第82話 気が合わない
殺し合いの幕はゴブダ兄弟の先制攻撃により切って落とされる。
まず長男キーが魔弾を放った。
大した弾速ではない。弾くまでもない、とマリアは余裕をもって魔弾を躱す。
しかし、キーの魔弾は当てることが目的ではなかった。魔弾が空気を振動させ超音波のような甲高い不快音を発した。
マリアは一瞬顔を顰めるが、動きが封じられる程ではない。大太刀を構え、大きな肉断ち包丁で斬りかかってくる次男ワライに備える。
「あひゃ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃ」
ワライは不快な笑い声をあげながらも、まだ少し距離がある。ように見えた。
——が、次の瞬間、ワライの気持ちの悪い笑みが目の前に突然現れた。ワライの肉断ち包丁が迫る。
マリアは咄嗟にのけぞってそれを躱した。肉断ち包丁はマリアの頬に一筋の小さな傷を作って、通過していく。桁外れの反射神経で直撃を免れた。
ただ、マリアはそれだけでは終わらない。のけぞった体勢のまま、大太刀を横なぎに振るう。確実にヒットするタイミング。無理な体勢とは言え、マリアの一撃を受ければ致命傷は避けられない。
しかし、また不可思議なことが起こる。
今度は三男レングが凄まじい速さで唐突に飛んできて、マリアの大太刀の一撃を大盾で受けた。レングはマリアに力負けして元居た方向へ吹き飛んで行く。まるで始めから吹き飛ばされる予定だったかのように3男レングはケロッとしている。
その間に、ワライは「あひゃひゃ、逃げろー、あひゃひゃひゃひゃ」と既にマリアの間合いの外に移動していた。
ちっ、と舌打ちするマリアに追い打ちをかけるように、長男キーの火球系魔弾3連がそれぞれ違う角度からマリアを捉える。
爆発音が響き、煙が上がった。
「あは、あは、あははは、楽勝ぉ〜、あはははは」
「ばか、ワラ兄、これくらいでマリアが死ぬわけねぇだろ」
「そうネ。でも、ダメージは負ってるはずネ」
案の定、黒い煙の中から、マリアが歩いて出てくる。
頬から垂れ落ちる自らの血を、ぺろっと舐めて「そういう連携ね」と冷めた顔をゴブダ兄弟に向ける。
「凄まじい連携だって言いたいんだろ」と三男レングが口角を上げる。
「そうね。凄まじくキモい連携ね。マネできないわ。したくもないし」詰まらなそうにマリアがバッサリ吐き捨てた。
「あひゃひゃ、あひょっあひょひょひょ、キモイって、キモイって言われてるゥ! キー兄キモいってェェエエ、あひゃひゃひゃ」
「いや、お前ネ。お前以外にキモイ要素ないネ」
「はははは、確かにワラ兄はキモいな、はははは」と三男レングまでもが笑う。
「全員よ」
再度のマリアの指摘に、再びピタッと笑い声が止んだ。
「威勢が良いこったな。そういう言葉は俺らの連携をどうにかしてから言いな」三男レングが顎をあげて高飛車に煽る。
「行くネ、ワライ」
「あはははは、ひゃっほォォオオ!」
再びワライが肉断ち包丁を振りかぶりながら、迫る。先ほどと同様にキーの魔弾が飛んできて、不快音を響かせた。
マリアは、ワライが瞬間移動したように見える現象は、この甲高い音波を基盤にしたキーの幻魔術だと看破していた。音を媒介にすると大した幻覚や感覚異常は起こせない代わりに、レジストし辛いのだ。この幻魔術で、空間把握処理に誤情報を紛れ込ませ、ワライの位置情報を見誤らせているのだろう、とマリアは当たりをつける。マリアは目をつぶって視覚情報を断った。
「ちっ、もう気付かれてるネ」と悔しそうに呟く長男キーとは対照的に三男レングは「ばーか、目をつむってワラ兄の攻撃を防げるわけねぇだろ」と勝利を確信する笑みを見せる。
ワライが袈裟斬りに肉断ち包丁を振る。が、マリアはヒョイと簡単にワライの斬撃をくぐり抜けると、目をつむったまま、大太刀を走らせた。正確な一撃。そのままであれば、ワライの首は胴体から離れて飛んで行ったところだろう。だが、またしても三男レングが吸い寄せられるように飛んできてマリアの大太刀に大盾を当てた。弾かれて吹き飛ぶ程度なら、大したダメージにはならない。それを見込んでの、タンク役なのだろう。
——が、今度のマリアの一撃は三男レングを弾くことはなかった。橙色に熱を帯びる大太刀はレングの大盾を溶かしながら斬り進み、その大盾の後ろに隠れたレングまでもを真っ二つに焼き切った。
え、という驚愕の顔が乗っかったレングの上半身は、下半身からスライドするようにずり落ち、ドシャと音をたてる。下半身の断面から吹き上がる自らの血がレングに降り注いだ。
「レング!」とキーが叫ぶ時には、既にマリアがキーに肉薄している。身体能力に劣る魔術師職を先に撃つのは定石だ。
キーはマリアの間合いに入る前に火球系の魔弾をがむしゃらに放ち距離を取ろうとするが、マリアは走りながら水球系の魔弾で正確に相殺して、ついにキーを間合いに入れた。
「ま、待つネ——」と制止するキーは、言葉途中で一太刀に斬り伏せられ、即死する。返り血がマリアの額につく。垂れてくる血をそのままにマリアはワライに振り返った。頬についた血よりも、マリアの瞳は赤く、狂気に満ちていた。
「ひ、ひぃィィイ」とワライは怯えて背中を見せて逃走をはかる。その顔にもはや笑みはない。
マリアが脚に力を込めて、地を蹴るとほんの数秒でワライに追いついた。
「ちょっと待ってよ。まだあのキモい連携の答え合わせしてないんだからぁ」と敢えてのほほんとした口調でマリアがワライの前に立ちはだかった。ワライは情けない悲鳴をあげながら、尻餅をついて後ずさる。
「あの鎧くんはマグネ系の魔法で私の大太刀にマーキングしてたんでしょ? だから、私が大太刀を振ろうとしたら、大太刀の金属に吸い寄せられて鎧くんが飛んできた。キミは、それに守られながら安全圏で敵を斬り刻む役割ね。卑怯とは言わないけど、やっぱりキモいね」マリアが口に手を当てて、ふふふ、と上品に笑う。
「待って! 殺さないで! お願いだよ! 分かった! 帰る! もう帰るから!」
ワライの必死な命乞いにマリアは「面白いことを言うね」と言いながらも表情は冷めきっており、冷たい目でワライを見下す。
「キミは今までそうやって命乞いをしてきた人たちを助けたことがあるの?」
「あ、ある! あるよ! 戦意のない人はいつも逃がしてたよ!」とワライは尚もすがる。マリアは「あら、そう」と意外そうな顔を作ってから、「なら——」と微笑んだ。
「なら、私とは気が合わないわね」
ワライの首が落ちた。
絶望に染まった表情をワライが浮かべ、そのまま動かなくなる。
「まぁ、どうせ嘘だろうけどね」とマリアは大太刀に付いた血を払ってから納刀した。
それから大きくため息を吐いて、「ハルトくん…………一体どこにいるのよ」と、再びハルトの捜索を再開させた。
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