第53話 友達を作ろう(前編)

 昼休み。


 鬼追は弁当箱を片手に、足早に教室を出た。行き先は規律秩序委員会室。


 ドアを叩けば、「ほほーい」という間延びした声が返ってきた。


 鬼追は扉を開け、頭から先に入る。中にいたのは金髪のおかっぱ、瑞稀。


「うすっす!」


 ディスプレイから顔を上げて、瑞稀は手をヒラヒラと振る。


(うすっす…?)鬼追は一瞬躊躇したが、このまま教室に帰るよりかはと勇気を出して部屋の中に入った。


「あの、昨日いた人って…?」

「誰っすか? あかまっち? モミモミ? まっつん?」


「あ、あかまっち。揉み揉み…?」

「委員会があるのは原則放課後っすよ。常いるのは瑞稀だけっす」


「あっ、そうですか…」


 鬼追は弁当を両手に俯いた。(別に、1人でも平気だし)少女は思う。


「キキちゃん」椅子から立ち上がりつつ、瑞稀は言った。


「何がいいっすか? 緑茶、紅茶、ハーブティー、コーヒー」


「えっ、あがっ…」鬼追は慌てて答える。


「は、ハーブティーで」


 応接用のソファに座って弁当を食べながら、鬼追は瑞稀を観察した。


 専用の机の上には3つのディスプレイがあって、それを交互に見遣りつつ、小柄な金髪の少女はキーボードを叩いていた。


「あ、あの…」恐る恐る、鬼追は瑞稀に声を掛ける。


「キキちゃんって、なんですか?」

「鬼追ちゃんのあだ名っす。名前の最初と最後がKなんで。嫌だったっす?」


「や、別に」

「じゃあキキちゃんで。よろしくっすね」


「あ、てか。先輩の名前って」

「そうだそうだ、瑞稀は泊っす」


「へえ。よろしくお願いします」

「キキちゃんってぼっちっすか?」


「あががっ…!」

「分かりやす過ぎっしょ」


「し、信じられないです。デリカシーなさすぎませんか? そういう泊先輩こそ、ぼっちなんじゃないんですか?」

「ぼっちっすよ。ほぼ」


「えっ…」

「このバカ広い学園の中で、瑞稀の居場所はここだけっす。だから、居場所をくれたモミモミとまっつんには感謝してっす。あと、笑わせてくれる赤間っちにも」


「そう、なんですか」

「瑞稀で良かったら四六時中いるんで、いつでも遊びに来ていいっすよ」


「あ、ありがとうございます」

「こんなコミュ障インキャの瑞稀でも友達が出来たんだから、可愛いキキちゃんならその倍は出来っすよ」


「可愛くなんかないですよ! 適当なこと言わないでください!」

「キャラいいっすねー」


 鬼追は口を尖らせてそっぽを向いた。瑞稀は気にせず、ディスプレイに向かって何かの作業をしている。


 カタカタというキーボードの音以外静かな室内が、いつの間にか鬼追にとって、安心の出来る空間になって来た。


「わ、私だって」独り言のように、鬼追は呟いた。


「貰えるなら欲しいですよ」


「何がっすか?」作業を続けながら、瑞稀が答える。


「友達です」

「出来る出来る!」


「出来ないです。その、高校デビューってやつに失敗したから」

「大丈夫っすよ。恒例の宿泊レクリエーションがまだじゃないっすか」


「こんな性格じゃ無理ですよ。行くのも億劫だし。どうせ望みがないなら、サボろうかなって思ってます」

「だったら、瑞稀達がお手伝いすっすよ。キキちゃんに同じクラスの友達が出来るように」


「無理ですよ。絶対無理。誰の手助けをされたって、私が全部台無しにするんです。火を見るより明らかですよ」


「心外っす!」


 瑞稀はディスプレイから顔を上げると、鬼追を見据えながら言った。


「規律秩序委員会に、不可能なことなんてないんす!」


  ◇


 放課後の規律秩序委員会室で、奈緒は呆れたように言った。


「鬼追。お前めっちゃ来るやん」


「来ちゃダメなんですか?」怒ったように、鬼追は答える。


「個人の自由ですよね? 私のことが嫌いなら嫌いって、正直に言ってください。2度と来ないんで」

「2度と来るなって言ったら、お前泣くんやろ?」


「見損ないました!」

「ちょっとからかっただけや。お前のことは全然嫌いじゃないし、いつでも来てええで」


「メールで瑞稀から話は聞いたわ」と和歌。


「鬼追さん。宿泊レクリエーションで友達が出来るか、心配なのね」


「別に」鬼追は答える。


「心配とかじゃないです。ただ、行っても意味がないかなって思うだけで。時間の無駄ですよ」

「行ったら楽しいと思うわ。クラスメイトと球技をして、晩御飯を食べて、お風呂に入って、一緒の部屋で寝るの。合宿みたいじゃない?」


「人類の全員が全員、そういうのが好きじゃないと思いますけど? あ、あと。それに…」

「それに?」


「と、友達だったら、先輩方がもういるし…」


 規律秩序委員会の面々は、互いに顔を見合わせた。「ほんといいキャラしてるっす」は瑞稀。


「確かに、私達は友達だけど」紫陽里が口を開く。


「残念ながら、鬼追さんとは学年が違うからね。こうやって放課後に会う分は良いけれど、他の時間が退屈なんじゃないかな? 同じクラスか、せめて同学年に1人は友達がいないと」


「無理ですよ。先輩達は特別だし。普通の人だったら、私の喋り方とか性格とか、絶対受け付けないと思います」


(ん?)奈緒は思う。(遠回しにディスられてへんか?)


