第111話 下等な生き物に答える必要はない
「だとしたらどうする?」
「知っていることをすべて話してもらう」
「断る。何があっても言わない」
「お前の意志など関係ない。脳に直接聞くのだからな」
口しかない顔からは、悪意しか感じない。何度も汚染獣を消滅させてきた俺ですら、薄らと恐怖を感じていた。
「…………お前は何者だ?」
「下等な生き物に答える必要はない」
時間を稼ごうとした会話は突如として終わってしまう。
人型の瘴気が腕を振るうと半円状の黒い瘴気が飛んできた。避ければ怯えて動けないリュウールに当たってしまうので、光属性を付与した槍で受け流そうとする。穂先に当たった瞬間、消滅した。
樹海の中でも光属性の魔力は効いている。
敵は強いが、戦いが成立しないほどじゃない。
光属性さえあれば勝てるかもしれないと、一瞬でも思ったのが悪かったのだろうか。半円状の黒い瘴気が次々と飛んできた。
槍に当てて消滅させても数が多すぎだ。次第に間に合わなくなって、体に一発あたってしまう。
「ぐっ……」
刃ではなかったので血は出なかったが、強い衝撃を受けて肺から空気が一気に出てしまう。さらに体に瘴気が侵入してきたので光属性の魔力で消滅させながら前を見ると、半円状の黒い瘴気が三つも俺に向かっていた。
避ける余裕なんてない。
二つを槍で、残りの一つは腕を犠牲にして当てると消滅させる。
攻撃を無理してやり過ごした代償は大きく、激しい痛みを感じて動かなくなってしまう。力は入らず片腕がだらりと降りた。
「ポルン! 私も戦う……っ!」
恐怖に打ち勝ったのか、リュウールが俺の前に立って迫り来る半円状の黒い瘴気を剣で防いでくれた。修行中とはいっても勇者候補になるほどの実力はあるため、光属性の扱いは上手い。しっかり消滅させている。
時間を稼いでくれている間に腕の状態を確認すると、瘴気によって皮膚が黒く変色していた。
常に光属性の魔力で体を守っているのに、強い浸食能力だ。
光属性の適性が平均的な勇者では瘴気に侵されて死ぬぞ。リュウールが危ない。
腕に侵食してきた瘴気を浄化すると、腕は戦闘の邪魔にならないぐらいには回復した。リュウールはもう耐えられそうにないので走って前に飛び出す。
「時間稼ぎ助かった! お前は魔法陣のほうを見てくれ!」
「一人で大丈夫!?」
「当然だっ!」
正直なところ厳しいのだが、勇者候補に情けない姿は見せられない。
半円状の黒い瘴気を避けながら敵の前に立ち、槍を横に振るって瘴気の体に当てたが、素通りしてしまった。手応えがない。実体を持ってないみたいだ。
腕を振り上げて殴りつけてきたので、柄で防ぐと重い衝撃がきて数歩後ろに下がる。
実体と非実体を自在に切り替えられるのか。それだけでも厄介なのだが、状況はもっと悪いかもしれない。思っていたよりも強くないのだ。
「お前、それが本体じゃないだろ」
「ほう。よく気づいたな。これは分体だ。いくらでも作り出せるぞ」
推測を口にしたら瘴気で作られた人型が新しく二匹増えた。
汚染獣のくせに器用なことをする。
「さらに、こんなこともできる」
力を見せびらかせたいようで、俺に向けて腕を前に出した。直感が働いてさらに後ろへさがると、先ほどまで立っていた場所に小さな結界が張られていた。内部は高濃度の瘴気で満ちていて、生物が中にいたら数秒と持たずに死んでしまいそうなほどの力を感じる。あれを魔法陣内に張られてしまったらマズイ。樹海からの脱出手段がなくなってしまう。
「よく気づいたな」
狙いを俺だけに絞ってもらうために興味をひく話題を考えなければならないのだが、汚染獣が好む内容なんて……ん? ああ、あった。一つあったな。
俺の予想が当たれば多少なりとも会話が続くはずだ。
「メルベルという名前に覚えがないか?」
名前を聞いた瞬間、人型の瘴気の動きが止まった。
「ほぅ、あいつを知っている人間か。聞かなければいけないことが増えたな」
やはり知り合いだったか。
あいつは相性の悪い汚染獣と戦って樹海から追い出されたと言っていたので、敵対者は結界の技術を持っていると思っていたのだ。
「お前の結界はそいつから聞いた。他にも色々と話してくれたぞ」
「ちっ、余計なことをする。やはり逃がすべきではなかったか……ッ!」
嘘を言ったら敵意はメルベルの方へ向いた。同族の裏切りに激しい怒りを感じているようで隙ができている。
一番近くにいる個体へ近づくと、槍を人型の瘴気の中で止めて光属性を放出する。一瞬にして浄化できた。
毒のように光属性の魔力を流し込むのではなく、存在を維持できないほどの量を空間全体に注ぎ込むことによって倒せるようだ。硬化している状態だと難しいが、霧状なら意外と楽に戦えそうである。
「油断していたとはいえ、下等生物が分体を消滅させるとはやるな」
僅かでも危険を感じたのか、ようやく自身の存在を脅かすかもしれない敵として認定したようだ。敵のまとっている空気が変わった。
残りの二匹は左右にわかれて俺を挟み込む。硬化したようで表面に僅かな光沢があった。
消滅させるには内部に槍を侵入させて、大量の光属性の魔力をいっきに放出しなければいけないのだが、できるだろうか……?
人型の瘴気が殴りかかってきたので避けながら槍を突き刺すが、表面で止まってしまい内部へ侵入できない。突破するにはトエーリエのようなバカ力が必要そうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます