らな先生の診察室
らな
第1話 浅井さん
N県S市はN県の県庁所在地N市に隣接するベッドタウンだ。N市は日本でも有数の大都市だが、S市はかつての繁栄から衰退の一途で人口も微減傾向の町だった。
らなの働くひまわり眼科医院はそんなS市の中ではまあまあ大きめの駅の駅前にあった。
年配の理事長が経営するその医院で、らなは午前中の診療を任されていた。
ここで働き出して、今年で10年目になる。
「浅井和江さーん。おはようございます。」
診療助手の陽子が一人目の患者さんを診察室に呼び入れた。
「浅井さん、おはようございます。お変わりはありませんか?」
らなの言葉に浅井さんは頷いた。
「ええ、おかげさまで順調です。」
浅井さんは86歳のおばあちゃんだ。右目の目の奥の血管が詰まる病気と両目の緑内障という病気があり長い間治療に通っているのだ。
「そうですね。視力もお変わりないですし、眼圧も上がってませんね。」
らなは診察室に入る前に済ませた検査の値をチェックしながらそう言った。
長年通院してもらってるので、お互い和やかな雰囲気で会話が続いた。
「先生。今日この後にね、みっちゃんと麻布商店街の小料理屋にご飯に行く予定なの。」
みっちゃんというのは福田美代さんといって浅井さんの中学の同級生である。
らなが生まれる前から友達同士ということになる。
麻布商店街は眼科の近くの寂れた商店街だ。
福田さんもひまわり眼科の患者さんで、お互いを”かずちゃん”と”みっちゃん”と呼び合っている。この年になって仲の良い同級生と集まれるなんて素敵だなといつも思っている。
「それはいいですねえ。福田さんにもよろしくお伝えください。」
「でもね、本当は同級生6人で集まる予定だったのに、みんな腰が痛いとか足が痛いとか言って結局二人しか集まらなかったの。年を取るって嫌ですね。」
浅井さんは足腰もしっかりされていて、服装もいつもおしゃれだ。
「そうですね。」
返答に困る内容に苦笑しながら相槌を打った。
この年で同級生が6人も連絡取れるなんて、ある意味すごいわね。
内心そんなことを思いながら診察を進めた。
「所見もお変わりないので、いつもの点眼薬をお出ししておきますね。お変わりなかったらまた3か月後に診せてくださいね。」
「はい。ありがとうございました。」
浅井さんは、駅前の百貨店で時間をつぶしてから福田さんと会うと言い残して診察室を出て行った。
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