呼び出された異世界は戦争の絶えない世界でした〜転生自衛官は異世界でも力戦奮闘し、人類滅亡の未来を回避する〜

酒井 曳野

第1話






 "ここはどこだ?暗い……夜?曇りか?夢?いや……夢だとしたらやけにリアルな夢だな。……声も出ない。何かが身体全身に引っ掛かってる感じがする"


「…………い!……お…!」


 "誰かが叫んでいる。そんな事より騒音が酷い。その叫んでいる声すらどうでもいいほどだ……うるさい?もう慣れている。いつも聞いている音だ。爆発音?射撃?"


「おい!!何ボーッとしてるんだ!怪我してないんだろ!ならお前もさっさと銃を取って戦え!武器を召喚できるのはお前だけだが安全な場所はもうどこにもない!」


 黒い髪の若い女性、明らかに自分よりも歳下……顔立ちから面影はあるが純粋な日本人ではない。迷彩服ではなく、警察の特殊部隊が着用するような紺色にも黒色にも見える隊服だ。防弾チョッキに小銃を持っている。小銃の種類は身体に隠れて分からない。


 ここは建物の中だ。他にも慌ただしく動く黒い隊服の者たちがいる。全員が窓から外へ向かって射撃している。明らかに訓練ではない。実戦だ。

 何者かからの攻撃によって負傷した者が担架に乗せられて運ばれていく。そんな自分は通路の真ん中にただ立っていた。


 そんな時、自分の後ろの部屋から声が聞こえる。無線だ。通信状況が良くないのか、そもそも夢だからなのか所々で切れてしまい聞き取りづらい。


「こちら……第…………隊!南西方……壊滅……」

「状況伝達……敵は……北東防衛線を……から……侵攻」

「敵の武器は……破壊力大…………魔法に相当」

「戦略的な動きを…………統制も……見くびってはならな……」


 聞き覚えのある単語と魔法というゲームでしか聞かないような言葉が入り混じっている。それがますます自身の混乱を加速させた。


 "ここはどこなんだ?建物の造りは日本の物と似ている。コンクリートか?……いや、違う今はこんなことしてる場合じゃない……頼まれたはず……何を?あの人から……誰に?"


 記憶が混在する。理解しているはずの事が分からなくなる。この気持ち悪い、もどかしい、ソワソワする感じは嫌いだ。しかしどうやったら思い出せるのか分かっているようで思い出せない。


「来るぞ!!」


 誰かが叫ぶ。それと同時に自分が立つ通路の端が屋根から崩れ落ちた。何かが着弾した。その轟音と振動、舞い上がる土煙に視界の自由を奪われる。


 舞い上がる土煙が晴れるとそこには得体の知れない存在がいた。人間じゃない。そもそも生物として定義していいのかすら分からない。二足歩行に見える全身が真っ黒の影だ。影が人の形を模しているような姿だ。


 自分は咄嗟に腰に装着していた拳銃を引き抜く。USP拳銃だ。今だけはすんなり動けた。身体に染みついた動きだから。


"なんで……ドイツ製なんだ?……これは新型が……いや他の人が持っている物も全部自衛隊の装備じゃない。あれはM4か?いや少し似ているが違うメーカーな物に見える。機関銃も……あれはM240か?本当になんなんだ?ここはどこなんだ?"


 少し動けた事で他の人たちが装着している武器が見えた。だが、目の前に迫ってくる敵に対して余計なことを考えた。すぐにでも引き金を引かなければ向こうは容赦なく殺しに来る。何故かそれは理解できる。


 "そもそもなんで俺はアイツらが敵でこの人たちが味方だと思っているんだ?


 また余計なことを考えたせいで動けない。そのせいで黒い影のような存在は自分の目の前まで迫っていた。もう拳銃では対処できない。

 


 


 そして場面が切り替わる。一瞬砂嵐のように視界がおかしくなり、次の場面に切り替わった。無理やり編集した動画のようだった。


「ねえ………成瀬、これで良かったのかな?これで本当に……終わるのかな?」


 誰だ?この女性は……知らない顔だ。というかこんな美人。俺の知り合いにはいない。いたとしても声は掛けられない。でも俺の名前を呼んでいる。


「ねぇ成瀬?あとはお願いね?みんなの事も好きだけど、あなたの事も好きだよ。叶うならずっと一緒にいたかったなぁ」


 そう言うとその女性は離れていく。ゆっくりと奥の暗闇に進んでいる。


 "待ってくれ!君は誰なんだ?!………クソ!うまく…声が出ない。"


 その女性を向こうに行かせてはいないのは直感で分かる。でも身体も足も動かせない。思い通りにいかずイライラする。


 女性は最後にこちらを振り返り何かを話した。


 "待ってくれ!!!"

