三十一話 消えたふたりと、現れた女

 目に見えて分かるように貼られた規制のテープ。

 明らかに他とは一線を画したそのコテージにたどり着いた和は、人気がないことに舌打ちした。


「――っ、クソ……!」


 ふたりはすでに中へ入ってしまったと察し、すぐにドアを開けようとしたところで、止まる。


「……開かない?」


 馬鹿な、と思う。

 自分に命令して駐車場に留めたのも、許可を出したのも、祭だ。

 それならば、なぜ鍵を閉めておく必要がある。

 いくらあの男が悪ふざけを好むとしても、ここまで無駄なことに労力を割くとは思えないが……。

 焦りとも苛立ちともつかない感情のまま、和は忙しなく周囲を見回し、ふと足下で光るものに気がついた。

 屈んで拾い上げたそれは、丸い輪っかにいくつか鍵を通した束だった。


「……」


 和は、適当に一つを鍵穴に差し込む。カチャリと施錠が解除される音がしたことに、和は喜ぶよりも違和感を覚える。


(……これはコテージの鍵束だろ。いくら適当なおっさんだとしても、大事な借り物を落としていくか? 始末書沙汰だぞ。……それとも……わざと落としていったのか?)


 考えられないわけではない。

 和が後から追いかけてくることを知っているのだから、和に拾わせるためと思えばおかしくはない――問題は、なぜ後から来た和が鍵を拾って解錠しなければいけない事態になったのか、だ。


 目を眇め、和はドアをにらんだ。静かすぎるのは、防音がしっかりしているからか。それとも……。


 ドアを開け、中に踏み込む。

 それだけで、静かすぎる理由に気がついた。


 そのコテージには、誰もいなかった。


「おい、ふたりとも!」


 呼びかけるが当然返事などあるわけもない。自分の声だけしか聞こえない状況に、和は眉をひそめて唇を噛んだ。


「いないのか?」


 それでもずんずんと奥へと進み、やがて問題の寝室へとたどり着く。

 ばんっと些か乱暴にドアを開けた和は、やはり無人であることを確認するとため息を吐いた。


「……まさか……祭がドジ踏んだのか?」

   

 ありえないと胸中で否定したが、ふたりとも姿が見えないとなれば、この地にいるナニカに連れて行かれたと判断するしかない。


「あぁ、もう、クソッ! 雲野まで連れてるのに、なにやってんだよ!」


 苛々と髪をかき乱し悪態をつく和だったが、すぐに部屋の調査を始める。

 探すのは、痕跡だ。普通は見つけられない、異常を示す痕跡。

 どんなものでもいい、自分の感覚が違和感を覚えるところはないかと目をこらしていた和の視線が、ふとドアの前で止まった。


 女がいた。


 若い女だ。月乃と同じくらいに見えるが、その佇まいはやけに落ち着いていて年齢をあやふやにさせる。


「……ここは、立ち入り禁止だぞ」


 知らず、押し殺した低い声が出る。

 普通ならば怯えられるだろう状況だった。

 しかし、こんなところに物音一つ立てず入り込んでくる相手だ。さすがに肝が据わっているようで和のにらみつけるような険しい視線を真っ正面から受け止めた侵入者は、ゆったりとした仕草で小首を傾げると微笑んだ。


「まぁ、お互い様ではありませんこと? ねぇ……特案調査対策局の局員さん?」


 育ちの良さと浮き世離れした感がうかがえるおっとりとした口調で、自身の身分を看破された和は、険しい表情のまま思い当たる人物名を口にした。

 

「お前……お嬢さん、か」


 すると、女はくすぐったそうに笑い声を零した。

 

「ふふ、貴方のようなお若いかたにそう呼ばれると、なんだかくすぐったい気持ちになりますわ。――千依里……波田はた 千依里ちよりと申します。どうぞ、千依里とお呼びくださいませ」


 変な女だ。

 この状況で、おっとりと笑って聞いてもいない自己紹介なんぞをしている。

 どことなく、祭と似たタイプに思えた。

 のらりくらりと昼行灯を装いながら……その実、自分の思うがままに物事を運んでいく、あの男と。


「それで、局員さんのお名前は?」

「……日根」

「日根さんとおっしゃるのね。……今日はよく来て下さいましたわ。集落の者から、畑の帰りにお姿を見たと聞いて、駆けつけてきましたの」


 でも、と千依里は白くほっそりとした人差し指を唇のすぐ下にあてて、考えるような素振りをとった。


「ほかのお二方は、もうミハギ様に食われてしまいましたのね――ご挨拶できなくて、残念だわ」


 ほぅっと悲しげにため息をつく千依里に、和はなにも言わなかった。

 それが意外だったのか、千依里は悲しげな表情を苦笑に変える。


「……日根さんは、無口でいらっしゃるのね。それとも、言葉もでないほどに憤っているのかしら?」

「それは、自分の言動が暗に俺をおちょくっていたって認めるのか」

「まぁ! ――ふふ、嫌だわ。見透かされるなんて。ごめんなさいね? でも、食べられたのは本当だから」

「無駄話はしない。――仕掛けたのはお前か」


 和の簡潔な問いに、千依里は目を見張る。それから、またゆるゆると笑みを浮かべ小首を傾げた。


「なぜそう思われるの?」

「お嬢さんは、集落においては儀式的な要素を持った存在らしいからな。通報者が、仕組んだとなれば大問題だ。だから、もう一度聞く。お前が、やったのか」

「――いいえ」


 笑みを消した千依里は、和の視線に怯むことなく真剣な面持ちでそう答えた。 

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