十四話 少しは強くなれたかな
意図せず見惚れてしまい呆けた月乃をよそに、祭はまだ叫び続けるものに近づくと顔をしかめた。
「うるさっ!」
「さっさと石にしろ、おっさん」
「はいはい。……あのねぇ、たしかに月乃ちゃんは、見た目はちょーっとふわふわしてて流されやすそうなお人好しだけどねぇ、実際はおじさんに張り手かますくらい気骨があるし……そんな表面上の情報だけで演じた雲野 月乃なんて、やっぱりペラッペラすぎてパチモンくさいよ?」
言って、祭はぴんっと手にしていた小粒の石を弾いた。
それは真っ直ぐ、和が抑えたものに向かい、そのまま汚泥と化したものの中へ取り込まれる。
「人って、変化する生き物なんだ。アップデートは不可避でしょ。これでひとつ賢くなったねぇ? ……次はないけどな」
かろうじて形のあったものが一気に崩れ――そのままアスファルトに流れるかと思いきやジュワッと音を立てて蒸発する。
小さな粒がころころと転がり、祭の靴の先で止まった。祭はそれを拾い上げると小瓶にいれる。
「お仕事、しゅうりょ~う! お疲れ~!」
パンと手を叩いた祭の明るい声が響き、月乃はその場にへなへなと座り込みそうになった。それを支えたのは、和だった。
「……大丈夫か?」
「あ、ありがとう、和くん……」
「……礼はいいよ。ほら、これ着てろ」
和は上着を脱いで月乃の肩にばさりとかけた。
「え、いいよ悪いし……」
「……お前、自分が雨でびしょ濡れになったって分かってるか?」
「…………ぁ」
指摘された月乃は、顔を赤くし慌てて和が着せてくれた上着の襟元を引き寄せる。
それでいいと言いたげに和は頷いた。
――気がつけば、雨はもう止んでいる。
「それじゃあ、そろそろ外にでようか」
祭の声に月乃はミコを見た。
ミコは座りのポーズをとり、月乃の無事と成長を喜んでいるかのように嬉しそうに尻尾をパタパタしている。その表情だって、笑っている。
離れたくないけれど、離れないといけない。
(ぁ、そっか……)
どうしてミコに、ずっと心配をかけていたか、分かった。
ミコが死んだ時、月乃はどうしても受け入れられなかったのだ。
当時、学校で友だちと上手くいかなくて、人間関係で悩んでいた月乃のより所はミコだった。
だから、死なないでとずっと泣いて、ミコを休ませてやれなかった。見送ってあげられなかった。優しいミコは、そんな頼りない妹分を放って置けなかったのだ。
「ミコ、見てた? わたし、強くなれたよ」
肯定するようにミコがわんと鳴く。
「だから、もう、心配、ないからね?」
分かっているというように、ミコがすり寄ってくる。
笑わないといけない。いちばんの笑顔を見せないと――そう思うのに、涙が出てきた。
「ミコ、ありがとう――大好きだよ」
わたしも。
そんな返事が聞こえた気がして……。
「閉じるぞ」
辺りが真っ白になった。
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