第25話 嫌われ者の領主様

 

 その村落は険しい森の奥にひっそりとあった。草木をかき分け、やっと到着する頃には、もう夕方になっていた。



「なんでわざわざ森の中に村つくるかなぁ」とマリアが文句を垂れる。


「どこの村落もそんなもんでしょ? 森の端に村なんて作った日には、年数がたつにつれてどんどん森が遠くなっていっちゃうじゃん。日々、木を切り倒してるんだから。それにこの鬱蒼うっそうと茂った木々は天然の壁としての意味もあるんだよ」



 そう説明はするものの、文句を言いたいのはハルトも同じだった。また新たに蚊に刺され「もぉ!」とかきむしる。

 簡易な木製の柵で囲われたスペースが見えると、ハルトは「やっと休める」と安堵した。




 村の入口には、おかっぱ頭の成人男性が立っていた。髪形に似合わず鋭い目をしており、ハルトたちに気が付くと不愛想にお辞儀した。



「お待ちしておりました。村長のアンリと申します」



 アンリは感情を感じさせない事務的な挨拶をした。そのくせ、細くキレのある目はジッとハルト達を品定めするかのように見据えられていた。

 品定めするのはあちらだけではない。村長にしては若いな、とハルトはアンリを注意深く観察する。



「あんまり歓迎されてる感じじゃないね」とマリアが大きな声でコソコソと話す。アンリに丸聞こえだった


「当たり前だよ。好かれている領主の方がまれでしょ」とハルトが返す。これも丸聞こえである。



 どう返答するべきか迷ったのか、アンリは一瞬黙りこくった後、結局「こちらへどうぞ」と聞こえなかったことにしたようで、何事もなかったかのようにハルトたちを屋敷マナーハウスに案内した。



「おー。立派な屋敷」マリアが楽しそうに廊下を走る。


「マリアさん、あんまりはしゃぐと床が抜けるよ。ずっと領主が不在だったんだから老朽化してるだろうし」


「大丈夫。抜けても落ちる前に魔法で浮くから」



 S級冒険者なんでもアリだな。ハルトは若干チートを相手にしているような嫉妬を覚える。転生者は僕なんだけど、とハルトが呟くが、誰も聞いていなかった。



「床が抜ける心配はありません。奴隷に管理させていますので」



 アンリがそう言った直後、ハルトが「あぎゃ!」と叫んだ。片足が床を貫通し、ハルトの身体が傾く。間抜けを晒していた。



「あはははは、何やってんのハルトくん」とマリアが腹を抱えて笑う。ひどい。



 間抜けな恰好のまま、ハルトは無言でアンリに顔を向けた。『管理がなんだって?』とでも言いたげな表情である。



「そこ以外は奴隷が管理しています」とアンリは全く悪びれず言い直す。


「ここも管理してください」というハルトの悲痛の叫びも「そのように伝えておきます」と事務的に流された。





「奴隷がいるんだね」とマリアがハルトの手を取って、床から引き抜く。


「都市にだっているじゃん」とハルトがすぽんと、床上に復帰した。


「そうだけどさ、農村ってどこも貧しいじゃん? だから奴隷を買う余裕があるとは思わなくてさ」


「まぁ全体的に貧しいのは間違いないけど」とハルトが言う。「だけど、奴隷って質を選ばなければ意外に安いし、それに村人も貧しい農奴ばかりじゃなくて、自由農民とか小作人とか司祭とか、色々だからね」




