邪神系TS人外黄金美女が古代神話世界でエルフ帝国を築くまで
所羅門ヒトリモン
01_プロローグ Ⅰ
古く、黴臭い儀式場だった。
密閉された薄暗い石室。
空気は淀み、換気はされていない。
壁に立てかけられた松明の灯りに照らされて、俺は祭壇の上で横たわっていた。
「……」
むくり、と身体を起こし辺りを
すると、ちょうど俺の横たわっていた祭壇を中心として、幾つもの人影が床に倒れ込んでいるのが分かった。
全員、赤い水溜まりの上で、服が汚れるのも気にせずジッとしている。
松明の灯りは、小さいが強い。
赤い水溜まりの端の方には、鈍いが、たしかに光を伴うナイフが転がっていた。
……なので、たぶん、これはそういう経緯で
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やつ、ここのつ、とお……」
数えてみると、軽く十人。
いずれも簡素ながら上等そうな衣服に身を包んでいる。
しかし、その内訳は男ひとりに女九人と、かなりの偏りがあった。
風貌を見比べてみても、女たちは揃って若々しいが、男はひとりだけ杖をついていてもおかしくない年齢に見える。
父と娘か。
あるいは、祖父と孫娘たちか。
何であれ、起き抜けに見せられる光景としては「勘弁して欲しい」の一言に尽きた。
一家心中にしろ儀式殺人にしろ、呼び寄せられる側からすれば、本気で堪ったものじゃない。
特に、今回のような本来なら選ばれるはずのなかった突発的代理召喚。
すでに事切れているこの十人が、死してなお召喚を
正真正銘、一代替品にとってみてすれば、心の底から「マジかよ」という感じだった。
「……しっかし、事前に説明を受けていたとはいえ、酷いねコレ」
俺はぴょんっと祭壇から飛び降り、足が汚れないよう慎重に水溜まりを避けて松明を手に取る。
十分な灯りを手元に用意して、じっくりとあたりを検分するためだ。
なにせ、こちとら着る物も履く物も何もない、まさかの全裸状態……
十人の内の誰かから、せめて使えそうな衣服を拝借しなければ、マトモに外も出歩けない格好だった。
「召喚そうそうやらなきゃいけないコトが、自分を召喚した人間たちの死体漁りとか、精神的にクるよ。まったく」
ぼやきながら、まずは女たちのひとりから適当なサイズの靴……何かの動物の皮でできているブーツのようだ……を脱がし、履く。
通常、服を着込む際に靴から身につけていく人物は変わっていると思われても仕方がない。
だが、現在の状況はかなりのレアケース。
石室の床は硬く、ザラザラとしていて足心地も悪い。
衣服を検めるとなると、赤い水溜まりを避け続けるのにも当然無理があるし、ここは多少順番が入れ替わっても、靴から頂戴していくのが、状況的にベストな選択だった。
「よし」
靴を履いたコトで、足首までの防御力を得た。
俺は次に比較的汚れていなそうな娘に目星をつけると、心の中で軽く謝罪の言葉を口にし、手早く衣類を剥ぎ取っていく。
死体はどれも胸──心臓の位置──に刺傷があるため、上半身はほとんど使い物になりそうもないほど真っ赤に染まっていたが、ひとりだけ奇跡的にコートのような前開きの、薄手の羽織物を身につけていた。
これならば、
俺は不幸中の幸いと、追い剥ぎのような気分に陥りながらもそれを羽織った。
その他に関しては、途中、見慣れないデザインをしているモノも多かったため、どういう着方をすればいいのか分からないモノ──とりわけ下着類──を放置せざるを得ず、未だ心もとない感じは絶望的に否めなかったが、とりあえず、差し当っての全裸状態、防御力ゼロの格好からは脱却するコトに成功した。
「……」
他に使えそうな物はナイフしかない。
