第四十四話 主人公の死
映画の撮影は老人ホームのおばあちゃんの死を描いた。地元の有名な女優さんだった。米山もその演技に押されたのか、いい感じで撮影は進んだ。最期におばあちゃんは「あなたのさとやまの夢を応援しています」という手紙を残して去っていった。死は映画に必要なテーマだった。米山は泣いた。そして看護師の人生を描いて撮影は終了した。クランクアップの花束を貰ったマイルスは「これで完成できるか?」という不安を持っていた。
しかし事実は小説より奇なりであった。編集の最中に主人公の一人脇元が亡くなった。マイルスは鹿児島での脇元の葬儀に出席した。盛大な葬儀に脇元が多くの人々から慕われていたことを知った。彼の葛藤があった事にも気づいた。この式でマイルスは初めて米山の奥様にご挨拶を受けた。とても可愛らしい奥様だった。
この日の桜島は啼いているような青空に煙を吐いてくっきりと浮かび上がっていた。
マイルスは米山に撮影は終わっていないと告げた。そして大事なシーンが抜けていると伝えた。
米山も同意して撮影は再開した。
マイルスは何か、米山の語っていない何か、さとやま遊人郷に向かわせた何かがあるだろうと米山に迫った。
そして映画「42 世界を変えた男」の話をした。ジャッキー・ロビンソンはMLB初の黒人選手だった。ブルックリン・ドジャースのGMブランチ・リッキーは周りの猛反対を押し切ってジャッキーを入団させた。そして人種差別の嵐の中リッキーはロビンソンに入団するためのある条件を出した。「絶対に怒らないこと」これが条件だった。相手チームのボイコットやストライキなどの迫害を受け続けるロビンソンは何度も切れそうになり、何度も耐え抜いた。そして期待される選手として活躍した。新人王となり、入団の年にチームを優勝へと導いた。今日ではジャッキー・ロビンソンの日があって試合中全員が42の背番号を付ける。映画ではGMはハリソン・フォードが演じた。
実はこの話には裏があって、GMのリッキーは昔チーム仲間だった黒人選手をかばい切れずに無視してしまった過去があった。それで黒人選手をMLBに引き上げようとしたのだった。
マイルスはこの映画の話を米山にした。「さとやま遊人郷」を目指すきっかけや理由がこの映画に欠けていると抗議した。米山は何か探すような目つきで考えた。そして後日こんな話を聞かせてくれた。
「ちょうど幼稚園に上がる前、5歳ぐらいの頃でしたが…いつも僕を連れ回してくれていた兄が小学校に通いだし、同じ年に弟が生まれて母親は弟にかかりきりになりました。
一人ぼっちで誰とも遊んでもらえず、それまでの明るい世界から、いきなり一人ぼっちの世界に放り出された感じでした。
5歳と言えば自分の足であちこち冒険を始める頃じゃないですか。僕の家は田んぼの中の一軒家、外に出て花を見ても、そこに集まってる虫たちを見ても、小川の魚を見ても、一人ぼっちで遊ぶのはさみしくてさみしくて泣いてばかりいました」
「ちょうどその頃、同じ年の女の子と友達になりました。毎日彼女が『ケンちゃん、遊ぼう』って玄関に僕を迎えに来るんです。『あっ、ちいちゃんだ!』もう一人ぼっちじゃありません。来る日も来る日も彼女と一緒、僕の世界は輝きを取り戻しました」
「今でもレンゲ畑で二人転がりながら聞いたミツバチの『ブーン』という羽音や、テントウムシの美しい模様を鮮明に覚えています」
一年後幼稚園に上がったが、そこにちいちゃんの姿はなかった。再会したのは小学校に入ってからだった。
しかし米山はせっかく再会した彼女と話すことはなかった。それは彼女がちいちゃんが、大勢の同級生から「ビンボー、貧乏」といじめられていたからだ。
実際彼女の身なりも家も極端に貧しかった。
米山は友達と一緒になって彼女を無視してしまった。「子供はピュアだけど同時に残酷なんですね」と米山は言った。
彼女はちいちゃんはケンちゃんと目を合わせずただ悲しそうに、それでも毅然と罵声に耐えていた。やがて彼女は引っ越していった。
「友達のありがたさを知ったのに大切に出来なかった。孤独から救ってくれた人を孤独にしてしまった」と米山は言った。
これが「さとやま遊人郷」のきっかけだった。
このちいちゃんの役をマイルスの娘の歌恋が引き受けた。撮影は有志の古民家で行われた。昭和を描くのに最適な古民家だった。子供のケンちゃん役やその他の役を募った。中々味のある映像になった。歌恋は米山ともっと仲良しになった。
大人になった米山、定彦、脇元3人を桜島で撮った映像を使って、マイルスは盟友の死を描いた。ちょうど完成した沼津の病院、老人ホームも撮った。
「さとやま遊人郷」のきっかけを、ちいちゃんを描いた。最後に泰三を含む桜島の新たな3人のシーンを撮って映画は完成した。
映画の本当のクランクアップに野崎は泣いた。マイルスもやっと撮り終えた気がしたが、仕事はまだ終わりではなかった。
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