第23話 ちょっと男子ー

○○○




「オルフェ」


「何?」


「エリスをここまで引っ張って来てくれてありがとな。こいつ一人じゃ、絶対にどこかで酷いことになってたと思う」


 確かにそうね、とオルフェが頷いた。


「ふふ、もっと褒めていいのよ?」


 彼女のそういう素直さは気持ちいい。


「さすがオルフェ! 頼りになるな!」


 だから俺は素直に褒めるのだ。


「そうでしょ! そうでしょ! もっと褒めて!」


「やっぱりオルフェなんだよなぁ! これからも頼りにしてる!!」


「ふ、ふふ……」


 オルフェは俺の賛辞に腰に手を当てこれでもかと胸を反らせた。

 あかん! 褒め過ぎたら天狗なるやつやこれ! 早く話を切り替えないと!


「それよりさ……」


「ん?」


「よくエリスを俺のとこに連れてこようと思ったな。《七番目の青セブンスブルー》っつー、超すげークランの一員なんだから、頼りになる人はいくらでもいただろう?」


「あー、それなんだけど、その前にさ、」


「何?」


「さっきから気になってたんだけど。わたしも、一応あなたの弟子なわけじゃない? 『師匠』と呼ぼうかと思ったんだけど……」


「別に呼べばいいよ。確かこのやりとり前もしたよな?」


「何か違うのよね。エリスが『師匠』って呼んでるわけじゃない? 何か、その、ほら、かぶるじゃない?」


「かぶる……?」


「だからさ、ほら、呼び名がエリスと一緒になっちゃうじゃない? ってことよ」


 この脳筋娘は、シリアスな話をしてる状況で、呼び名がかぶることを懸念していた!


「別にかぶってもいいだろ。例えば学校の先生は、生徒からしたら例外なく『先生』だぞ」


 エリスが『別に師匠でいいじゃないですかー!』という視線をオルフェにじーっと向けていた。


 俺の説明に納得がいかなかったのか、オルフェが不満そうな顔で首を傾げた。


「何か他に良い呼び方はないかしら?」


「それ俺に聞いちゃうの?!」


「ねぇ、何か他に良いアイデアないかしら?」


 同じことしか話さないNPC味を感じ、俺は恐怖を覚えた。これは俺から提案しなければ話が進まないのだ。


「『先生』……は、もういるし───」


 ふと見やると、センセイがにんまり笑顔でダブルピースを決めていた。

 アカン! それこそもろかぶりしてしまう! 他のにしなきゃ!


「なら『マスター』はどうだ?」


 どうだ? などと聞いたものの、俺はマスターって柄じゃないし、はなはだ似合ってないことはわかっていた。しかし、


「イマイチね」


 バッサリと否定されてしまった。


「おぅふ」


 駄目だと自分で分かっていることでも、不思議なことに、人から(しかも脳筋から)ダメ出しされると腹が立つ。


「かーーっ! ならここから好きなもんを選べ!!

『ヘッド』、『ボス』、『トップ』、『匠』、『師父』、『長』」


 俺は頭をギュンギュンにひねって、いくつか呼び名を速攻で提示した。


「うーん」


 オルフェはしばし悩んだかと思うと、


「なら、『師父』と呼ぶわ。これならエリスとかぶらないし、わたしだけの呼び名だなんて何だか特別じゃない?」


 そもそも呼び名に特別も何もないだろうよ。

 とは思うけれど、もはや口には出さなかった。


「ならよ、師父しふと呼んでくれ」


 俺がふーっと一息いていると、


「イチロー師父。さっきの質問のことなんだけど、」


 さっそく呼ばれて背筋がむず痒いったらありゃしない。しかしそれは置いといて……『さっきの質問』とやらは、『オルフェには他に頼るべき人がいたんじゃないか』という俺の質問のことだろう。


「確かに、あなたの言う通り、クランに戻れば頼りになるクランマスターもいるし、知恵や知識に実力をも兼ね備えた先輩や、百戦錬磨の猛者だっていくらでもいたわね」


 世俗に疎い俺ですら知ってる有名クランだ。

 そりゃそうだろう。


「けど、彼ら全員が束になろうが、あなたの代わりは務まりはしない」


 この目だ。

 彼女は挑むような瞳で俺を射抜いた。


「死力を尽くした戦いだった。誰が欠けても勝てなかった。

 そうよ、三つ首龍との戦いはまさに死闘だった。全身全霊を賭けて、何とか、私達は勝利を掴んだ。

 けれど、わたし達を待ち受けていたのは、絶望だった」


 確かに……あれは絶望の化身だった。


「わたしはあの日・・・、生まれて初めて絶望した。わたし達の前に現れた相手は屍人の王だった。わたしは彼を見たとき『ああ、人類はこれでもう終わっちゃうんだ』って、全てを諦めてしまったの」


