3 占星術家の注文


「…まずは、自己紹介をしませんか?」

「ああ、そうですね。すみません」


 男性はそう言うと、ごほんと咳払いをして小さな口を開いた。


「クェンティン・キンバリーと言います。ベルギンのシュラトという街にある傭兵団で働いています」

「カルメン・ブラウンです。この料理店の店長で、本職は杖職人」

「杖職人」

「杖を作っているの。お店を閉めたあとにね、各地から取り寄せた上質な枝を削って」

「そうだったのですか。やけに杖がたくさん置いてあると思えば……」

「収集家だと思った?」

「そうですね」


 クェンティンはカルメンを見上げながら、はにかんで言った。

 その笑顔に心癒されながら、ティムが用意してくれた紅茶をこくりと飲んだ。ほんのり苦い紅茶は、きっと冷えた体にみてるのじゃないかな……と考えていると、クェンティンはあごに手を当てながら言った。


「うちの占星術家アストロロジーは全部で六人います」

「そんなに?」

「全員、流れ者ですけど。……彼らをここに連れてくることってできないですよね」


 クェンティンは魔精地帯の特性をよく知っているらしい。一般的に、魔精たちは余所者を嫌う上、占星術家アストロロジーとは相性が悪い。

 正直言うと、霞の森で魔法杖を売るのは、頭が悪い行為としか言えない。でも、カルメンはここを出て行くことができないし、出ようという気さえない。


「わたしが売りに行きましょうか?」

「えっ、それは有り難いのですが……シュラトは遠いですよ」

「大丈夫。──それに、遠いにも関わらず貴方が来られているってことは、道はあるってことでしょう?」

「そうですね。実は、うちの占星術家アストロロジーの一人に送り迎えさせているんです。……ミズ・カルメンさえよければ、一緒に行きませんか?」


 クェンティンは手を差し出すと、真剣な顔で言った。きっと、その〝戦争〟とやらに本気なのだろう。……それだけ傭兵団のことを思っているのか。

 もちろん、カルメンに断る理由わけなどなくって、こちらも真剣な顔で「お願いします」と言った。




 カチャカチャと食器の打つかる音が鳴り響く。カルメンは泡の付いた手で、垂れてきた髪を耳に掛ける。泡が髪に付いたような気がしながら、「はぁ」と溜め息を漏らした。


「一日店を休まなきゃ……」


 そう呟くと、水で洗い流した手を拭いて、食器を拭き始める。

 カルメンはこの森を何度も出入りしている。杖の素材を買いに行くときだってそうだ。山を降りて、街の木材店や素材屋で買っている。…けれども、魔精地帯から出るのは、人生で初めてだった。

 シュラトの街は、この魔精地帯から少し離れた場所にある。傭兵団と言うだけあって、こんな辺鄙へんぴなところではなく、都市部で活躍しているのだろう。


「それなら、どうしてキンバリーさんはこの店に来てくれているの?」


 そもそも、どうやってこの店を知ったのだろうか。聞く限りでは、魔精地帯出身でもなさそうだし……。


「……なら、どうして魔精たちが嫌がらない?」


 そんな疑問に直面したカルメンは、むむむと頭を悩ませたあとに、「まぁいいわ」と考えることを放棄した。そのまま、機械のように食器を拭く。ぽた、ぽたとシンクに落ちる水の音だけが、やけに響いている気がした。



 - ❋ -



 クェンティンが足取り軽く兵舎に帰ると、五人の占星術家アストロロジーたちが彼を囲んだ。送り迎えを頼んでいた男──ディビスを合わせると、この傭兵団の占星術家アストロロジーが全員揃ったことになる。


「…キンバリー、杖はどうでしたか?」


 真っ先に聞いてきた男は、興味津々という風にクェンティンの肩を掴んだ。自分よりもずっとずっと背の高い男だったからか、クェンティンは少しだけ眉を寄せる。

 この男は占星術家アストロロジーの中でも丁寧で、気配りができる男だが、一度興味を持ったことには容赦がない。クェンティンは呆れる思いで、口を開く。


「それですが、売りに来てくれる事になりました」

「! そうなのですか……ふふ」

「ねぇねぇ上質な杖って、どんな杖なんだ」


 すると今度は、別の占星術家アストロロジーが話し掛けてくる。子供っぽい喋り口調だが、がたいはこの中で最もいかつかった。クェンティンは薄目で男を見上げると、「自分の目で見てください」と言った。