別段必要性は感じないが、念の為、ポケットに入れて持っておくコトにした。
──さて。
石室の壁にはひとつだけ、トンネルのような通路が見える。
いつまでもこんな場所にいたって仕方がない。
おあつらえ向きに出口があるのだ。
肩を竦めてフンと鼻を鳴らし、コキリと首も鳴らす。
そして、一寸先も見通せない
カツン、カツン。
通路は長く、思いのほか、それなりの距離を歩きそうな予感がする。
◇ ◇ ◇
人間誰しも、一度や二度は他愛のない
人格の育ち切っていない子どもの頃なら尚更で、どんな立派な紳士淑女であっても、小さい頃は人並みにバカバカしい。
幼稚で不出来な非現実を、とかく無自覚に望んでしまうものだ。
少なくとも、俺の場合はそうだった。
小学生の頃、やんちゃで有名なクラスメートが自分勝手に振る舞う様を見て、どうしようもないほど頭にキタことがあった。
詳しい内容なんか覚えちゃいないが、そういう時、俺は大抵いつも、頭の中でそのクラスメートをボッコボコに殴れる力があればと妄想していたのを覚えている。
漫画に出てくる超戦士のように、一発殴ればコンクリートが砕けて、地面すらもが割れるような、そんな超人的パワーがあればアイツを絶対に黙らせるコトができるのにと。
たぶん、その時は虫の居所が悪かったんだろう。
それか、日常的に苛立ちが募り、日頃からむしゃくしゃするほど腹に据えかねていたか。
どちらにせよ、人間なら誰だって頭の中で空想するはずだ。
ムカつく誰かをこれでもかというくらい、こてんぱんに殴り倒す
他にも、小さい頃の俺は親の運転する車の後部座席にいる時は、決まって窓から見える風景に自分だけの最強キャラクターを投影したし、屋根から屋根へと縦横無尽に飛び移らせたりもした。
道路上の白線を踏めば死んでしまうゲームだったり、教室を襲う謎のテロリストを華麗に撃退したり。
中学校を卒業する前までは色んな特殊能力を考えたりもした。
手から火を出せる能力。
水を自由に操れる能力。
風使いになったり、あらゆる武器を使いこなしたり。
それらは当時流行っていた漫画やアニメの影響をダイレクトに受けて、その都度、都合よく変わっていった。
そして、ある一定の年齢を超えて大人へと近づいた頃、俺の空想は現実的なものへと変わっていき、次第に実用的で、生活に役立つモノを冗談レベルで思い浮かべる程度に落ち着いていった。
──電車やバス、交通渋滞は煩わしいから、空を飛べたらいいのに。
──いや、この際マトモに移動するのも面倒だから、瞬間移動ができたら凄く楽だぞ。
──通勤時間はなくなり、その分、一日に余裕が生まれる。
──あれ? でも、そうしたら交通費とかって支給されなくなるのか?
──つーか、極論金さえあれば生きていけるんだし、働かずに金だけ入ってくる能力とか超欲しいんだけど。
もちろん、そんなモノはあるワケない。
とはいえ、心の中でこんなチカラがあったらいいのになー、と無意味に夢想するのは、あくまでも個人の自由だ。
──あんな豪華な屋敷に住んでみたい。
──あんなホテルで生活できたら夢のようだ。
──たまにはリラックスできる大自然に包まれて、
自分が王様とか石油王とかになった妄想をして、至福の『もしも』に想いを馳せる。
一般的な中流家庭に生まれ、凄まじく貧乏というワケでもないが、かといって余裕があるワケでもない。
平々凡々なザ・普通の暮らしをしてきた
たぶん、実際に大富豪になったら、それはそれで気苦労は多いのだろうけど、そんなことはさておいて、とにかく、自分を取り巻く
西暦2010〜20年代、疲れ果てた日本の現代人なら、たぶん共感してもらえる。
だって、考えてもみて欲しい。
働かずに食うメシだとか、他人の金で食べる焼肉だとか、最高に美味いし幸せです。
