


 すると豊島は何故か小林から目を逸らす。


「……後輩からです。学生時代、本屋のアルバイトをしていたそうなのですが、自分が何か犯罪に巻き込まれていたのではないかと不安がってまして」


「なるほど」


「……それであの、何かわかりましたか?」


「まあ、そう慌てないでください。この男には大きく二つの謎があります。①男は何故一週間のうちに五十円玉を二十枚も溜め込んでいるのか。②男は何故本屋で両替するのか。この二つの謎が解ければ、男の正体は自ずと浮かび上がってきます」


「いやいや、他にも謎はあるだろう」

 そう言ったのは、今まで黙っていた鏑木俊だ。


「どうして両替に来るのが毎週土曜日なのか? とか、どうして男は両替が終わると逃げるように去っていくのか? とか」


 すると、小林は露骨に不機嫌な顔になる。


「ふん、そんなものは私が挙げた二つの謎と比べたら些末な問題だ。鏑木、どうせお前にはこの謎は解けないんだ。だったらつまらない茶々を入れないで、黙って私の推理を聞いていろ」


「…………」


 豊島は不思議そうに目の前の二人を見ていた。どう見てもアルバイトであろう小林声の方が、鏑木俊より偉そうにしている。


「オホン、まずは①男は何故一週間のうちに五十円玉を二十枚も溜め込んでいるのか、についてですが、、五十円玉が溜まってしまうと考えられます」


「……は?」

 豊島には小林が何を言っているのかさっぱりわからない。


「なんだそりゃ? だったら男はわざわざ本屋で両替する必要すらないじゃないか」

 これには堪らず鏑木が突っ込みを入れる。


「ふん、勘の鈍い奴だな。実際にそんなことができる人間がいるわけないだろうが。つまり、男はマジシャンだったということだ」


「……マジシャン?」


「さて、こちらのグラスの中には五十円玉が二十枚入っています」


 何時の間にか小林が二つのグラスを木製の卓袱台ちゃぶだいの上に乗せている。一つには五十円玉が大量に入っており、もう一つのグラスは何も入ってない状態で伏せられている。


「それではこれより、この五十円玉を千円札に両替したいと思います」


 小林はそう言うと、右手に持った五十円玉の入ったグラスを左手のハンカチで覆ってしまう。


「アブラカダブラ」


 小林がハンカチを取ると、グラスの中にあった五十円玉は消えてなくなってしまっている。


 そして伏せられていた何も入っていないグラスを動かすと、何とそこから折り畳まれた千円札が出現したではないか。


「……え? 今の、何がどうなったんだ!?」

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