 ふーん、とマリアは理解しているのか、いないのか、曖昧あいまい相槌あいづちを打った。

 大広間に荷物を置くと、アンリが「食事をお持ちします」と言った。



「あ、食事なら——」



 大丈夫、とマリアが言おうとした。が、唐突にハルトに口を押さえられ、むぐぐ、とうめく。



「もらうよ。ありがとう」とハルトが代わりに答えると、アンリが礼をしてさがった。



 ぷはぁ、とハルトの手から解放されたマリアが大げさに呼吸する。マリアなら1時間くらい無呼吸で生きていられそうなのに、とハルトは失礼なことを考えていた。



「ハルトくん!」とマリアが怒った声をあげた。あまり怖くない。恐ろしく強いのに不思議だ、とハルトはまたも失礼なことを考える。


「ただでさえ皆貧しいのに、晩御飯なんてご馳走してもらっちゃダメじゃない! いい? 大人はね、遠慮ってものが必要なの! 分かる?」



 説教するお姉さんのつもりなのだろうか。やたらとマリアがハルトを子供扱いしはじめた。



「そうじゃないって」とハルトは苦笑した。「初めはちゃんと上下関係をはっきりさせた方が良いんだよ」


「何よそれ。犬じゃあるまいし」マリアがハルトに半眼を向ける。


「領民って、さっきも言ったけど基本的に領主が嫌いなんだよ。税を搾取さくしゅする領主が。だから、新しい領主が何も言ってこない弱腰領主よわごしりょうしゅだと分かれば、これまでの鬱憤うっぷんをはらすかのように無茶な要求をしてくるようになるよ多分」


「そんな、大げさな」と言いつつ、マリアの笑みは若干引きつっている。


「大げさじゃないよ。2人、3人にでもそう思われれば、あっという間に悪風感染あくふうかんせんして、村全体が反抗的な態度を取るようになる。それがエスカレートすれば最終的に一揆いっきが起こるのさ。後先考えずに暴れまわる暴徒ほど恐ろしいものはないよ。僕たちは暴徒を倒しても何も得るものはないからね」



 ごくり、とマリアが唾を飲み込む音が聞こえた。

 アンリが戻って来たのはその直後だ。

 後ろに暗い顔の中年男を2人引き連れていた。奴隷である。

 奴隷はそれぞれ料理の乗ったお盆を持ち、テーブルの上に無言でそれを置いた。



「ありがと」とマリアが言うと、奴隷は小さく礼をしてから退室した。


「食事が済みましたら食器は入口の近くに置いといてください。村の施設の案内は明日します。それでは」



 アンリはこちらの返答も聞くことなく、礼をして去って行った。

 ハルトはあまり気にしないで、テーブルに座るが、マリアは違った。立ったまま、



「やっぱり私たちが嫌いなのかな」と少し寂しそうに呟いた。



 みんなの憧れのまとであるS級冒険者のマリアは、たかが農民の好感度など気にしなくても全くおかしくはないのに、マリアは友達に避けられているかのような悲しい顔をしていた。



(そんな顔をマリアさんにさせちゃダメだ)



 伝えなきゃダメだ、とハルトは感じた。

 半ば使命感に駆られて、ハルトは口を開く。マリアに元気を出してもらおう、とその一心で。



「僕は好きだよ」



「へ?」



 ちょうどハルトの隣に座ったばかりのマリアは、突然のハルトの言葉に裏返った声を返した。



「優しくて、元気で、明るくて、いつも人のことばかり気にかけてるマリアさんが僕は好き」とハルトはマリアに笑い掛ける。『だから悲しまないで』と込めたはずの言葉は、ハルトが意図しない意味でマリアの心臓にぶっ刺さった。



「ひゃわ?!」と謎の奇声を漏らしながらマリアの顔が発火しそうな程、真っ赤に染まった。

 目がぐるぐるしているかのようにマリアの視線は定まらない。

 そして、やがて意を決したかのようにきゅっと口を結ぶと、



「わ、私もしゅき……」と蚊の鳴くような、いつものマリアからは考えられないほどの小さな声で——しかも噛んで——呟いた。


 ハルトはにっこり笑って「だよね! 自分を好きになれる程、マリアさんは素敵だもん。全然変なことじゃないよ」と全く見当違いな返答をする。



(自分が好きって言って変に思われると思ったのかな? 意外に繊細せんさいだな、マリアさん。可愛い)

 と、ハルトはマリアが小声な理由を、間違って解釈かいしゃくしていた。



 マリアは口を結んだままうつむいて、羞恥しゅうちと怒りに耐えるような顔で震える。



「さ、食べよ」と、とっととこの話題を終わらせるハルトを涙目で睨みながら、マリアは料理をかきこむように食べた。


 その後もマリアの『不機嫌』は眠るまで続いた。



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