美男美女に褒めそやされて甘やかされて、ただそれだけで生きていけるなら絶対にそれがいい。
好きな時間に寝起きして、好きな映画をいつでも見放題。
食っちゃ寝、食っちゃ寝、暇に飽きたら自尊心を満たせる程度に働いて、後は気楽に自分の人生を謳歌する。
決して難しいはずはないのに、現実と向き合えば、なぜか難しく感じる摩訶不思議。そんなリアルで本当にいいのか? いいわけないだろ。
だったら、日常のふとした隙間、ちょっとした退屈しのぎとして、少しだけバカげた空想に浸るくらい。
人間なら、誰だって、多かれ少なかれやっているコト。
誰にも迷惑はかけていないし、口に出さなければ、どれだけ荒唐無稽なモノでも知っているのは自分だけ。
別に本気で願い込んでるワケでもなければ、頭がおかしくなったワケでもない。そりゃ、本当に叶ったら嬉しいだろうけど。
ささやかな心のリラクゼーション。
現実逃避も度を過ぎなければ、メンタルのケアに役立つと言うし。
俺は時折り──特に深夜まで残業しているとだが──手から金が出てくる能力とかどうよ? なんて妄想して一人悦に入っていた。今思えば、間違いなく心のどこかが擦り切れていたのだろう。
そんな、ある日のコトだ。
突然、目の前がブツリとブラックアウトするように真っ暗になったかと思うと──『声』が聞こえてきた。
その『声』はひどく単刀直入で、一方的に自分の用件を伝えてくると、有無を言わせず俺を何処かへと引っ張り上げ、様々なコトを語った。
流れる星々が川のせせらぎのように足元を通り過ぎ、火の灯る大地が千を超える鉄槌に鍛たれる刹那の
青く澄み渡る天球儀はクルクルと粘土のように捏ね回され、聳え立つ柱の塔、星を貫き支える蜘蛛の糸。
燃え落ちる天蓋に草花は芽吹き、咲き誇る生命の光が開闢の唄を紡ぎ、巨いなる海は泥の中、鉄の王女に断頭台。
俺は宇宙猫と化した。
自分の脳がそれまで使用していなかった異なる
ぐるぐると視界は跳ね回りぱちぱちと火花が飛び散り精神はどろどろ融解し人格は不要な部分をさっぱり削ぎ落とされきっちり最適な形へと作り直される。
そして、そこまでしてようやく俺はその声の主の言葉を『理解』できるようになり、結果として、ソイツの走狗となるコトを了承するに至った。
なにしろ、拒否するだけの権利も力も無ければ、反論を口にした途端、物理的にも形而上的にも『廃棄』されることが直観で理解できてしまったからだ。
銃口を突きつけられ頭蓋を撃ち抜かれる寸前とでも言える状況で、引き金を握る誰かに逆らえるほど俺は無鉄砲じゃない。
人間の都合なんか知らねー!
オマエらはオモチャ!
人権やこちらの尊厳等を無視したとてつもない暴挙であったとしても、死ぬよりはいい。
それに、だからと言って、話はそう悲観的になる必要もない方向に進んでもいた。
というのも、その声の主──便宜上、これからは『高次存在』とでも呼称させてもらうが──は、どうも自分の代わりを探しているだけで、ある場所に行ってもらえさえすれば、後はこちらの好きなようにして構わないのだと云う。
走狗というのも名ばかりで、下僕や奴隷のような扱いをして馬車馬のように働かせるつもりも毛頭なく、それどころか自身の『
制約はなく、代償も特にはない。
聞けば──ほとんど不死身の、まさに超自然的存在へと生まれ変わらせてくれるらしい。
老いず、朽ちず、病まず、傷つかず、永劫の不蝕不滅。
人間として食事を摂る必要も無ければ、排泄を行う必要もない。
寝ても寝なくてもどちらでもいいし、肉体は常に自分の意思で最高の状態に保たれる嘘のようなホントの話。
生命活動に不可欠とされたあらゆる要素は、趣味嗜好と同じラインにまで引き下げられた。
