第22話 vs 《封印迷宮第四階層守護者α》④

○○○



 一騎打ちタイマンとは言ったものの───


「やっぱり駄目か……」


 すかさず光魔法を試してみたが不思議なもので、どうあっても発動出来ず、魔法の使用時に感じる身体から魔力が抜ける感覚のみがあった。

 あー、けど魔法は使えなくとも、魔力を体内で動かすことは許されてるわけか。


「少年、わかってると思いますが、僕の《業無しノースキル》の対象者はスキルのみならず魔法も使えません」


「わーってるよ」


 またもや大嘘であった。

超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》が発動出来れば、こんなやつ即座に片付けてやるのにとさえ目論んでいたのだった。


「本当ですかねぇ?」


業無しノースキル》が疑いの軽口を叩いた。


「ほんとのほんとだよ」


 俺の返答は重ねるほどに嘘臭くなる典型のものであった。 


「聖騎士殿……」


 背後のエリスが、俺をおもんぱかったような声音を出した。

 二階層の《水晶のヒトガタ》戦での俺の《瞬動アウトバーン》主体の戦闘を見ているだけに、彼女からすれば、それを封じられた俺には《業無しノースキル》に対しなすすべがないように映ったのかもしれなかった。

 

「あんだよ? そんな顔すんな」


 以前から思っていた。

 エリスは感情がすぐに顔に出るんだよな。


「心配はいらねーから」


 現に今も、彼女の目尻と眉がこれでもかと下がっていた。


「見てろよ」


 ふッと一呼吸の間に《業無しノースキル》へと距離を詰めた。


「だらァッ!」


 この速度なら! というある種の確信を持った会心の袈裟斬りであったが、《業無しノースキル》は器用な体捌きと受けの合せ技で俺の一撃を完全にいなした。


「素晴らしいッッ!! これですよッッ!!」


 目を見開き歓喜の声を上げた《業無しノースキル》。


「どれですかねぇッ!! ニャロ!!」


 俺は、互いの制空権へと再び脚を踏み入れた直後、手の甲、脚、胴、袈裟、首への不規則連撃を繰り出した。


「ああ、ああァァァァ!!」

 

業無しノースキル》はその全てを完全に受け切り、言葉にならぬ言葉を発した。

 彼のその表情は喜色に歪んでいた。


「《業無しノースキル》さんよぉ!! ちょっとキメェぞ!!」


 俺は───彼の胴薙───を極限まで背を反らすことで避け───反った状態のまま柄頭を握った高速の突きを繰り出した。


「その技はさっき見ましたよ」


 点の攻めである高速の突きを、わずかに下がることで射程距離から文字通りに紙一重で避けやがった。ガッデム。完全なる見切りだ。

 エリスが《業無しノースキル》の肩プレートをえぐった技であったが、そのときに学習されていたのだろう。


「ああ、そうかよッッ」


 今度は、的を絞らせないように高速移動を繰り返し、さらに激しく連撃を加えた。


「さすがです!! お嬢さん!! 彼を見てみなさい!! 彼こそが現世最強の剣士と言えるでしょうッッ!!」


 これも完璧に受けられた。

 けど───構わない!!

 緩急、抜き、ミスディレクション、脱力、幻惑、角度変化、死角からの攻撃───手を変え品を変え、俺は攻撃を続けた。

 しかし彼はそれすらも一つたりともこぼさずに全て受け切ってみせ───謎の素材で造られたグラム同士が全力で絶え間なくぶつかりあった。ギャギャギャギャギャギャという命を削り合う音が響き渡った。


「少年ッッ! 貴方はこれまでに出会った誰よりも素晴らしい剣士ですよォォォ!!」


 彼が、歓喜に震えて、吼えた───そこからは彼の彼による彼のためだけの時間だった。


 彼の技術は神域に達しているといっても過言ではない。そして何より執拗で───嫌らしい。

 彼の剣技はまるで、詰将棋のような、まさに俺の嫌がる手を次々に繰り出す剣であり、インにアウトに変幻自在、大胆にして繊細、パワー系テクニック系そのどちらにも自由自在にスイッチ可能なあまりにも厄介な相手であった。


「貴方自身の速度も、剣速も、パワーも何もかもが素晴らしいッッ!! いずれもが私を遥かに上回ってます!!」


「ありがとよッッ!! このクソッッ!!」



 横一閃と同時に───俺はたまらずに大きく距離を取った。仕切り直しというやつだ。


「今言った全ての点で、貴方は私を大幅に上回ってますが───こと剣術においては私の方が数段上でしたね」


 人を一度上げてから下げるとか性格の悪さが出てる。生前は嫌な奴だったに違いない。

 ただ……《業無しノースキル》の言う通りではあった。前回の《刃の迷宮》のときに出会った彼ならともかく、今俺の目の前にいる剣狂いは達人中の達人であった。悔しいが剣術に関しては彼の方が上だった。


 けれどもう───



「あー、そういうこと言っちゃう系か?