 


――――――――――――――――

 


「……………………せ!」

「…………る……ん!」



「……成瀬さん!」


「………………う?」


 誰かに肩を揺すられて目を覚ます。いつも見ていた電車から見える景色。真っ黒だ。地下鉄だから当然だ。


「もう着きますよ?隊長がそんなにしっかり寝るなんて珍しいっすね」


「そうか?俺ももう歳だからな。もうすぐ定年退職だ」


「歳って言っても55歳ですよね?まだまだこれからっすよ!」


 隣に座る調子の良さそうな若い男が、自分の肩に手を置いてニカニカと笑いながら話す。


「俺も三浦みうら…お前みたいに若ければそんな感じになれたんだけどなぁ。訓練で鍛えてても50を超えたら調子のいい日なんて中々ないぞ?基本的に身体の何処かが絶対痛いからな?ちなみに今日は肩だ」


「50代の現実聞きたくないっすね!28歳の俺にはまだまだ先の話ですわ。あーでも隊長…」


「おい、その隊長ってのやめてくれ。ここは営内じゃないんだから名前で呼べよ。周りから変な目で見られるだろ?」


「成瀬さんも細かいこと気にしますね。まあいいっす。そんな事より今日は同行いただきありがとうございます」


 成瀬――成瀬なるせ 正隆まさたか――それが俺の名前だ。簡単に経歴を話しておこう。職業は陸上自衛隊普通科所属で階級は2等陸尉だ。

 俺の高校卒業を前にして両親が車の事故で死んでしまった。相続する資産もなく、頭脳も中の下、取り柄といえば身体を動かすくらいしかない俺が選べる事などほとんどなかった。


 とりあえず雨風凌げて給料もそこそこで才能よりも努力でなんとかやれそうな自衛隊に入隊した。そこから37年間色々あったがなんやかんやで生きてこれた。


 彼女も今はおらず、新しく作ろうとも思わなかった。身長は180あるし、顔も普通……だと思う。モテない訳ではないと思っていた時期もあるが、40を過ぎたくらいから色々面倒になってしまった。


 結局、営外居住もすることなく間も無く定年を迎える事となった。普通は結婚したり、昇進したり、幹部に任命されればみんな外へ行くものだが俺は違った。なんだかんだで居心地の良さを感じる営舎内居住だった。


 今日は休みだから1日ダラダラするつもりだったのに、この同じ部隊の元気が取り柄の部下に連れ出されたのだ。


「今日は1日のんびりする予定だったんだ。なのにこんな都会のど真ん中に連れ出しやがって……何の用なんだよ。俺は買い物とかほとんどしないから分からんぞ?あと金は飯以外には出さんからな?」


 それが俺のこだわりだ。飯なら何処へでも連れて行ってやるが、現金を渡したり、物品を買え与えたりはしない。形に残る物を買ってやるような事はしない。


「飯はいいっす!今日はプレゼントを買いに来たんすよ」


「プレゼント?誰の?……お前って結婚してたっけ?」


「いえ?独身貴族です。金も使わないから貯まる一方っすね……あーこの駅です。とりあえず降りますよ」


「はいはい」


 俺の先を足早に歩く三浦に置いていかれないように後ろをついて歩く。いつまで経っても人混みは慣れない。油断すると自分の位置を見失いそうになる。知り合いを見失えば遭難するのと大差ない。

 

「さて……この辺なら大概の物なら買えそうっすね」


 地下鉄の駅から長い通路を歩き、地上へと上がる。蛍光灯では無く太陽の光を浴びるのが久しぶりに感じる。電車の中で爆睡したせいだろう。

 

「さっき言ってたプレゼントの件か?プレゼントなんてした事ないから相談って言われても分からんぞ?完璧に人選ミスだ」


「いやいやちゃんとあってますって。隊のみんなからお金も預かってますんでね。ちゃんと選んであげないと可哀想っす」


「隊のみんな?おい……誰に向けてのプレゼントなんだ?」


「そりゃあ……成瀬さんっすよ」


「…………プレゼントを選ぶ時ってさ、そのプレゼントを渡す本人が同行するものだっけ?プレゼント送った事も選んだ事も送られた事もないから分かんねえや」


「いや?普通はサプライズ的な感じで密かに用意しておいて退職日にみんなで、わーって渡しますね」


 三浦は一点の曇りなき眼で俺を見ている。言っている事とやっている事が違う。一瞬、自分が間違っているのか?とさえ思えた。

 

「ならなんでお前は俺をここに連れ出したんだ?馬鹿なのか?」


「だって成瀬さんって物欲も皆無だし、趣味ないし、何考えるか……失礼しました、我々の理解が及ばない領域でよく考え込んでブツブツ言っている所も見受けられるんです。

 そのような方に内緒でプレゼントを買って喜んでもらうなんて不可能じゃないですか?だったら休みで暇そうな本人引っ張り出し…………いえ、お連れして直接選んでもらった方が良いのではないかと思いまして……独断で引っ張り出しました」


「はぁー……三浦3曹!」


「はい!」


 先程まで2人の間に流れていたやんわりした空気が一変する。休日であり、仕事着も着用していない。周囲に自分たちを知っている者もおらず、見てくる人もいない。そんな最高に気が抜けた状態でも名前と階級で呼ばれれば嫌でもスイッチが入る。


 長年の訓練で身体に叩き込まれた癖のようなものだ。そう呼ばれた三浦は気をつけの姿勢のまま直立不動となる。


「お前、来月からレンジャー養成訓練に参加な」


「いや……いやいやちょっと待ってください。俺はもうレンジャー持ちなんですが……それに成瀬さんもレンジャー資格持ってますよね?」


 三浦は反論しようとする。陸自に存在する数多の訓練の中でも最も過酷で厳しいとされる訓練だ。終わってみれば良い経験ではあったが、そう何度もやりたいと思えるような代物ではない。もう一回同じ訓練を受けろと言われて、はい了解です…とはなかなかならない。

 

「そんなの関係な」


「「キャーーーーー」」


 2人の背後から複数の女性の悲鳴が響く。それと同時に周囲に大きな混乱が訪れる。ふざけている訳でも、遊んでいる訳でもない。2人は咄嗟にその悲鳴が聞こえたに視線を移した。


 

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