しかも、これでまだ最低限の基本スペックでしかないらしい。まったく、どれだけ規格外なのだろう。
ただ──ひとつだけ。
強いて不便な点を挙げるとすれば、それは『化身』である以上、大元である高次存在の原理的欲求──その存在がその存在としてあるために必要不可欠な属性──の遵守を求められるコトか。
俺の場合、それは端的に『裏切り』となる。
この先、たとえどんな人間関係を築くにしろ、俺は必ず誰かを(あるいは何かを)裏切らなくてはならない。
それも、ただ裏切るのではなく──ここぞというタイミング……ここを逃しては今後これ以上はない……という最高潮を見計らってだ。
……まったく、なんともまぁ、高次存在サマの品性を疑いたくなるような話ではあるが、こればかりはどうしようもない。
なにしろ高次存在サマでも抗えないのだ。
斯く言う俺も
まるで、世界の敵とも言うべき最悪の
すでに人間としての脆弱な部分はオミットされてしまっているから、かつての残滓が「うわ、ひでぇ」と客観的に告げてはくるものの、恐らく実際にその時になれば『俺』は何とも思わないだろう。
それを残念だとも気楽だとも感じる今の俺は、果たして最初からこういう人間だったのかそうでないのか。今や高次存在のみぞ知る瑣末事である。
ともあれ、俺はそうして高次存在の望むまま、それまでの世界を捨て、晴れて新たなる世界へと派遣されるコトになった。
──曰く、規定条件を満たした知的生命が正規の手順に則って召喚申請を行った。
──だが、その世界は疾うの昔に旨味を失っていて、今さら出向いてやるほどの価値はない。
──波長の合った適当な化身を送り込むので、後は好きにしろ。
とのコトらしい。
やれやれ、高次存在らしい実に手前勝手な物言いである。
これがもし企業と企業の正式な契約下で行われた不正だとしたら、断固とした姿勢で俺は上司へと訴えたい。
しかし、相手は企業でもなければ上司なんて生易しいモノでもなく、宇宙の根幹からして法則を握りこんでいるような言語化不可能な存在なので、俺は神妙な顔をして「合点、親分!」と頷くに留めた。リアクションは特に無かった。
まぁ、そんなコトはどうでもいい。
斯くして、俺は新世界へと旅立つに至った。
だが、どんなに素晴らしい肉体を手に入れようとも、まったくのゼロ知識ではさすがに困惑してしまう。
都会にはじめて訪れたおのぼりさんどころか、異国に放り出された母国語話者のように途方に暮れてしまうだろう。
なので、さながら旅行前に観光パンフレットを幾つも購入してしまう浮かれ野郎のように、俺は最低限の情報だけ高次存在からのダウンロードを行った。もとい許された。
それによると、どうやら俺が召喚された世界は、非常に興味深い世界のようだ。
基本的な構成骨子は古代(?)ヨーロッパ──というよりローマやエジプト、ギリシャあたりか──を彷彿とさせるものの、一部、明らかに俺の知っている古代世界像とは異なる要素が含まれている。
そのひとつが、神の実在だ。
と言っても、よく知られている唯一神のように、全知全能、万物の父というワケではない。
それぞれの地域、それぞれの国で信仰を集める土着の、言うなれば怪物に近い神が本当に存在している。
イメージ的には、北欧神話やギリシャ神話、エジプト神話などが近似だろう。
まぁ、でなければ俺のような使い走りがこうして召喚されるはずもないので、その辺は特にツッコミどころがあるワケでもない。
高次存在と接続した今の俺にとって、ちょっとやそっとの摩訶不思議はそう驚くことでもないからだ。
ともかく──七つの国と七つの宗教。
それと、有象無象の異境の神々。
俺の呼び出された世界では、どうやら宗教戦争のようなモノが勃発しており、異なる価値観を持つ人間同士が互いに百年以上も剣を向けあっているのだとか。
