第19話 馬車の中で2人きり

 そんなわけで、私の星読みの聖女としての力を開花させるという前提のもと、アドリアン王子は行動しているのだけど、いったい王妃さまから何を聞かされたらこうなるのか。


「君が食べるのが恥ずかしいのなら、私に食べさせてくれてもいいんだよ?」

 目を細めて首をかしげて私を見つめる。


「そ、それは……。」

「どっちがいい?

 私に食べさせてもらうのと、私に食べさせるのと。」


「こ、後者で……。」

 なんでその2択しかないかな!?

 まるでひな鳥みたいに、口を開けたアドリアン王子が待ち構えている。


 私は観念して、フォークで切り分けた卵焼きにフォークをさして、アドリアン王子に差し出した。ぱくっ。


 アドリアン王子が卵焼きを食べる瞬間、私の手を逃さないように掴んだ。

 ひいいいい!

 食べ終わってもまだ、手を掴んだままだ。


「美味しい。」

 ニッコリ微笑むアドリアン王子。

「よ、良かったです……。」


 私たちのイチャつきぶりに、普段ちらほら見かけるボッチの男子生徒も、そそくさと立ち去ってゆく。ご、ごめんなさーい!


「きゃああああ!」

 その時、突然目の前で誰かが、スライディングしたように地面に転んだ。


「痛ーい……。シクシク……。」

 ……ハーネット令嬢だ。

 普段の彼女なら、ああしてわざと転んでも誰かが助け起こしてくれるんでしょうね。


 だけどアドリアン王子は何ごともなかったかのように、また、あーんの体勢で待ち受けている。まだやるんですか!?


 ハーネット令嬢を無視して、私のあーんを待っているアドリアン王子に、ハーネット令嬢がフルフルと怒りに震えながら、涙をためてこちらを睨んでいる。


「くれないのかい?なら君が食べるといい。

 ほら、あーん。」

 そう言って、デザートのチェリーを摘んで、私に食べるよう、うながしてくる。


「見、見られて……。」

「誰もいないさ。」

「いますってえ!」

「私には君しか目に入らないからね。」


 そう言って目の奥を覗き込んでくる。

 う、うう……。心臓が苦しい。食べてしまえばこれから開放されるのよ!えいっ!


 私がチェリーを食べた唇に、アドリアン王子の指先が触れる。チェリーを口の中に軽く押し込んで、甘く微笑んでくる。

 見ていられなくて目をそらしてしまった。


 至近距離心臓に悪い!慣れない!

「うううう〜!なに無視してるのよぉ。

 人の前でイチャついてえ!」

 ハーネット令嬢が涙目で睨んでくる。


「アドリアンさま!私が!私こそが星読みの聖女なんです!そんな女に騙されないで!」

「ほら、もうひとつお食べ。」


 アドリアン王子は本当に私しか見えていない、私の言葉しか聞えていないかのように、ハーネット令嬢を完全無視。


「絶対、ぜったい証明してやるんだから!」

 泣きながらハーネット令嬢が走り去って行った。騒がしい人ね、まったく……。


「もしかしなくても、わざとですよね?」

「ん?なにが?ほら、あーん。」

「普通に食べましょうってえ!」

 結局ぜんぶ、あーんで食べさせられた。


 帰りも帰りで、アドリアン王子の馬車で送り迎え。というか、朝も迎えに来てくれた。


 正式に聖女になった私には、王宮から護衛がついたんだけど、その馬車に乗ることをアドリアン王子が制して、自分の馬車に乗るように、強引に私を馬車に引き込んだ。


 御者席の横に護衛が座り、乗る筈の主のいない空の馬車が、アドリアン王子の馬車の後ろからついてくる。

「ようやく2人きりだね。」


「お昼もそうだったと思いますけど。」

「あれは見られる可能性があっただろう?

 ここならもっと大胆なことをしても、誰も見咎める人間はいないからね。」


 本来向かい合って座るべき馬車に、しっかり私の隣を陣取っているアドリアン王子。

「もっと大胆なことって……。

 なにをする気ですか!?」


「……どうして欲しい?」

 私の髪を指に巻き取って見つめてくる。

「ど、どどど、どうって……。」


「ほんとはね。聖女の能力開放に必要な具体的な方法を、私は母上から教わっているんだよね。だから君にそれをするのは簡単だけれど、大切にしたいとも思っているから。」


 中指の背中でそっと、私の頬を撫でるアドリアン王子。

「簡単にはすることが出来ない。

 それがとても悩ましいんだ。」


 熱いまなざしで見つめてくる。

 息が出来なくて苦しい。

「試してみたいことがあるんだ。」


「……どんなことですか?」

 たくさん息を吸うことが出来なくて、小声で問いかける。


「……君に直接触れなくても、聖女の能力の開放に影響を与えられるかどうか。」

「試してみたいです。」


「言質、取ったからね?」

 アドリアン王子が妖しく微笑む。あれ?これ私、なにかマズいことでも言った?


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