第50話 埋められない気持ち

朝なのだろうか。

外からスズメの鳴き声が聞こえてくる。


会社に行かないと行けなかったのに

今日も行けなかったなぁと腕を額の上に乗せた。


同僚の田中は仕事がたまって

怒ってないかなと心配する。


電話応対もスタッフが少ないと

全部田中に集中する。あとでお礼しないといけないなと頭をよぎらせる。


台所の方からいい匂いがしてくる。


数時間も食事をとっていない。

そろそろお腹すいてきたようだ。

体はフラフラでもお腹は空くのかなと自分の体を疑った。

毛布を体にくるませて、リビングに向かった。


「あ、あれ、先輩どうしたんですか?」


「どうしたって、熱あるのに

起き上がって大丈夫なのか?」


 台所に立っていた翔太が星矢の額を触って

 確かめるが、湯気が出そうなくらいの

 熱さだった。


「まだ熱いぞ。横にならなくていいのか?」


「え、まぁ、その…。」


ぎゅるぅううぅうーっと星矢のお腹が

鳴っていた。



「す、すいません、恥ずかしい音が…。」


星矢はお腹をおさえて、寝室に戻ろうとする。


「そういうことか。

待ってろ、今、そっちに持って行くから。

ゆっくり寝てろって。」


「……。」


 後ろ髪引かれるように星矢は大人しく寝室に戻る。本当は、翔太の近くにいたかったが、フラフラな熱は治りにくくなるだろうとベッドでまた横になった。


ふとんは裏切らない。温かい。

枕もふかふかで優しい。

もうずっとここにいたい。


数分経って、翔太はトレイに1人用土鍋とれんげを乗せてやってきた。

1人でいるときは絶対使わないトレイだ。


「あ、すごい、いい匂い。」


「野菜細かく刻んでいるから食べやすいと思う。

お粥作ってみた。

味足りない時しょうゆとか入れて。」


 翔太が作ったお粥は青物野菜を小刻みにしたものを入れて卵を溶いて入れていた。

本格的に作っている。

味つけはあわてていたのか薄味だった。

星矢はしょうゆを足して調整した。


「お、美味しいです。

いつも風邪ひくと

何も食べられないんですけど、

上げ膳据え膳で用意してくれるのは

本当嬉しいですね。」


 発熱で頬を赤くさせながら、ニコッとはにかんだ星矢の顔が天使のようだった。翔太は素直に嬉しかった。

採れたて野菜も活かされて満足だ。

いつも以上に早朝出勤で

イライラでストレスだったが、

星矢の顔を見てそんなことどうでも良くなった。


「星矢、ありがとな。」


 翔太がお礼を言っている。

 なんでそんなこと言うんだろうと

 首をかしげながら星矢はパクパクと

 レンゲを使って、お粥を食べた。


 お腹いっぱいに満たされて、横になった。


 不意に額に冷やすシートを貼り替えられた。

 冷たかった。


「まだ下がってないからな。

しっかり休んで治すんだぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


ふとんで顔を隠した。

翔太は完食した食器を持って台所に行った。


その後ろ姿がなぜか寂しかった。

欲しがりになっている星矢は、

風邪ひいてるのに気持ちは元気だなと

自分にツッコミを入れる。


「どうかしたか?」


「いえ、なんでもないです。」


「お、おう。そうか。んじゃ、おやすみ。」


パタンと寝室のドアが閉まった。

静かになってさらに寂しくなった。


早く体を治さないとと目をつぶった。


翔太もドアを閉めて、残念がった。

星矢が元気だったらなぁとため息をつく。



一緒にいても埋められない

何かがお互いにあった。




お昼のチャイムが鳴った。



小さな音でテレビをつけて

時間が過ぎるのを待つ翔太だった。




外では飛行機が東の空に飛んでいた。

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