第5章 情報屋と聖騎士

第1話 問い掛け

○○○


 アノンの話が終わった。

 やけに口の乾きを感じた。聖騎士や勇者パーティの話に夢中になるあまり、彼の出してくれたお茶に手を付けることを忘れていた。

 湯気が立っていたお茶はとうに冷たくなっていた。俺はそれを一気に飲み干した。


 聞きたかった話も終わり、正午をとうに過ぎた時間となったので、そろそろ帰宅する旨を彼へと伝えた。


 その際にアノンから「せっかく出会えたのだからさ」と、まるで軟派な男のようなセリフで、ミランとアノンと俺との三人で街へ繰り出さないかと誘われた。

 けれど俺は待ち人(セナ達)がいることを理由に彼の誘いを遠慮した。


 ただ、彼の誘いを断るために待ち人を理由に用いたが、それは断った根本的な理由ではなかった。

 俺はどうにも遊ぶ気分にはなれなかったのだ。


 ───君はこれから一体どのように動くんだろうね。


 俺はアノンの問いに明確な答えを示せなかった。

 しかしどうしても彼の問いが頭から離れなかった。

 自分がどうしたいのか、それがどうしてもわからなかった。



○○○



 アノンの住居から辞する際に、彼がお土産を用意してくれた。

「美味しそうだって言ってくれたからね」と取り分けていたビスケットをおしゃれな布にラッピングして渡してくれた。

 彼から包みを受け取った俺は彼とのやりとりを思い返していた。


 彼は俺が席に着いたとき「話が長くなるからね」と、いそいそとお茶とお手製のビスケットを出してくれたのだった。

 テーブルに出されたビスケットは何らかの動物を模した物となっていた。


「これは豚かな?」

「猫だよ」

「じゃあこれは牛かな?」

「犬だよ」

「じゃあこれは鳥かな?」

「……羊だよ」

「っておいおいおい! 何で片付けちゃうの?!」

「いいんだよ、無理して食べてくれなくても……」


 アノンが哀愁を誘うような声音で呟いた。いたたまれなくなった俺が「美味しそうだなぁ!」「腹が減ってるんだ!」「良い匂いだぜ!」などと謎のヨイショを連発することで、ようやく彼は一度片付けようとしたビスケットを再度テーブルに並べてくれたのだった。


 彼がその時のビスケットの残りを包んでくれた。

 謎の動物をかたどったビスケットは、見た目はともかく味は良かったのでありがたく頂戴し、俺は家を出た。


「色々と教えてくれてありがとな」


 外まで見送りに出てくれた彼に礼を告げた。

 アノンは俺に気にするなと手をひらひらと振り「くっく」と笑った。


「いやいや、こちらこそありがとう。君という人間と話すことが出来て色々と楽しめたよ」


 彼に「それじゃあまたな」と告げて背を向けたとき、


「ロウ! この件に関して君が動くのならワタシに一報くれたまえ! そのときは君の力になろう!」


 アノンの声が届いた。

「そのときは頼む!」と俺も彼に手を振ったのだった。



○○○



 さて、そこからは時間との戦いだった。

 一刻も早く家に戻らねばならなかった。

 俺が急いでる原因は皆もわかっているはずだ。


 朝ごはんの時間が終わり、昼ご飯の時間も終わった。

 それどころかおやつの時間すらも過ぎようとしていた。


 俺は危機感を覚え、これまでにないくらいの勢いで必死に街を走り、街道を抜け、山を駆けた。

 気持ちの上では俺は完全にメロスだった。

 俺の脳内では、セナの顔をしたセリヌンティウスが「イチロー早く来てくれぇぇー!」と叫び声を上げていた。


 息を荒げて、家に着くとそこに二人の姿はなかった。


「ただいまー」という俺の声に、布団の山ががさごさと動いた。


 メロス(俺)のことを笑顔で出迎えてくれるセリヌンティウスなど存在しなかった。

 あるのは二つのこんもりとした布団の山だけであった。

 セナだけならまだしもセンセイまで、何やってんだ……。


「おーい!」


 反応無し。


「帰ったぞー!」


 がさがさと布団がうごめいた。


「せっかくチーズとはちみつがそろったのになぁ」


 ぴくっ!がさがさがさ!


「チーズとはちみつのピッツァを焼こっかな」


 がっさがさ! ずももも!


「そう言えばヨーグルトもあんだよなぁ」


 ずももも! ずもももも!


「ヨーグルトにはちみつかけたらこれまた美味いんだよなぁ」


 がさごそ! バサリ! 布団の山から二人が仲良く顔だけ出した。


「イチロー、遅かった。何か言うことは?」


 セナが言った。

 確かにそうだった。


「ごめん。心配かけたよな。この通りだ許してくれ」


 俺は頭を下げて彼女達に謝罪した。

 前回同様に朝ごはんの前には帰ると約束して街に繰り出したはずの俺は、約束の朝を大幅に超過し、昼帰りをキメていたのだった。

 世の基準であればセナは過保護と言えるかもしれない。

 けれど、彼女はここに辿り着いたばかりの頃のボロボロだった俺を知っている。

 だからこそ純粋に心から俺を心配してくれていたのだろう。

  

「早く布団から出て来とくれよ」


「セナよ、婿殿もこう言うておることじゃし、そろそろ許してやらんか?」


 セナの隣の布団から顔を出したセンセイのまさかの援護射撃。

 センセイ、今日のデザートははちみつ多目ですよね。

 言われずともセンセイははちみつが大好物であることを俺は把握していた。


「うー」


「ほら、婿殿も美味しいピッツァを作ってくれるそうじゃし」


 セナはセンセイの説得にしばし目を閉じて逡巡し、やがて薄っすらと開けた片目でちらりとこちらを見やると、はぁと溜め息を吐いた。

 そしてようやく「うん、わかったわイチロー。仲直りをしましょう」と布団からのそりと身体を出して、手を差し出したのだった。



○○○



 期待を裏切るようで胸が痛かったがピッツァは時間がかかるので今日は無理であることを伝えた。


 つぶらな瞳で「そんな殺生なぁ」という二人の無言の訴えに耐え切れず今度必ず作るからと約束する羽目になった。


 その代わりに今日の分として、縦半分に切った堅焼きのパンに炙って溶かしたチーズを乗せて、はちみつをたっぷりとかけた物を手際よく用意した。


「食べながらでいいから、聞いて欲しいんだけどよ」


 今何が起きてるのかを、そしてアノンからの問いに対して、俺がはっきりと答えられなかったことを、彼女達に聞いて欲しかった。

 



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