「私達だって普通の人よ」と和歌。


「嬉しいことがあればはしゃぐし、悲しいことがあれば俯く。苦手な人間のタイプだっていれば、大好きなタイプだっている。全てのタイプを愛そうと努力はしているけれど。私達が幸運だったのは、きっかけがあったこと。鬼追さんが、すごく良い人だってことを知れたきっかけね。だからそのきっかけさえあれば、鬼追さんにも沢山の友達が出来るのよ」


 不満そうに相手が黙っているので、和歌は続ける。


「宿泊レクリエーションはすごく良いきっかけになると思う。でも鬼追さんが言った通り、向き不向きがあるのも事実。だから、私達が手伝ってあげる。鬼追さんに、友達が出来るように」


「なんだか」ようやく、鬼追は口を開いた。


「下に見られてるみたいで嫌なんですけど」

「見てないわ。でも、そう思わせてしまったならごめんなさい。私達はただ、貴方の手助けがしたいだけ」


「別に、頼んでません」

「そうね。もし鬼追さんが嫌なら、私達は手を引く。でも鬼追さん、私達みたいなの友達が、他にも欲しいと思わない?」


 鬼追はまた黙った。和歌は微笑んだまま、無言で相手を待つ。


「好きにすればいいんじゃないですか?」生意気な少女は言った。


「でも、散々な結果になっても知りませんよ。どんなアシストがあっても、最後の最後で全部私が台無しにするんですから」


「決まりね!」和歌は委員達を振り返る。


「それじゃあ宿泊レクリエーションに合わせて、私達も学校に泊まり込みよ。各自準備をしておくように」


「それはええけど、レクリエーションっていつなん?」と奈緒。


「明日」

「ちょっと急すぎへん…?」


「合宿! また映画観るっすよね!」は瑞稀。

「ベルさんにお弁当を頼めるかな」は紫陽里。


 賑やかな委員達を見て、鬼追が言った。


「あの、ちょっといいですか?」


「なんや?」と奈緒。


「あの、どうでもいいんですけど、まだ泊先輩以外の名前を聞いてなくて。誰が赤間っちで、誰が揉み揉みで、誰がまっつんなんですか?」


「あれ? 言ってへんかったっけ?」

「はい」


「ごめんごめん。こっちのサイコが籾木や。籾木和歌」


「よろしくね」と和歌。

「籾木、籾木…。ああ、揉み揉み」


「んでこっちのデカいのが松永。松永紫陽里」


「よろしく。可愛いね」と紫陽里。

「松永…。あっ、まっつんだ」


「最後に、ウチが赤間や。赤間奈緒。改めて、よろしくな」

「赤間、赤間っち」


「そうそう」


「赤間、赤間奈緒。赤間、赤間、赤間。奈緒…」噛み締めるように、鬼追は何度も口の中で呟く。


「あの。そんなに連呼されると恥ずいんやけど」

「な、なんですか? 人の勝手じゃないですか? 聞き耳立てないでくれます?」


「そういや、貸したハンカチってまだ持ってるん?」

「えっ! あっ、いや、その。ハンカチは…。洗濯機が壊れてて、まだ、洗えてません。あの、あんまり急かさないでもらえますか?」


「いや、急かしてる訳やないんやけどさ。もうなんやったら、返さんでもええかなって思って」

「い、いいんですか? じゃなくて、なんですか? 私、ゴミ箱扱いですか?」


「そう言われるとしんどいんやけど…。なんか、もうええかなって思って。鬼追もさ、自分の鼻血がついたハンカチを他人に返すのって、気ぃ悪いかなって思ってんけど」

「それって結局、赤間先輩が私の血を嫌ってるってことじゃないんですか?」


「いや、そういうことではないんやけど…。うーん。でも、そう思われても仕方ないよなぁ」

「まあ、でも。じゃあ仕方ないんで貰っておきます。ほんとは嫌ですけど。別に気にしてません。所詮私は、赤間先輩にとってゴミ箱程度の人間ってことですもんね」


「お前って、ホンマにコミュ障なん?」


 和歌がスカートの上で握り拳ぶしを震わせているのを確認すると、瑞稀は紫陽里の近くへと歩み寄り、相手の耳元で囁いた。


「マズイっす。また1人ライバルの出現っす」


「うーん」紫陽里も小声で答える。


「赤間さんって、本当にニッチな層に好かれるんだね」

「ここが正念場っす。瑞稀達がモミモミをサポートしないと」


「そうだね。まあでも、面白いからちょっと見てよう」


「まっつん、それは…」瑞稀は言い淀む。


「確かにその通りっすね」


 





 




 

 



 


 




 









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