 いいぜ、それなら───」



 彼の底は見えた。

 極端な前傾姿勢から俺は全力で地を蹴った。

 蹴り出した地が爆ぜた。

 初速からほぼ最高速度で、



「───見切れるもんなら見切ってみろよ!!」



 繰り出したのは俺の持てる最速の───加速度を加えた突き───こいつを彼の喉へとお見舞いし───彼は迷わずに───己の剣を俺の剣に接触させ───構わない───押し切って弾いてみせる───なのに───ああ、この感じ───水のような───俺の剣は巻き上げられ───上空へと弾き飛ばされた───器用にもそれと同時に───俺の右腕が肘下からバッサリと切断され宙を舞っていた。


業無しノースキル》が嗤った。

 釣り上がった口元が三日月を思わせた。

 ずるりと前のめりに倒れ行く俺───


「これで勝負ありですね」


 だけどこの展開・・・・になればその嗤い顔が絶対に来るだろうと分かっていた。


 ───楽しかったですよ


 エリスにトドメを刺す前に彼は告げていたから。彼がその表情を浮かべ勝ちを確信し油断する───きたるべきその瞬間こそが俺の待ち焦がれていた時間ときであった。


業無しノースキル》が終戦の剣を掲げた、その瞬間───

 

「だな」


 答えたのは俺だった。

 トンと。

 既に───残った俺の左手は彼の胸部に添えられている。


「な」


 今更気付いてももう遅いッッ!!


 ───貫通拳スティンガーッッ!!


 体内で先程からずっと練りに練っていた《気》と魔力とをブレンドしたものをこれでもかと叩き込んでやった。


「がああああァァァァァァァァッッッ!!!」


業無しノースキル》が獣の様な叫び声を上げた。ダメージに耐え切れなかった彼は、身体をくの字に曲げると、ずしゃりと地に倒れ、血反吐をばら撒きながらのたうち回った。


「すまねぇな。剣術はお前の勝ちだったよ。けれど、お前が最初に言ったことだ。しくもお前は俺の本質を言い当ててたんだよ」


「な……にを」


 虫の息の彼が俺に尋ねた。


「最初に謝っておく。アンタの言う通り俺は剣士って奴じゃねぇ。俺は生き残れさえすればいい。単なるそれだけの人間だ。アンタみたいな崇高な理念があるわけじゃないから何だってやる。俺はこんなとこで死んでる場合じゃないんだ。何が何でも生き延びてやらねぇといけないことがある」


《封印迷宮》の攻略はもちろん、地球にも帰らねばならないし、それよりも先にアノンや、アシュとも今後の約束を交わした。セナと再会するためにも俺は帰らなくちゃならない。

 それに今は何よりも───


「フ、フフフ───」


 血反吐を吐き散らかしながらも、《業無しノースキル》は立ち上がり嗤ってみせた。


「いいえ、貴方は、素晴、らしい、剣士です。生き残るためならなんだってやる───それも、一つの剣士の理想像に違い……ありません。ああ、本当にもう、本当に、たまりません……いいですねぇ」


 そう言って、彼は落とした剣を拾ったのだった。


「心配しな……いでください。見事に貴方の、勝ちです。この剣は貴方に……差し上げます。貴方……なら二刀のグラムを、使いこなせるかもしれませんしね」


 意図が読めずに『何を?』とは尋ねられなかった。


「また、逢いましょう」


 彼は告げると、そして己のグラムコピーで、


「御免ッッ!!」


 自身の首を断ったのだった。



○○○



 ヒョエエエエーーー!!

 また逢いましょうじゃねぇよ!! 二度と会うのはゴメンだ!!


 光の粒子になって消え失せていく《業無しノースキル》を見て、俺は内心で悲鳴を上げていたのであった。



○○○



 セナから貰った鎮痛薬を水で煽り、切断された腕の治療はエリスに手伝ってもらった。めちゃくちゃ良いポーションを使わざるを得なかった。切断面を合わせてそこにポーションをドボドボと惜しみなくぶっ掛けて、さらには追加で一本を念のために飲み干した。


 しかしいくら希少なポーションとはいえ、ミカやセンセイの瞬間的な完全回復に比べるべくもなく、しばらくは右腕の自由は十分に利きそうになかった。


 けど、そうも言ってられなかった。

 すぐにでもしなくてはならないことがある。


「エリス、剣を取れ。久し振りにやろう」


 受け入れてくれることを願い、俺は彼女へと呼び掛けたのだった。

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