第68話 我々の事情をすべて話してよろしいですか?
事前に話を通していたのか、誰にも止められることなくトエーリエに案内してもらって光教会の奥にある個室へ入った。
テーブルと椅子しかない簡素な場所だ。四方は石の壁で囲まれていて魔方陣が描かれていて、透視、盗聴を防ぐ効果がある。
窓すらなく、テーブルに置かれた蝋燭が唯一の明かりだ。
気温はやや寒く淀んでいて居心地はあまりよくないが、秘密の話をするには適切な場所だった。
「特別な伝手があるんですね」
壁に書かれた魔方陣を触りながら、アイラは感心しているようだ。
貸して欲しいといってすぐに使える場所ではないので、この反応は当然だろう。
「ええ。幸運にも素晴らしいお方と縁を結べました。一生の宝物です」
自慢げな声で言ってから、トエーリエは一瞬だけ俺を見た。
バレるだろ! 正体を隠していることは知ってるんだから協力してくれ!
「今度、ご紹介してもらえませんか?」
「複雑な事情をお持ちの方なので私の一存では決められません」
「では打診だけでも……」
「それよりも私がアイラさんのことを知ることの方が先ですね。出会ったばかりの人を紹介できるほど軽いお方ではありませんので」
本人が目の前に居るのに、すごく背中がむずがゆくなる会話だ。
恥ずかしくて部屋から逃げ出したくなる。
早く話題を変えなければ。
「本題からずれてますよ。時間は限られているのですから早めに話し合いましょう」
椅子に座って二人を見る。
ちゃんとメッセージが伝わったようで彼女たちも腰を下ろした。
「トエーリエに我々の事情をすべて話してよろしいですか?」
「ポルンさんが信じている方であれば」
許可は下りた。これで包み隠さず言える。
「俺の隣にいる女性はアイラ・ヴォルデンク。ここの領主の娘だ」
「たしかご病気で倒れていたのでは?」
「それは当主が流した噂だ。真実ではない。バドロフ子爵の手下に誘拐されてた所を俺が助け、ここにいる」
「また襲われるかもしれないんですね」
「その通りだ。バドロフ子爵は諦めていない。ヴォルデンク男爵が倒れた今、アイラ様か領地を狙って動き出すだろう」
「まってください。倒れたんですか? 男爵が?」
さすがに毒で倒れたことまでは把握してなかったようだ。
頭を抱えながら驚いている。
「俺たちの目の前でな。バドロフ子爵が使用人を買収して毒を入れたと思っている」
「それは確かですか?」
「実行犯であるメイドは、金をもらってやったと言っているだけだ。バドロフ子爵が犯人と裏付ける証拠はない」
「なるほど……状況はわかりました。狙いは、ルビー鉱山の利権ですか?」
下調べはしっかりやってきたらしい。領地の事情はしっかりと把握している。
「だろうな。そのためにアイラ様と強引に婚姻するか、もしくは奪い取ろうとするか……このどちらかだろう」
一通り話を聞くとトエーリエは黙り込んだ。
目は開いているが何も見ていないような。焦点が合ってない感じで、深く考え込んでいる。
たいして時間はかからず結論を出したようだ。
「具体的な計画まではわかりませんが、バドロフ子爵はルビー鉱山の乗っ取りを計画していますね。婚姻の方ではありません」
「どうしてそう思う?」
「婚姻を狙うのであれば、寄親の力を使って断れないように根回しするのが王道です。誘拐という手段をとった時点で敵対すると言っているようなもので、強引に進めようとする意思を感じます。男爵を毒殺しようとしたことも、この考えを裏付ける行動かと」
「誘拐を実行した手下どもは、傷つけないようにと命令されていたようだ。これはどう考える?」
「人質としての価値を下げたくなかっただけでしょう。手元に置いて男爵が交渉を断るようであれば指の一本でも斬り落として送りつけるつもりだったと思いますよ」
言っていることは妥当だが、内容が酷いな。
貴族社会だとそういった脅しは当たり前なのだろうが、アイラは慣れていないようで顔色が少し悪くなったように見える。
そっと手を乗せて安心させると、トエーリエの眉がぴくりと動いたように感じた。
「すると、次の一手がきになるな」
「いくつか考えられるので準備しましょう。信用できる私兵、もしくは使用人はいますか?」
答えに詰まってしまった。
言ってしまえばヴォルデンク家の恥にもなるので、俺の口からは伝えられない。アイラを見る。小さくうなずいてくれた。
「ポルンさんだけです。他は一切信用できません」
「思っていた以上に酷い状況のようですね」
「だからトエーリエやベラトリックス、ヴァリィにも協力してもらいたい。二人はどうしている?」
「彼女たちは、もうすぐ来ます」
「彼女……?」
残りの仲間も女性だと気づいたアイラが俺を見た。
なんだか不安そうにしている。
「トエーリエと同じく信頼できる相手です。強力な魔法を使うベラトリックス、剣術ではトップレベルのヴァリィ、この二人が加わればどんな困難も打ち勝てるでしょう」
人間不信の状態になっているのだから、安心させるために二人をアピールした。
これがよかったのだろう。表情は柔らかくなった気がする。女心の機微を感じ取れる男として、良い仕事をした。
「そいうことじゃなく……いえ、それがポルンさんですよね。安心しました。新しいお二人も信じます」
「その期待、裏切りませんから。お約束します」
元勇者パーティとアイラがいれば、バドロフ子爵の策略は乗り越えられるはず。そう確信していた。
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