第24話 想定外

 アイスを食べた直後だからだろうか。渚の唇は、前回キスした時よりも少しだけ湿っていた。

 唇が離れた瞬間、渚がいたずらっぽく笑う。


「また、しちゃったね」

「……うん」

「じゃあまた明日ね、桃華」


 そう言うと、渚は駆け足で去ってしまった。いつもなら、まだ分かれる場所じゃないのに。

 きっと、渚も動揺しているのだろう。幼馴染だから、それくらいのことは分かる。


 なんで渚、キスできるかなんて聞いたの?

 なんで、女の子に興奮するかなんて聞いたの?


 未だに状況を上手く整理できない。渚はどう思っているのだろう。


「……渚は、女の子に興奮するの?」


 胸を触らせ、キスをねだり、渚は自分が何をしているか自覚しているのだろうか。

 それともこれも、親友としての独占欲の延長線上にある行為のつもりなのだろうか?


 渚が分からない。私は、渚のことをよく知っているはずなのに。それなのに、こんな渚のことは知らない。





 なんとか家に帰りついた私は、すぐにシャワーを浴びた。頭が回らず、何も考えられそうになかったからだ。

 風呂場から出て、パジャマでベッドに飛び込む。目を閉じればすぐ、先程のできごとを思い出してしまう。


 明日、どんな顔で渚に会えばいいの?


 今度こそ、渚を自分のものにする。友達じゃなくて、渚の恋人になる。

 そう決めた人生だ。でも、こんな風に進むとは思っていなかった。


 渚を嫉妬させ、私への好意を自覚させる。そしてそれを恋愛的なものだと認識させ、付き合う。

 キスやそれ以上のことは、その後だと思っていた。


 私、ずっと渚のことが好きだから、恋愛経験なんてゼロだし……。


 こんな状況は想定していなかったから、困ってしまう。


 雰囲気に任せてもっと渚に触れれば、私は渚の恋人になれる?

 それとも、こんな風に曖昧なまま、これ以上進めてしまうのはまずい?


 はあ、と溜息を吐いて枕に顔をうずめる。


 渚の頭の中を覗けたらいいのに。


「でも、少なくとも、渚は私とキスができて、少しの接触なら嫌がってないってことよね」


 渚の本心は分からないが、その点に関しては安心していいはずだ。


 ぴこっ、とスマホが鳴った。慌てて確認すると、渚からのメッセージが届いている。


『英語の課題って、何ページだったっけ?』


 それだけだ。今日のことにはいっさい触れられていない。


 こんなに気にしてるの、私だけってこと?


 渚はどう思ってるの? とすぐに聞いてしまいたい。でも、どうすればいいのかが分からない。


「はあ……」


 23ページから27ページ、と渚に返事を送る。すぐに、ありがとう、と返ってきた。


 私も課題しなきゃ。


 教材を広げ、シャーペンを握る。硬いシャーペンを握っているのに、思い出すのは渚のことばかりだ。


 渚の胸、柔らかかったな。


 集中なんて、できるわけない。

 もう一度溜息を吐いて、私は机に突っ伏した。

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