第80話 クソ雑魚

【フェンテ視点】


 グラハとの戦いは難攻していた。

 ナナが前衛として、グラハと対峙し、私は少し離れてグラハの隙を伺う。


「ははははは、そんな攻撃、このグラハ様に通用すると思ってんのかァ?」とグラハが大斧を枝でもぶん回すかのように軽々と振るった。

 ナナがそれを剣で受けようとするが、受けきれずに吹き飛ばされる。


 私はグラハがナナに追撃できないよう、そのタイミングで前に出た。


 ——が、


「お前は邪魔だァ!」


 グラハがナナに迫りながらも、私を近づけさせまいと、雑に斧で薙ぎ払う。私にはその雑な一振りを掻い潜って、グラハを止めるだけの力量はなかった。結局グラハはナナに追撃を繰り出す。

 ナナは上手く受け身を取って立ち上がり、かろうじて追撃も躱した。

 

 グラハの攻撃はあり得ない程、重かった。力が強い、なんて次元のものではない。まるで攻城兵器でも打ち込まれているかのような破壊力だ。ナナでさえ10メートルは吹き飛ばされる威力なのだから、私ならグラハの斬撃を受けた時点でアウトだ。避けるしか選択肢はない。


多少はできるようだな」とグラハがナナに野獣じみた笑みを向ける。グラハの言葉は暗に『フェンテあいつはできないがな』という意味を含んでいた。私へは一瞥すらも向けず、グラハの警戒は全てナナに注がれていた。


 しかし、それも当然かもしれない。

 現に私はグラハにまだ一撃も攻撃できていない。ナナは数十回とトライし、その全てがグラハには届かなかったが、斬撃を打ち込んではいた。


(このままじゃナナとグラハの一騎打ちと変わらないじゃない。私ももっと貢献しなきゃ)


 視線がナナに向いているグラハの首元は、隙だらけのように見えた。私は手に持つナイフの形状を細く、長く変えて、地を蹴った。

 一撃で良い。この一撃で息の根を止める。


 腕を引いて狙いを定める。そして、いざ打ち込もういう瞬間、グラハの瞳が私を捉えた。待ち構えていたかのような反射速度で、大斧による斬撃が来る。


 (ダメだ……! 間に合わない!)


 前進していたため、避けるには間に合わない。かと言って、あの威力を受けることなど、私には到底できなかった。死を悟る。仕方ない。実力差があり過ぎた。できることはやった。もう後は任せよう。

 私は全部諦めて、目をつむった。


「フェンテさん!」


 横からナナが私に体当たりをして、私は吹き飛ばされた。おかげで大斧の斬撃にさらされることなく、地に腕を擦るくらいで済んだ。


 しかし、そのせいでナナはグラハの渾身の一撃を避けることはできなくなった。剣で受けるが、やはり受けきれず、またも吹き飛ばされる。今度は受け身を取れずに20メートル程先まで転がった。

 ナナはすぐに立ち上がろうとするが、体を痛めたのか、呻いて地に手をついたまま動けないでいた。


 グラハの嗜虐的な笑みが一層濃くなった。

 ナナにとどめを刺しに行こうと、グラハが膝を曲げて足に力を込める。


 負ける、と直感的に分かった。このままでは負ける。ナナに偉そうに説教しておきながら、私は何もできないまま、ナナに守られて、ナナの戦闘の邪魔をして、そうして先に死ぬのはナナだ。勇敢なナナがまず殺される。

 ナナがやられれば、もはや勝ち目はない。でも、私にできることはもう——。




 

 バチィン、と音を鳴らして、私は自らの頬を両手で打った。



 


(寝ぼけたことを抜かすな。できることはもうない? 違う。私はまだ何もしていない。勝手に諦めるな)



 私はグラハとナナの位置を結ぶ直線上に立ちはだかるように立った。それを見てグラハが鼻で嗤う。


「ハッ、雑魚は引っ込んでな。貴様如きが加われる戦いじゃねぇんだよ」

「自分より一回りも二回りも小さな私が怖いの? 御託はいいから、かかって来なさい」


 精一杯の強がりでグラハを挑発する。脚が震える。怖い。立っているのがやっとだった。でも、これでナナが回復する時間を稼げる。


「どうやら先に死にてぇようだな」と声がしたのは、いつの間にか目の前に迫ったグラハからだった。


(速い!)


