○つ目のイベント

 その日彼は彼女聖女の為に、ひいては自分の為に研究をしていた。


 彼の名前はロンジェヴィテ。略してロン。


 彼は魔導具、ひいては魔法の研究を齢12の頃から始め、今は17歳となり今なおも続いていた。


 彼にとって研究者は天職だったのか幼い頃から幾つもの功績を挙げていた。そんな彼だが近頃大変息詰まっていた。


 周りの圧からくる焦りからか、はたまた自分は此処で終わるわけにはいかないという思いからか。ここのところ失敗続きで彼の不安感が膨れ上がっていた。


 頭の隅では解っている。失敗する事は今までだって何度となくあった。当然その中の成功は少なく、それこそが研究なのだと。


 しかし彼は焦っていた。幾度となく乗り越えてきた失敗だったが今回は訳が違うと。


”魔力暴走”


 それは魔力量の多い者や魔力を操る事が不得意な者が起こす現象だ。時には病にかかると暴走するらしいが、極少数だ。


 彼は最近よく”魔力暴走”を起こしていた。昔からよく”魔力暴走”していたが、最近は顕著だ。


 別に操ることが不得意な訳ではない。むしろ人と比べるならば魔力量が多いため巧い方だと言えよう。しかし自分の力を操る事が出来ないならば意味は無い。


 ”魔力暴走”を起こす度に魔力を使い切る為、また魔力が増え、そして操れない魔力が暴走し”魔力暴走”を起こすという悪循環に入っていた。


 そのため”魔力暴走”に時間を取られるばかりで研究に時間を割くことができないでいた。


 そして今、貴重な研究時間中に”魔力暴走”が起きそうになり耐えていた。


(まさか空を飛ぶ研究をしている最中に”魔力暴走”を起こすとは情けない、、、人が落ちても死なない程度の高さで試していて良かった。しかしどうするか、、、ここは人が通る事が少ない、まぁだからこそ選んだのだが。人が通るのを待つ、、、?いや通る可能性は低い。その間に”魔力暴走”が始まる、、、)


 彼は取りあえず精神を落ち着けるために自身の好きな魔導書の文を思い起こし、ブツブツ呟いていた。それと並行してこれからどうするか考えていると足音が聞こえてきた。


 虚ろな目で音のした方を見ると2人駆けて来るのが見えた。


 一人はよく知る教師だが片方は見覚えの無い生徒だった。


 顔立ちは世間一般で悪くないと思うが、いやむしろいい方だろうが糸目が印象的過ぎてついそちらに目が行ってしまう。


 ロンが教師に向かってしゃがんだままひらりと手を振ると、教師は呆れた様に溜め息を吐きながら私の制服(白衣)の襟首をむんずと掴み持ち上げた。


 その様は端から見ればまさに借りてきた猫のようだっただろう。


 教師と共にやってきた生徒は、目こそ開いている様に見えないがキョトンとしているようだ。雰囲気がまさにそうだったのだ。


 見覚えの無い顔とネクタイの色が違う事からして恐らく高等部1年だろう。ロンは糸目の彼に声を掛けた。教師に襟首を掴まれたまま。


「そこの君、そう君だ。名前を聞いても?」


 その生徒は自分の事かと指を指し、姿勢を正して名乗った。


「俺はプレジールといいます」

「そうか。私はロンジェヴィテ。ロンと呼べ」

「は、はぁ分かりました。ではロン先輩とお呼びしても?」

「構わない」


 つい命令口調になってしまったが名前が長いためあだ名で呼べという意味だ。

 生徒は困惑気味にだがハッキリと返事をして了承した。


「君が呼んでくれてたんだな。助かった。礼を言う」


 未だ襟首を掴まれたまま顔だけ生徒に向けて礼を言った。


「いえ、正直不審者なのか生徒なのか分からなかったので先生を呼んだだけですので」


不審者、、、


「そうか、、、だがいつか借りは返そう。そうだな、、、好きな食べ物はあるか」

「焼き鳥です」


 やけに食い気味に答えるな、、、。私を持ち上げている教師も思わず笑っているぞ。珍しい、、、この教師の笑うとこなどこれまで見たことがないぞ。(余り関わっていなかっただけ)


「いつか奢ろう」

「本当ですか?」

「ああ」

「では楽しみにしています」


 生徒は糸目を更に細めてニコリと笑った。その笑顔はまさに優等生という名に恥じぬ笑顔であった。そうして生徒と一言二言話し、生徒は教室へ向かった。


 ロンの”魔力暴走”がいい加減始まりそうだったからだ。


 生徒は去り際、組を言って去っていった為、私が組を忘れない限りは恩を返しに行けるだろう。

 組を忘れないように呟き、反場引きずられる形で”魔力暴走”を抑えに行った。


「時に教師よ、もっとマシな運び方は無いのかね」

「君がいい加減私の名前を覚えたらね」

「チッ」

「本人の前で舌打ちは良くないよ」


 教師と揉めながら。


 このときの私は知る由も無いが、先ほど会ったばかりの生徒、プレジールーージルをきっかけに”魔力暴走”が治まるとは思ってもいなかった。



 これは本来の物語とは違う方向に進み始めた物語。

 今後どんな未来になるかはシナリオを知る人物にも予測は出来ないだろう。


 これからの展開が楽しみだ。


 誰かがそんな事を呟いた。


□ □ □


魔力暴走:自身の魔力を操りきれなくなり、暴走する現象。魔力暴走状態になると自身の使える魔法を種類問わず発動しまくる。自分で操る事の出来ない剣を振り回すようなものである。その際術者は意識を失う事が多い。意識があるならばよっぽど意志の強い者だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る