第34話 彼女達②

◇◇◇



『ふむん。なるほど』


 事情を聞いても思いのほかオーミの声が明るかった。プルミーはその様子に、色良い返事を確信し、興奮に声が上ずった。 


「オーミ様、この状況を何とか出来るのですかッ?!」


『うむー』


《連絡の宝珠》からオーミのうめき声が聞こえた。


『出来ると言えば出来るが、出来ないと言えば出来ん』


 プルミーの迫真の問い掛けにオーミは何とも締まらない声を上げた。それに対してオルフェリアが声を掛けた。


「そもそも、アンタさ、オーミだか何だか知らないけど、イチローのことが心配じゃないわけ?」


 焦りからか彼女の語勢は強かった。


「《蒼焔》とアンジェリカがこの事態を打開出来る人がいるって言うから期待したんだけど、とんだ肩透かしよ」


 オルフェリアの辛辣な言葉にオーミは『くっふっふ』と微笑んでみせた。


『勘違いせんでくれ。我ももちろん心配しておらんわけじゃない。ただな、それでもなお我は信頼しておるのよ』


 四人は、オーミの言葉を待った。


『誰がムコ殿を鍛えたと思うとる?』


 声には確信に由来する興が乗っていた。


『我とセナが鍛えたムコ殿が、そう易々とやられるわけがないじゃろ』


 イチローが聞いていたならば『もうマジ無理ィ……死んじゃいそゥ』と頭を垂れていたに違いないほどの信頼感であった。


「あなたは、あの場にいなかったからそんなことが言えるのよ。あの漆黒の巨人の邪悪なる気を、肌で感じてないから───」


 オルフェリアは屍人グールの異形と、彼から放たれた漆黒の塊を思い出して背筋が凍るのを感じた。

 彼女はそれを振り払うためかかぶりを振った。

 

ぬしらはムコ殿のことを何も分かっとらん。

 あやつはそんじょそこらの若人とは違う。

 ムコ殿はの、どれだけ傷だらけになろうとも、いくらへし折られても、何度叩かれようとも、その都度さらなる強靭な精神力を発揮してバカを言いながら立ち上がる───言うならば、たくみに鍛えられし名刀の如き男よ』


 本人がここにいないからこそ言える褒め言葉であった。

 もしイチローがここにいたなら、頭を押さえて「やめてくれぇぇぇ」などと奇声を発し、翼速竜イーグルドラゴンに乗って逃亡し、二日ほど行方をくらませていただろう。


『まあ、そういうわけで、我一人でも、何とか出来んことはないが、それでも我には我の事情があっての。不本意ながら娘であるセナの手を借りようと思うとる』


 そこまで言うと、オーミは告げた。


『後のことは、我らに任せれば良い』


 欲しかった援軍は確保できた。しかしオーミの言葉は、あちらとこちらに線を引く物言いであると、三人共が胸の内で感じた。


『───ぬしらは、もうゆっくり休んでおれ』


 彼女達の感覚は間違いではない。

 オーミは話は終わりだと締めくくったのだ。

《連絡の宝珠》の向こうでは、彼女が立ち上がり、離れていく気配を感じさせた。


「待ってっ!!」


 オーミを呼び止めたのは───アンジェリカであった。




『まだ何か用か?』


 ギリギリで引き止められたオーミが、要件を尋ねた。


「私は、イチローから貴女達に伝言を頼まれているわ」


『ふむ、ならはよう言わんか』


「イチローは貴女にだけでなく、『セナ』という女の子にも言葉を伝えるようにと、私に頼んだの」


『して、ぬしがそれを今、我に伝えん心は?』


「私には、イチローの言葉を直接『セナ』さんに伝える責任がある。だから私も連れて行ってください」


 それを聞いたセンセイが深く溜息をいた。


『別に今、それをぬしが我に言えば良かろう。そうしたらそれをセナに伝えてやるから』


 センセイから聞き分けの悪い子達に対する威圧感のようなものが放たれた。


「それじゃ───」


 駄目なの、と声を荒げようとしたアンジェリカをオルフェリアが押し留めた。


「わたしも連れてってよ、そのセナって娘がいる所まで。わたしも彼がいなくなる瞬間に立ち会って、彼の言伝を聞いてるの。なら、わたしにもアンジェリカ同様あなたについていく権利があるはずよ」


 オルフェリアは怯むことなく言い切ってみせた。


「オーミ様、オルフェの言葉は私の言葉でもあります。どうか私も連れて行ってはもらえませんか?」


 それまでほとんど静観していたプルミーも、声を上げた。


『なんじゃ、アノン、ぬしもか』


《連絡の宝珠》の向こうで、どのようなやり取りがあったかはわからないが、アノンも同じ意見だと察せられた。


ぬしらは簡単に『ついていく』と言いよるが、ついてきたとて、我にもぬしらの命の保証は出来ん。それでも『ついてくる』と言えるか?』


 それまでの飄々としていた声音から、遊びの様なものがなくなったおごそかな問い掛けであった。

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