第3話 アノン再び
○○○
「やあやあ、先程ぶりじゃあないか」
性別や年齢はもちろん、その全てが不詳の人物であるアノン。
その彼が宝塚の男役を彷彿とさせるような身振りで、両手を広げて俺を歓迎した。
「こちらこそ先程ぶりだな」
「うん。ワタシは君なら絶対に、またここに来ると思ってたんだ」
「あのよ、少し相談に乗って欲しいことが───」
アノンは用件を言おうとした俺の口の前に、手のひらを突き出した。
「待ちたまえ。野暮なことは慎みたまえ。キミとワタシの仲じゃあないか。キミの言いたいことはよぉーくわかってる」
彼の住居は郊外にある小さな一軒家であった。
そこは特段変わった様子のない建物であり、冷蔵の魔道具やキッチン、客間や客室などの最低限の設備と部屋が備え付けられた建物であった。最低限生活するには困ることはないだろうが、彼の生活感がどうも希薄だと感じていた。
「ワタシはね、キミが来るのを待っていたんだよ」
さあさあこっちだよと俺と
○○○
「ワタシはね、キミが来たときのためにね、色々と準備をしてたんだ」
アノンがこぽこぽと温かいお茶を淹れてくれた。
俺の隣には
色々と準備をしてたと彼は言った。
言っては何だが、彼と俺は最近出会ったばかりで、どこにこれほどまでに俺のことを信用出来る理由があったのか、不思議でならなかった。
ミランが俺のことを良く言ってくれただろうことや、街で図らずも人助けしていたことがその理由かもしれなかったが、それだけでここまで全幅と言って差し支えないほどの信頼されていることに、俺は内心では首を
「砂糖はいるかい?」
「あー、じゃあ匙半分で頼む」
「ロウの
「ふむ。
ぽちゃぽちゃぽちゃん。
アノンは注文通りに匙に山のように砂糖を乗せてそれを紅茶へと放り込んだ。
「どうぞ。冷めない内に」
あんなに砂糖を摂取したら病気になるわ、と思ったが彼女はもはや人外枠であるので、何らかの不思議パワーを吸収してたり、体内に不思議エネルギー機関があっても俺は驚かない。そんな感じなので病気なんてそもそもあり得ないはずだ。
「ロウが来ることまでは予想出来たが、まさかここに人を連れてくるとは思わなかったよ」
アノンはそう言って、ずずっと音を立ててお茶をすすった
「遅くなったがここいらで自己紹介といこうじゃあないか」
「あー、この人は──」
声にしながらも何と紹介すれば良いものかと頭を悩ませてた俺を遮り、
「我の名前は、オーミ」
しゃなり。
一瞬で静謐がこの場を支配した。
ピンと背筋を伸ばした
先んじて名乗ったのは俺の隣に座るセンセイだった。
彼女の持つ清楚さやしとやかさは触れがたい牡丹の華を思わせた。そうした彼女の持つ美しさ───それを引力と言って差し支えない───が俺とアノンの目を奪ったのだった。
今俺の目の前で彼女が見せた眼差し、表情、佇まい──そのいづれもがいつもの彼女とは違っていた。その様子は普段のセンセイからは想像出来ないような気品、気立て、品格を感じさせた。
「あ、ああ。オーミさんね」
常に大仰で人を食ったような話し方をするアノンではあるが、センセイの醸し出すある種の神聖さに少し気圧されたように見えた。
「『さん』はいらぬ。オーミで構わぬよ」
「なら、オーミ。散々ロウと話していたからね。もうすでに御存知だろうが、一応自己紹介を。ワタシの名前はアノン。これから長い付き合いになるだろう。よろしく頼むよ。」
センセイが「くふふ」と妖しげな笑みを浮かべて「こちらこそよろしく頼む、アノン」と鷹揚に頷いた。
「ところで、ロウ」
ぐりんとアノンが首を俺に向けた。
びくっ! と急な振りに驚いた俺。
「キミとオーミの関係はどういうものなんだい? どうもキミはオーミをセンセイと呼んでいるようだけど、どう見たって師弟関係じゃあない」
俺とセンセイの関係?
彼女との関係性を適切に表す言葉がすっと出てこなかった。
俺にとってセンセイは単なる『相棒の先生』なのか?
セナはセンセイに対して家族に対する親愛の情のようなものを感じている。
俺だってそうだ。三人での生活を始めてから、ある程度の時間は共に過ごしている。俺にとっても彼女が単なる『先生』だとは思えなかった。
答えに窮した俺に、センセイはイタズラ猫の様にきゅっと口角を上げ「くふ」と笑った。
嫌な予感がした。
「我とイ───おほん、我とロウの関係は」
「関係は?」
もったいぶったセンセイに、アノンが食い付くようにおうむ返しで尋ねた。
「ロウは我の娘のムコ殿での。となると我とロウは義理の親子ということになるのかのう」
ナ、ナンダッテー!
俺の心の中のMMRが驚愕の叫び声を上げた瞬間だった。
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