しかし、すでにその大勢もほとんどが一国の独壇場。
国土も国民も何もかも、あらゆる面で最強とされる『龍の國』が、大陸を制覇するまで後わずかのところまで来ていると云う。
俺は、もはや歴史から確かな伝承も逸話も失われてしまった名も無き神の一柱として、そんな世界に転生した。
これまでの話を要約すると、まぁ、そういうコトになる。
世界観を分かりやすく説明すると、
──だが、おもしろいのはココからで、この世界、神は何をしてもいい。
神なのだから当然だが、誰に諌められるコトも何に気を遣う必要もなく、本当に好き勝手して構わないのだ。
ギリシャ神話のゼウスがあちこちで女を手篭めにしたり、北欧のロキがフェンリルなどの怪物を作ったりしたように。
あらゆる横暴、あらゆる越権、あらゆる自由が神にはある。
人間は神に逆らう無意味を弁えているし、そも、神を絶対と崇める宗教基盤ができあがっている。誰にも邪魔はされない。
つまりだ。
子どもの頃、幼稚にワガママに都合よく妄想していたあらゆる幻想。
そればかりか、ヒトならば誰しも一度や二度、頭の中に思い浮かべた禁忌であったり無法であったり。
俺は、この上ない『特権』を実行する許可を与えられた。
もう、やりたくもない仕事をする必要もないし、馬鹿みたいに働かなくていい。
どれだけ自堕落に暮らしても、どれだけ趣味に走っても一切合切構わない。ハレルヤッ!
与えられる
むしろ、いろいろと不便だった人間の
身長180センチを超える長身。
おっぱいなんか、両手で揉むと、
想像の中の世界三大美女──あのクレオパトラすら超えているんじゃないかと、思わず目を疑ってしまう人外的美貌。
男の象徴が無くなってしまったのには少なくない無念が残るが、パッとしない以前の風貌より、こっちの方が遥かにスペックが違う。
──これで『神』でないと言うのなら、他のいったい何だと云うのだろう?
ゆえにだ。
俺はこれから、素敵に怠惰に自由に強欲に、まずはこの世の贅という贅を、すべて味わいつくそう。
邪神とか言われても仕方がない。
だって、『俺』を生んだ高次存在サマからして悪属性なのだから。
親元の因果には逆らえない。
逆らう意義も特別見いだせない。
想像してみて欲しいが、たとえば、ある日突然、『銃』を手に入れたとしよう。
倫理観や社会常識、人道的見地。
人としての当然の良心に則り、キミはもちろん、無闇矢鱈にそれを使おうとはしないはず。
だって、銃を使うコトは危ないコトだし、もしも使ってしまえば、たくさんの人に罰せられてしまうと常識的に承知しているからだ。
しかし、キミの心の中には必ず、『銃』を手にしたという高揚感、万能感にも似た驕りが小さくなく生じるだろう。
銃という明らかな武器──凶器は、ただそこにあるだけでキミを非日常へと誘い、「その気になれば自分は誰かを容易に傷つけられるのだ」という特別意識が、キミを変えてしまうかもしれない。
けれど、恐らく、大半はそうなのだ。
強い力を手に入れた人間は、往々にして自分自身が強くなったと錯覚してしまう。
これはどれだけ自分を戒めていても関係ない。
心の奥底から湧き上がってくる陶酔の感情に、俗物たる衆愚は、そも抗えるようにできていない。
倫理や道徳でどれだけ聖人君子の皮を被ったところで、人が持つ浅ましさは、どうしたって初めからそこにある。
そして、ここまで読んで貰えば分かるように、俺の精神性も決して大層なモノではない。
聖人でもなければ英雄でもなく、立派な大人とすらもしかしたら呼べない平々凡々なザ・愚か者。
だから、こうしてチートを与えられて、火を見るより明らかな特別なチカラを手にしたならば、当然のように歓喜が先立つ。
や っ た ぜ !!
