第一章


 マジに言えば、世界はいよいよ病んでいた。


 詳しくは分からないけれど、たぶん人口が増えすぎたんだろうと思う。天国に行く連中が多すぎてとうとう現世に送還されたとか、住民が一万人以下の合併してない市町村なんかが纏めて採算が取れなくなったとか、それに食糧問題とか。安らかな滅亡、そう言うしかない。

 けれど理由なんてどうでもよかった。世界とは、主語を大きくすれば人間なんて連中はみな、結果論的にしか生きられない。そういうモノだ。兎も角も、この時点では誰も世界が終わるなんて信じられない。加えて誰も無気力というのでもない。明日世界が終わるというは、日々の習慣をやめる理由には足りないだけだ。


 ところでここ数日の間ちまたを賑わせていたのは金の掛かる長編スペクタクル終末論ではなく、学園内政変の話題であった。下世話に言えば目前に近づいた想像も及ばないドデカい不幸よりも、よく見知った他人の不幸である。

 飛び込んできたニュースというのは、生徒会役員の一人が賛成過半数により罷免されたというモノであり、まあここまでは良くある話なのだが、加えて生徒会は罷免された当人を対象に"生徒会規約第79条"による動議を行った。

 誤解を恐れず言えば、彼はされたのだ。


 ここでちょっとしたお勉強をする必要があるのだけど、どうか読み飛ばさず聞いて欲しい。


 私たちの学園においては生徒主体の理念から自治を担うのはもっぱら生徒会であり、彼らは生徒綱領に基づく学園内規約の範囲内で学内運営の自由裁量が認められている。校内行事、他委員会と部の予算編成、校舎の改築や増築、授業割に至るまで(ご苦労なことだ)。

 だが彼らにも手が出せない領域というのもあり、それは生徒個々人の処遇である。どれだけ強大な権力を持つ生徒会であっても、生徒を一存で退学に追い込むなんて事はできないのだ。それは綱領の理念において、『――在籍する生徒は如何なる学園内の強制力を以てもその身体的・精神的自由を妨げられることはなく、また不当に処罰されることは無い』という具体的記述から確認できる。

 しかし堤防に空いたネズミの通り穴の様に、何にでも例外はある。


 生徒会が行える学園生徒に対する最も重い処分とは、やはり退学処分であるのだが、他にも幾つかの選択肢がある。でなければただ注意をするだけの口煩いしゅうとめとそう変わりない。

 生徒会規則(よく学園生徒規則と混同される)に挙げられている実際的処置としては、自主退学勧告、役職解任命令、参議権停止、等々…。


 今度の月例委員会に動議として提出されたのは、まさにその内の一つであった。

 この動議が果たして誰から出されたモノか、生徒会から出されたのは間違いなかったけれど書面ではいつも通り匿名性が維持されているし、連中は連中で結束して新聞部にすら漏らそうとはしない。だが生徒間の中ではある流布があった。

 それは現生徒会長の発案に依るモノだという話である。


 生徒会長。彼女は女傑として名が知れていた。男女共学前、女学園時代の学園長肝入りで眉目秀麗に博覧強記。その上学園創設以来初めての、4回(4年生)での当選だ。もちろん最年少での選任だから5回生の連中には恨まれているに違いない。ただ裏方に回っている最高学年にとってはかなりのお気に入りらしく、またそこがややこしいのだが、私の知った事ではなかった。そしてそんな学園の大物は決まって表立った動きはしないモノである。居るべき場所に顔を出す事と自己顕示欲とはああいう連中にとってまた別の問題なのだ。

 そんな彼女がたった役員一人の解任、そして部長職解任の動議の為に動くのか?


 つまりそこの所が学園を騒がせている要因である。単純に考えれば偶然にも没落しかかっている奴を立ち上がれなくなるまでボコボコに殴りつけるのは道理だし、平安時代からの日本の伝統行事だと私は考えていた。それほどかけ離れてはいなそうだけど。

 学内を騒がしている要因というのはもう一つあって、先程の第79条とやらに問題があった。79条と続く80条は56条にある"在籍生徒の処分に対する制限規定"の注釈のようになっているのだけど、その内容とは『学内治安における不安・不和、もしくは生徒会と学園の秩序安全に対する妨害やその煽動を行った者として――』、と続く本文である。

 彼は学園創設以来初めて、内乱罪に問われているのだった。


 偶然とは二度続くモノだろうか?

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