塩と電話

六葉翼

第1話



【who are you?】



明け方に目が覚めた。


時刻はわからない。


窓の外はまだ暗い。


夜は未だ明けきらない。


夜中に目が覚める原因は大抵尿意だ。




俺は寝ている妻を起こさないように。

ベッドからそろそろ這い出すさした。


2階の寝室のドアを開ける。


暦の上ではもう秋だというに。


家の熱が籠る廊下は暑い。


特にわが家の2階の廊下ときたら。

熱の逃げ場がなく余計にそう感じる。


10年前に建て替えた。


実家の一戸建ては工務店の言う通り。

確かに断熱効果に優れていた。




しかし年々加速度的に増加する地球温暖化。それにはあまり配慮されていないらしい。


別に欠陥住宅というわけではない。


ひとつ向かいの娘の部屋の扉を見る。

角部屋の夫婦の部屋よりは涼しいらしい。


田舎暮らしという以外、家族3人で住むには充分に広く快適な家だった。


トイレの照明以外明りは点いていない。


家の壁のそこかしこにある。照明のパネルスイッチのガイドランプの色は緑。


消灯時間を過ぎた病院の照明と同じ。


去年の今頃胆石を患って入院した。


赤は人を不安にする。


信号の青も本当は緑。


我が家の夜もオールグリーンだ。


トイレで用を足し終えた。

俺は少しだけ喉の乾きを潤したくなった。


俺は寝ている妻と娘を起こさぬように。

気をつけながら階段を降りる。


リビングの電話の着信音が聞こえた。


「今時分…どこのどいつだ」


怪訝に思いながら。

電話に出る気もない。


こんな夜半をとうに過ぎて。

明け方近いであろう時刻に。


悪戯でも詐欺電話でもないだろう。


我が家には家電…所謂置き電話がリビングに1台ある。


日頃鳴ることは殆どない。




俺も妻も、人に恨みをかって、嫌がらせの電話を受ける覚えはない。


学生でもないから。酔った同級生からのいたずら電話なんてのもない。


詐欺師だって、こんな時間に電話をかける、そんなメリットはないだろう。


もっとも最近では、電話で家人が寝てるのを確認してから侵入する、そんな強盗事件もあると聞く。物騒な世の中だ。


しかしこれは間違いなく間違い電話だ。

犯罪目的の電話ならもう切れてる。


着信音は、俺が和室リビングの襖を開けるまで、律義に鳴り続けた。


置き電話がある。壁掛時計の長針は午前4時を少しまわったところだった。


「こんな時間に誰だ!?」


詐欺対策で、相手には録音を促す通知が流れているはずだ。


にも関わらず、電話はコールを続ける。


俺は腹立たしく思った。


『公衆電話からの電話です』


少し間を置いて、家の電話が無機質で抑揚のない女性の声で伝えた。


非通知なら【ヒツウチ】とディスプレイ文字と音声メッセージで伝える。


そんな設定にしてある。


初めて聞いた。

しかもこんな時刻に。


『公衆電話からの電話です』


『公衆電話からの電話です』


間違い電話だろう。


家に置き電話を置く家庭も減った。


それ以前に公衆電話なんて。

今時見たことがない。


携帯電話の普及が、成熟にまで達したと言われる。昨今では特にそうだ。




長年暮らした地元の何処にも、公衆電話なんて、ついぞ見かけた記憶がない。


『公衆電話からの電話です』


そのうちに切れるだろうと放置した。


冷蔵庫の扉を開けて、俺が二階に戻る時も、電話は鳴り続けていた。


どこの誰がかけているのか。


想像すると少し怖い。


でもすぐに忘れた。


それだけの話だ。


朝になって目が覚めた時。

リビンクの電話はそこにある。


変わらず沈黙したままだった。


俺はいつも通りに起きて。

妻が用意してくれた朝食を残さず食べた。


それから幼稚園まで車で娘を送る。


そのまま仕事に出かけた。

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