が、そうは言ってもだ。
単に「酒池肉林を目指す」と大雑把な目的意識を掲げてみても、俺にはやはり具体的なプランがない。
根が小物な一般衆愚に過ぎないから、スケールの大きいライフスタイルというものが、上手く想像できないのだ。
初めは自分を召喚した人間たちの望み通り、願いを叶えてその対価として莫大な報酬を要求しようかとも考えてみたが、せっかく神になったのになんでまた働かされなきゃいけないんだと速攻で気分が萎え散らかした。
あと、俺は高次存在の手によりこうして神に転生したものの、別に全知全能だったり宇宙を灼き滅ぼすだけの雷霆を撃ち放てたりするほどの万能ってワケでもない。
あくまでも高次存在の化身として、その範疇で譲渡された権能しか振るえないのだ。
それも、高次存在曰く波長が合った分のみに絞られる。
第一の権能──黄金楽土。
第二の権能──文明叢書。
第三の権能──閉塞打破。
俺が持っている特権など、所詮はこの三つだけ。
言い換えれば、
あれほどの高次存在と接続しておいて、それでもなお与えられるチートがこのラインナップなあたり、元々の魂がどれだけ俗っぽいのか底が垣間見える。
──ゆえに、そう。
俺は、たしかに超越的なバケモノへと生まれ変わるコトには成功したが、まずは状況整理のためにも、やはり今の自分に何ができるのか、そこから始めていかなければならない。
知識と感覚だけで何事も分かったつもりになるのは、愚者のやること(まあ俺は愚者なんだけども、それはひとまず置いておいて)。
自分が人間ではなくなった事実を冷静に受け入れ、神としていったい何ができて何ができないのかを、俺は文字通りそこから把握しておかなければならない。
そのためには、まずはやはり
◇ ◇ ◇
外に出ると、そこは雪の降り積もる白銀の森だった。
空は暗く、煌々と輝く黄金の満月があたりを照らしている。
月の光を浴びた雪の華。
乱立する寒々しい木々。
どうやら、名も無き神に相応しく、俺が呼び出されたのは何処ぞの朽ちかけの神殿だったようだ。
苔むした石柱、ひび割れた大理石。
蔦の生えたアーチのようなモノが、雪化粧に覆われ衰退ぶりを語っている。
……まぁ、これもある意味、趣があると言えなくもない。
「だけど、俺としてはいささか殺風景に映るな」
神秘的というか厳かというか、この神殿からは生真面目な雰囲気が感じ取れる。
畏れ、敬い、願い、奉る。
神を神として、杓子定規に崇めた結果が恐らくコレなのだろうが、それじゃあダメだ。
だって、ここで祀られていた神は──正確にはその先にいる高次存在はだが──俺のような俗物を自らの化身として選んでしまうほどにいい加減な性格をしている。
ぶっちゃけ、善か悪かで言えば高確率で悪神だろう。
それなのに、恐らくこの神殿を作ったヤツらは善神として高次存在を奉った。
そんなの嬉しくない。
ありがた迷惑なプレゼントなんて、古今東西、迷惑なコトの方が多い。
見当違いな信仰を育ててしまったコトで、この土地の人々は、神の不興を知らず知らず買ってしまった。
ゆえの、
高次存在の代理として送り込まれた理由が、何とはなしに察せられた。
「……」
周囲に人気はない。
というか、冬だからか生き物の気配も感じられない。
静かで、しんしんと、ただ月の下で雪だけが降り積もる。
肌を撫でる風は恐らく、いや確実に冷たいのだろうが、神となったコトで、特段、震えるような寒さは感じない。
けれど、石室にいた人間たちは、よくもまぁこんな寒空の下であそこまでやって来たものだ。
高次存在曰く、彼女たちは何処ぞの小国から落ち延びてきた没落貴族だと云う。
国が戦争に破れ滅亡の運命を辿る中、なんとか敵国の目を掻い潜り、人里離れた異郷まで逃げ延びた。
この神殿を見つけたのは本当にただの偶然で、名も知らぬ神なれど、最期の願いを聞き届けてもらうにはちょうどいいとして、あんな蛮行に踏み切ったようだ。
──どうか、来世こそは我らに祝福を……
