二日目

『朝の冷え込みとHP』





 外で一夜を明かしたのが初めてのことでしたので、その朝、私は痛烈に思い知ることになったのですが。

 夏場でも野宿の朝はやたらと冷え込むということでした。

 私は寒さでまだ夜も明けきらないうちから目覚め、上体を起こすとまず身を震わせました。というのも、睡眠による体温の低下でしょうか。身体が芯まで冷え切っていたのです。

 これはまったく寝耳に水でした。

 私は冬場でもないのに歯をかたかたと鳴らすほどに縮み上がって、しばらく寒さに耐えるしかありませんでした。

 火だ。火も必要だ。

 容れ物と火。今日はその二つを必ず見つけなければ。

 手で腕周りをこすり、動けるようになってきたところで私はその場に立ち上がると、全身を激しく動かしてさらに発汗を促しました。

 その頃からスライムくんも目を覚まして私の様子をじっと眺めていましたが、あいにく私はすでに昨日の時点で恥じらいを捨てています。そんな視線など恐るるに足らず。それよりも身体を温めるほうが先決なのでした。

 しばらくすると陽が昇り、真横から眩く、時として熱いほどの日射が注がれます。私は丘の上まで走り抜けてみて、その眩しさに腕で覆いを作りながら、いつしか寒さは忘れ、しかし次の瞬間にはもう目をこれでもかというほどに開け広げて、息を呑み、またしても歓声をあげていました。

「うわぁ……」

 赤い、朝日に照らし出される草原はまるで金銀財宝の山のように黄金一色に染まり、実に見事な絶景を浮かび上がらせていたのです。

 こんなに清々しい朝は、実のところ産まれて初めてでした。

 遥か彼方の空に、地球から見た他の天体のように薄く白んで見える朽ちた高架を眺めて思います。

 バカな人間たち。

 ビルなんてなくしてしまえばよかったのよ。

 それほどに人が余るのなら追い出せばよかったのよ。手に余るくらいなら無闇に産まなければよかったのよ。

 こんな景色を見られるような公園が、あるいは時間的、精神的な余裕が当たり前にある世の中だったなら、誰も転生など夢枕にも思わなかったろうに。

 ぐぅ、とお腹がなってセンチメンタルな空気が吹き飛んだところで、私はまたスライムくんのところに戻りました。

 食料は昨日全部食べたわけではなかったのです。いつ食べられなくなるかもわからないのだから、残しておくのは定石。そう思って戻ったところ、丘の上に残っているのはスライムくんと今は食べられない果物だけなのでした。

 スライムくんはどこかしら満足そうにして、私を見上げていました。

 私はスライムくんの頭の上に手をやってみて、またがちりとさせると、その間隙、横に引っ叩きます。

 これはヒットしました。水を叩いたような柔らかい感触が私の手のひらに残る一方、ぷるんっとスライムくんは肌を波打たせながら多少大袈裟なまでに横に転がり、その時、私はあるものに気付きました。

 というのも、スライムくんの丸みを帯びた頭の上に何やら緑の横線が浮かび上がっています。私は目頭をこすりながら、再確認。そのうちに横の線は消えていました。

 もう一度殴って確かめてみたいという気持ちは正直に言ってありました。けれど、今確かに見えた光景を振り返ると、スライムくんの頭上に浮かんだ横の線は端から空きが出来ていたように思えたのです。ともすると、これは、HPではあるまいか。すなわち、これがなくなったとき、このスライムくんはおそらく、死んでしまわれる……。

 それは。

 それは、あまり良くない。

 一度転生した身でありながらこんなことを想うのは非常に不敬かつ傲慢な二枚舌のように思われましたが、例え魔物であれ、私の計算して残しておいた果物を食べたとはいえ、そのようなことは死ぬる理由にはならないと思われるのです。

 起き上がったスライムくんはちょっと狼狽えたように私を見つめていました。

 私が手を伸ばすと、がちり。と、昨日よりも勢いよく噛みついてきます。

 しかし、私が見出した隙は残ったままでした。ああ、まるでプログラムのようだ。意図して弱点が設定してあるかのようだ。私は思いながら……改めてそのルーチンの隙をつくと、ふっとスライムくんを持ち上げ、抱きしめてみたのです。

「ごめんね。叩いちゃってごめんね」

 私は繰り返し、言いながら、頭を撫でると、彼(便宜上)を地面に下ろして、神殿の森へと向かいます。

 私自身に同じような体力ゲージがあったとして、それは微弱ながら減り続けている状態であることは想像に難くありませんでしたし、もしこの世界が転生に準えたそのものの形であり、ゲームやプログラムのように出来ているとしたら、果物や木の実でそれが回復するのはお決まりだと考えたから。

 そしてもう一つ、神殿というからにはそれなりの捧げ物が見つかるかもしれない。そんな期待を込めての捜索でした。





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