第32話 聖騎士 & 式符セナ vs《遍く生を厭う者》

○○○



 目の前の漆黒の大剣を拳でぶち抜いたのは、半透明な少女───式符セナであった。

 式符セナは《遍く生を厭う者アイニカ》の前にババーンと飛び出すと、やけにキレのある動きでババババッと特撮ヒーローさながらのポーズを取ったのだった。


「助けてくれてありがとう、セナ」


 彼女は俺に顔を向けると、はにかんでみせた。

 仕様なのか、何なのか、式符セナは言葉を発さない。

 けれど、今の俺にはそれで十分であった。


 ───気にしないで、イチロー。


 声にせずとも、彼女の言葉が、気持ちが伝わった。


「アンタはさっき、俺のこと孤独だって言ったな。それは大きな間違いだよ。俺には、セナがいてくれる」


 ぐーるぐーると肩を回している式符セナの後ろで、回復を終えた俺が立ち上がった。

 さあ、二人でアイツをぶっ倒すぞというときに、式符セナが俺を押し留めた。


「何々? 『とりあえず少しやってみせるから私の戦いをみてなさい』って?」


 式符セナが腕を組んで、その通りだと、ぽむぽむと二度ほど頷いた。

 やったー! かわいいー!


「ムッッ!!」


 思わず声を発したのは《遍く生を厭う者アイニカ》───彼は衣服を翻して飛び込んだ式符セナを迎撃すべく、目にもとまらぬ速さで大剣を振るった、が───パパパパ、と式符セナは衣服をはためかせ巨大な屍人グールの攻撃の全てを、受けて弾いて流して、完全に無力化してみせ───さらに、双掌ッッ!!


「うッグウオオオ!!」


 ドウッッ!!《遍く生を厭う者アイニカ》が仰向けに倒れ、その精悍なボディからはシューシューと煙が上がった。

 セナの掌から何らかの力が放たれたのが、確かに見えた。

 俺自身が《気》を取り込むことが出来て、初めてわかったことがあった。俺は取り込んだ《気》を魔力へと変換したが、かつて目の当たりにしたセナやセンセイは───


「グウオオオオオオオオッッ!! どうして修復されぬッッ!! どうしてッッ!!」


 ───取り込んだ《気》を別の何らかの力へと変換し、運用していた。

 それを直接叩き込まれた《遍く生を厭う者アイニカ》は再生に手間取り怒号を放った。 


「貴様らァァァ!! ここから生かしては帰さんぞォォォォッッ!!」


 可視化されるほどの邪気が空間を波打ち、肌がビリビリとした。


「死ぃねぃッッ!!」


 準備は出来ていた。

 式符セナを狙った最速の一撃は、俺が───


「《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》」


 弾き、大剣の柄頭を蹴り上げ、ガラ空きの胴に己の拳で、


「《貫通拳スティンガー》」


 渾身の一撃───から一呼吸もせずに勢いのままに、


「こいッ! つでッ!! 決めるッッ!!!」


 光速の拳───千発を超えるラッシュを叩き込んだ。

 そして、《遍く生を厭う者アイニカ》が吹っ飛んだそこには既に待ち構えていた式符セナが───彼女は裾を返し、顎、心臓、肩、脇、首を舞のような華麗な打撃で滅多打ちにし、その足を払った。


 再び倒れ伏した《遍く生を厭う者アイニカ》。

 式符セナの拳打が触れた身体の箇所からおびただしい煙が吹き出した。そして───


「これは……? 空間が───」


 城の一部がぼこりぼこりと崩れ落ち、言葉通り消え去った。

 それに比例するように、《遍く生を厭う者アイニカ》の傷が再生され、気が付けば傷一つない状態で、立ち上がった。

 彼は、おもむろに語り出した。



「これは───《神の気》だ。人類に対する純粋なる悪意によって誕生した私───《遍く生を厭う者アイニカ》を完全に消滅させ得る力と言えよう」



 彼が再度身振りを交え、大仰に声を張り上げた。この余裕は何なのか───


「しかし、私にはもう、彼女の弱点が見えた」


 瞬時に───目の前の彼が消えた。

 同時に、俺は横から蹴り飛ばされた。

 蹴りのぬしは式符セナであった。

 スローモーション。宙に浮いた状態で、俺の前髪の一部が宙を舞うのを見た。


「弱点は貴様だよ───聖騎士」


 式符セナが再び、本家の《貫通拳スティンガー》を放った。《遍く生を厭う者アイニカ》の表情が苦悶に歪むが、その勢いは止まらず。

 初対面時に俺を捕まえた大量の黒い手が、彼の身体から闇の魔力を燃料にしてロケットの如き爆発力で俺に向かって放たれた。

 未だ空中の俺は、もはや自身の身体を制御出来ず───


「『チェックメイト』だ」


 しかし───俺を護るために自身の身を顧みず式符セナが俺の前に飛び込み───その小さな体躯が───貫かれた。


 そうして、腕に貫かれたままの彼女が持ち上げられると───《遍く生を厭う者アイニカ》の身体からさらなる闇の腕が大量に形作られ、その全てが、身動きの取れない彼女に向かって再び射出された。

 それは彼女を致命的なまでに───

  


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