「笑えるな。アンタたちが最期に祈りを捧げたのは、とりあえず生贄さえ捧げとけば、テキトーに満足しちまう最悪な神だったってのに」
その上、死んだ魂がどうなるかなど、こちらはまったく関知していない。
高次存在なら知ってるのかもしれないが、そこまでの
第一、そもそもの俺自身、死という状態を経験したと言っていいものかどうか。
生きながらにこんな風に生まれ変わってしまったから、死後の世界が本当にあるのかも不明だ。ある意味ではココがそうとも捉えられるし。
だから、そんな俺に、来世の幸福を願われたところで、その祈りが届く可能性は限りなく低いだろう。
だいたい、俺はこの先、あの十人がこの世界で真に大切に想っていた何かを、無意識の内に踏みにじってしまう可能性だってある。
なにせ、こちとら『裏切り』が存在骨子になっているような下劣なバケモノだ。
良心や思い遣りなんかは基本的に削ぎ落とされていて、きっと数分もしたら彼女たちの顔も思い出せない。
そんなどうでもいいコトよりも、今は自分がどんな性能を持っているのか、そればかりに意識が傾く。
だから、自分でもこれから、どんな災いを振り撒くコトになるやら……恐ろしいような楽しみなような。
──それでも。
「せめてもの
アンタたちがいなければ、俺はこうして此処に、降り立っているコトも無かった」
人間をやめる切っ掛けも、神になった切っ掛けも、どちらも天秤にかければ比重は同じ。
失われてしまったモノ、奪われてしまったモノ。
それらに寂寥を覚えないワケではないが、代わりとして与えられたモノ、いま手に入れたモノによる高揚は、かつての自分では到底計り知れない。
なので、類稀な運命をプレゼントしてくれたあの十人に、神として最初の、
「────“
瞬間、骨の軋むようだった一面の銀世界に、度肝を抜くような『黄金』の神殿が創造される。
苔むした石柱、ひび割れた大理石、蔦の生えたアーチ。
それらは一斉に黄金へと作り変えられて、豪奢ながら荘厳さを纏った大神殿へと姿を変貌させた。
無論、鍍金などではない。
驚くべきことに、すべてが正真正銘の『金』でできている……
「──ハッ! 少なくとも、これで死出の旅路に不足はないだろ」
何にせよ、墓としては申し分ない。
俺はクルリと背を向け、足の沈む雪道へと歩き出した。
──触れたものを黄金に変える。
それは、古代ギリシャのミダス王が持ったとされた、通称ミダス・タッチにも似た強欲のチカラ。
神に願いを聞き届けられ、狂喜乱舞した愚かな王が、その先に待つ破滅に思いを馳せるコトもなく、嬉々として
しかしこれは、ミダス王のようなデメリットもなければ、その領分すらも超えている。
触れたものだけに留まらない。
空気中の塵や、目で見ただけのものをも金に変えられる。
無から黄金を生み出し、金貨や延べ棒といったカタチに自由に整形するコトも可能。
質量と形状に制限は無く、その気になれば、黄金の山を文字通り雲霞のごとく築き上げるのも不可能ではない。
ミダス王の完全上位互換。
まさに、神の御業。
黄金という概念。
それに連なる、ありとあらゆる事象が、今やこの掌の上に。
「──」
ためしに軽く、虚空から金貨を作ってピンと指で弾いてみる。
金貨は空中でクルクル回り、月の光を反射して、妖しく艶やかに輝いた。
なんて──美しい。
俺の神性は、これだけでも決まったようなものだった。
黄金の魔。
愚者の王。
俗物の神。
人間の欲望、富による堕落を司り、退廃と眩惑、裏切りによってのみ祝福を授ける邪神。
月光に濡れる金砂のごとき長髪を触手のようにくねらせ、見るものを惑わさずにはいられない黄金瞳、男女の垣根なく劣情を刺激するふしだらな肢体、豊満な女性美をこれでもかと湛えたカイブツ。
──その日、史上最も低俗な神が、密かに産声を上げた。
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