 そのまま自分の後ろに立っていたディビスを見上げると、ディビスは檸檬れもん色の瞳をきらきらと輝かせる。


「クェンティン、ナナカマドの杖はあったか」

「な、……知らない」


 一概に杖と言っても、杖には種類がある。ナナカマド、イチイ、マツなど、芯に使う木の種類は多い。それに、聞くところによると一角獣の角や火蜥蜴の尻尾なども使うらしい。けれど、どう使うかクェンティンは知らなかった。


「クェンティンはあまり詳しくないでしょう」

「良い得物を選ぶのは得意だけどね」

「……そうですが。じゃあ、今度、ミズ・カルメンに聞いてみます」


 クェンティンがそう言うと、占星術家アストロロジーたちはニヤニヤしだした。それに気味悪く思っていると、ディビスがクェンティンの肩を叩きながら言う。


「俺がお前の未来を占っておいてやろう」

「いや、別にいいのですが」

「キンバリー、応援していますよ」


 クェンティンは頭に疑問符を浮かべながら、自室へ戻った。



 - ❋ -



 カルメンは玄関で、荷物の確認をする。足元には大きな三つのトランクがあり、中には短杖ワンドがぎっしりと詰められていた。その上、トランクにはいくつもの長杖ステッキが括り付けられている。トネリコ、ブナノキ、リンボクなど色々な木の枝から作られた杖たちだ。どれも、カルメンの自慢の逸品だった。


「確か…キンバリーさんが来てくれるのよね……」


 そう思って暫く待っていると、突然、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。その光景に見覚えがあって、思わず息を飲む。歪みは徐々に大きくなり、外からドカッと二人の人間が飛び込んできた。

 人間のうちの一人がバランスを崩したので、カルメンは思わず抱き止める。


「だ、大丈夫?」

「いたたっ……これも魔精の悪影響なのか…」


 茶色の髪の男性はそう言うと、目の前のカルメンを見下ろした。その檸檬色の瞳が、とても綺麗だと思った。けれど、その顔が真っ赤になっていくのに気づいて、慌てて離れようとする。


「レディ!? あ、いや、これは違くて……」


 カルメンが手を離すと、男性はしどろもどろしながら言い訳を言うかのように口をもごもごとさせた。ちらちらと後ろの人物──クェンティンを見る姿は、まるで失敗をした子供のようにも見える。


「…ディビス、そんなに謝ってどうしたのですか」

「いやな、クェンティン、これは……嫌だろう」


 萎んだように言った、ディビスと呼ばれた男性は、なぜかカルメンを見ると顔を真っ赤にさせた。その顔でクェンティンを見るものだから、(なんてものを見せているのかな…)と元々死んでいる表情がもっと無になった気がした。


「別に、構わないのですが」

「あ、そうなのか」


 そのまま、「勘違いだったのか……」と言うディビスは、正直、不審者にしか見えない。


「…はじめまして、カルメン・ブラウンよ」

「あ、ああ。ディビス・ザックスだ。この度はよろしく頼む」


 彼はちらちらとクェンティンの顔を見ながら、差し出されたカルメンの手を握る。それから、ごほん! と咳払いをすると「じゃあ、早速シュラトに向かおう」と言った。


「ミズ・カルメン、持ち物はこれだけですか」

「はい、店内に置いておいた魔法杖という杖をかき集めてみたわ」

「おお……これは、ブナか? こっちはサンザシか!」


 ディビスは興奮したように言うと、目をきらきらと輝かせる。

 (まるで子供みたい)なんて思ったカルメンは、荷物を持ってくれたクェンティンに「ありがとう」というと、占星術家アストロロジーであるディビスを見上げた。

 どうやってシュラトに行くのか、なんとなく予想はついていたけれど、改めて聞くべきだと思ったので、カルメンは、彼の言葉に耳を傾けた。


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