第三十一話 グルーブ(Groove)

 ジャマイカの夜、ホテルを出て浜辺を散策すると、そこには満点の星と、遠浅で珊瑚礁の内側の静かに打ち寄せる波の音ばかりだった。

 波打ち際を歩いていると、そこに真っ黒な顔のジャマイカ人がぬぅっと顔を出すのに驚く。昼間と違って白い長袖のシャツを着ていないので、全くそこにいることに気がつかないのだ。彼らが何故長袖のシャツを昼間着ているかというと、日に焼けるから?だそうだ。黒人がすでに黒いから日に焼けても良いというのは私らの身勝手な考えの様である。

 大音響のする方へ歩いて行くと地元の人達でいっぱいだ。平日だとか休日だとかお構いなしに夜な夜な開かれるレゲェ・パーティである。バンドが演奏していて、イコライザーを見ると200Hzと8K辺りがカットされていて低音、中音、高音がはっきり分かれるようになっている。つまりうねるようなベースとボーカルと刻みがはっきり分かれて聞こえるようになっている。

 踊っている人々のまん中に、一人超スローで踊っているラスタマンが異彩を放っていた。能みたいにゆっくりの動きなのだ。それだけど、リズムに乗っている。表情は恍惚として周りに人が誰もいないかのようだ。

 これが“groove”だと思った。ゆっくりとした動きはそれ自体のテンポ感でなく、もっと細かい、速いリズムをも包括している。彼は波の一番大きいうねりを表現しているのだろうか?そこへレゲェ独特のアフタービートが(彼らはアフタービートと思っていないようだ)、小波のちゃぷん、ちゃぷんという音に聞こえる。

 “groove”は惑星の運動周期の様なもので、惑星は円を描いて太陽の周りを回っている。自然界には真円は存在しない。どちらかと言うと少し楕円で、スーパームーンや火星の接近はこれによって起こる。彗星などは超楕円だけれど一定の周期を持っている。

 しかし彗星は太陽に近づく時に速くなり、離れて行く時に次第に遅くなる。これが自然な「揺れ」である。ケプラーの法則である。

 “groove”もこれと同じで、この際「揺れる周期」とでも訳そう。

 “swing”も「ぶらぶらと揺れる」で、ブランコの事を英語で “swing”と言う。ちなみに“rock”も「揺れる」とか「揺する」で、みんな揺れなければ音楽でない、と言っているようだ。 

「それなのに、音楽で速くなったり遅くなったりしたら、いけないと思っていませんか?」と、マイルスが尋ねた。

「?そうですね.....」と、平井氏。

「それではメトロノームが速くなったり遅くなったりしないと思われている訳ですが、メトロノームが発明される以前の人々は、リズムが悪かったのでしょうか?」 「そんなことは無いと思いますが、...確かめようがないですね」と平井氏。

「ではメトロノームが置いてない地域の人、例えばアフリカの奥地ですが、リズムが悪いのでしょうか?」とマイルス。


「そんなことは無いですね。むしろ鼓動の様な、体を動かしたくなる様なリズムだとお思います」と平井氏。

「ではメトロノームと共演する人はいますか?」

「いませんね...」

「と言うことは、速くなったり遅くなったりしないのは決してリズムが良いわけではありませんね」



「エリーゼのために」を知らない人はいないだろう。音程の上下に沿って、テンポが変わって行くように聞こえる。そして音階と共にボリュームが変わって行くように聞こえる。この感覚がダイナミクスだ。


 音が上に行くときは速く、下に行くときはボリュームを落としつつゆっくりとなる。


 クラッシックの世界の事だと思っている人は多いだろうが、これはポップスやジャズでも普通に起こることで、音楽はむしろこうでなくてはならない。

 

 音楽は揺れるのが当たり前で、これを英語では“groove”, “swing”, “rock”などという。いずれも揺れるという意味だ。

 DTMの様にコンピューターで作る音楽がグルーブを感じないのもこういった配慮が音作りに反映されていないからだ。メトロノームで取るようなリズムが正しいリズムだと思っているようでは、いつまで経っても音楽は上達できない。


 まずは「1.2.3.4.」、とカウントするのをやめてアフタービートだけを感じるところから始めよう。

 Neo Maggioでは「リズムは取らない」と教える。正しい歌い方さえあれば、リズムに“groove”に乗っているのが分かる。

 プロは、リズムをいちいち確認しない。


「振り子を考えましょう。振り子の長さが同じであれば、大きく振っても小さく振っても同じ周期になりますね。これをガリレオの等時性と言います」「しかし振り子は落ちる時速く、上る時遅くなりますね。これも速くなったり遅くなったりしますね。重力が働いているのですね」

「また大きく揺れるとき速く、小さく揺れるとき遅くなりますね。これが“groove”で振り子の長さが“tempo”となります」

 なるほど、と平井氏 は思った。


 ドラムマシンのリズムは、メトロノーム的ではないかと思っている方も多いだろう。しかしドラムマシーンには、らしい音が入っている。バスドラムらしいスネアドラムらしいと言う意味だ。これらの音は立ち上がりや減衰がらしく設定してあって、この時間差が“groove”を生み出す。またビートメーカー達は微妙な工夫によっても“groove”感を出している。

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