 何とかギリギリでグラハの斬撃をかわす。大斧は私の顔のすぐ横を通過していく。大木でも振り回しているかのような太い空を切る音が耳の近くで鳴る。『死』がそこを通ったかのようなぞわぞわとした感覚に、生きた心地がしなくなる。


(こんな斬撃をくぐりながらナナあの子は戦ってたんだ。正気の沙汰じゃない)


 私は一歩間違えれば訪れていた死に恐れおののきながらも、さらに一歩を踏み出した。

 大斧の攻撃は隙が生じやすい。私もそれは知っている。だからこそ、斬撃のすぐ後を狙ってグラハと距離を詰めたのだ。

 しかし、どういう訳か、生じるはずの隙はまったく現れず、グラハは第2撃目を間髪入れずに放った。


 予期しないカウンターに私は回避が間に合わず、咄嗟に短剣で大斧を受けるという無謀な策に出る。案の定、短剣はあっけなく吹き飛ばされて、遥か彼方に飛んで行く。

 しかし、大斧との衝突によって生じた力を上手く利用して、私はかろうじて身体をひねり、大斧の斬撃を身体にもろに受けることは避けられた。

 ——が、受け身を上手く取れず、尻もちをつく。


 武器から手を離せば——もっとも私の場合、握り続けている力がなかっただけだが——体が吹き飛ばされることはない。しかし、武器を手放せば、普通は負けが確定する。だからこそ、ナナは命を削ってでも剣を握り続けていたのだ。


 グラハの顔に勝利を確信した下卑た笑みが浮かんだ。

 早く肉が裂けるところを見せろ、とでも言いたげな血に飢えた顔で大斧を振りかぶる。私は心臓の位置、鉄の胸当てに手を当てた。


 武器を振りかぶる者と、その目の前で手ぶらで座り込む者。普通はこの時点で、勝負あり、である。

 だから、グラハが油断してしまうのもよく分かる。


「大した実力もねぇのにイキがったことをあの世で悔やむんだな」


 私は笑ってしまった。

 グラハこの人こそ大したことはない。マリアさんのキレた時の方が余程強いプレッシャーだった。だから、グラハの言葉はまるっきり私がグラハに言いたい言葉、そのものだ。


「あなたが、ね」


 鉄の胸当てが形を変えて針となった。

 油断したグラハは何が起きたのか、理解できなかったようで、避けることができない。グラハの首に、針が突き刺さる瞬間、私は勝利を確信した。


(やった!)


 しかし、その喜びも直後に鳴った金属同士を打ち付けたような甲高い響きに打ち消される。

 え、なんで、という疑問が、その一瞬の間に頭の中で反芻された。刺さったと思った針は首に当たってはいるものの、一ミリたりとも刺しこまれてはいない。グラハの首には傷一つできていなかった。戸惑いと恐怖。理解できない事態に頭が混乱する。

 混乱の中で、グラハの楽しそうな顔だけが見えていた。


「無駄な努力、ご苦労なこったな。クソ雑魚ちゃんよォ」


 もうグラハの斧は私を殺す準備ができている。後は振り下ろすだけだ。一瞬後には私はただの肉塊になっている。その頃にはもう意識はない。だから、今考えろ。考えて伝えろ。貢献しろ。ナナに。村に。ハルト先輩に。


 

 最初からグラハの攻撃の挙動は明らかにおかしかった。あの大きさの得物を振り回す人の動きじゃない。

 単に力がある、という次元の話ではない。まるで木の枝でも振り回しているかのような軽々しさがある。それでいて、斬撃は重い。

 斬撃の瞬間、数センチ斧が下に下がる。癖ではない。斧がヒットする瞬間のことなのだ。動作としては振り抜くだけなのに癖も何もない。


 加えて首の硬質化。

 鎧などではない。確かに肌に直接針は当たった。あれは首が固くなっている。いくら訓練したって、刃物が通らない程、肉が固くなるなんてことはあり得ない。斧と首、2つのことを同時に可能にするとすれば、それは材質の変化。そうとしか思えない。斧はより軽い——それこそ『木』とかに——変え、首はより固い鉄に変えた。


 それは奇しくも私のよく知っている技術だった。

 私はナナの方に顔を向け、彼女に言葉を託した。



 

「こいつは錬金術を使ってる」


 斧が振り下ろされた。

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