 オルフェが身体を震わせた。それは恐怖心と闘争心の双方によって引き起こされた武者震いのようなものだった。


「今でも目を閉じれば思い出せるわ、あの異形の化物を。

 そうよ。あんなのを退しりぞけるなんて《七番目の青セブンスブルー》の誰にだって出来やしない。それこそ、クランの総力を結集して立ち向かったとしても、討伐は不可能だったでしょう。

 だからね、それを成し遂げたあなたなら、何だって出来るんじゃないかって、どんな困難にあったってもわたし達を助けてくれるんじゃないかって、わたしは思ったのよ」

 

 普段から褒められなれてないのに、最近はたくさん褒められて、何だか背中がこそばゆい感じがする。けれど、彼女のその気持ちはありがたく頂戴したいと思う。




○○○




「エリスに無理させるわけにはいかないから、ここで一晩泊めてあげて」


 オルフェが頭を下げた。


「それは良いけどよ……」


 セナを見やると、『しゃあなしやぞ』と厳かに頷いた。


「オルフェはどうすんの?」


 立ち上がった彼女に俺は尋ねた。


「わたし? あまり長居しても迷惑だろうし、そろそろお暇するわ」


 俺達がそんなやり取りをしていると、


「外はもう暗い。あなた一人では山から降りるのも一苦労でしょう。素直にあなたも泊まっていきなさい」


 セリフのぬしは、セナだ。

 意外だったのか、きょとんとした表情を浮かべたかと思えば、


「なら、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 オルフェはニヒルに答え、再びどかりと腰を下ろしたのだった。




 その後、エリスとオルフェは夕飯がまだだったこともあり、俺達からの夕飯の誘いに一も二もなく頷いた。

 よっこらせと、彼女達の分を追加すべく俺は材料とメニューに思考を巡らせ、調理に取り掛かるのだった。





○○○




 小屋は、『小屋』とは呼びはすれど、それほど狭くはなく、五人がいても不自由を感じることはないくらいには十分な広さであった。


 大量の食事を作るも『遠慮? 何だそれ? ウメェのか?』と言わんばかりの勢いで、四人に喰らいつくされた。

 彼女達は満腹になったのか、俺以外の全員が大の字に寝そべる事態となってしまった。行儀が悪いとは言わない。気持ちはよくわかる。中でも、満腹になったら疲れがどっときたのか、エリスが真っ先に眠りについた。

 布団は、俺のマジックバッグにあった予備の物があったためそれを用いた。灯りの魔導具を消すと、しばらくすると複数の寝息が聞こえた。


 それじゃあ俺もそろそろ寝ますか……って! ちょっと待って! 小屋の中、俺以外全員女の子じゃん!!


 やべーよ! やべーよ!

 緊張して眠れねーよ!

 眠れねー夜だよ!!


 つーかこんな女ばっかなとこで寝れるか!

 俺は自分の部屋に帰らせてもらう!

 ってアカン! そもそも俺の部屋なんてねーわ!


 ならいっそ小屋の増築でもするか?

 ちょっくら、図面でも引きに自分の部屋にでも行きますか!

 ってアカン! そもそも俺の部屋なんてねーわ!


 こういうときは気晴らしに一人酒でも……なら俺の部屋に……ってアカン! 俺の部屋なんてねーわ!!


 くっそお!


「いったい、どうすりゃいいんだ……!!」


 翌朝ベンチで冷たくなってそうなセリフと共に、俺は思考の袋小路に嵌まり込んでいた。

 落ち着くためにも、一息くと、なるべく音を立てずに小屋を出た。


 山での夜は、目が馴れるまでほぼ完全な暗闇である。それでも構わず、しばらく無作為に歩を進めると、徐々に目が慣れ始めた。


「イチロー」


 気配を全く感じなかった。

 

「あなたが、小屋を出たからついてきた」


 俺を呼んだのはセナであった。


  



 

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