独の短編集
黒糖飴
第1話 *もしも意識が入れ替わるのなら。その1
朝起きたら、あの人と身体が、いや、意識が入れ替わっていた。
いつも見ていた、綺麗な顔。しなやかな身体。今は、私のもの。
鏡で顔を見る。いつまでも見ていられそうなくらい、美しい。なんだか不思議な感覚だ。間近で見たことはなかった。いつも、遠くから眺めるだけだったから。
一人称は、なんだっけ。「僕」っていう顔をしているけど、確か「俺」と言っていた。好きな食べ物は、誕生日は、友達の名前は、、、、歩きながら、思い出していく。わかったことは、私は彼のことをあまり知らない、ということ。それだけ。
スマートフォンは、指紋認証で開けることができた。私の身体に入っている彼と連絡を取ろうとして、ふと、気づく。私たちは、連絡先の交換もしていなかった。
彼の友達らしき人が、バス停にいて、こちらに手を降振っている。助かった。学校まで、行けそうだ。
「おはよう。」
「、、こんにちは。」
昼休み。盛大に遅刻してきた私の身体に入った彼に、私が話しかけると、少し気まずそうな様子で返事をしてきた。
「午前中は大変だったよ〜。君のふりをしていたんだけど、案外難しいね。なるべく喋らないように、授業中以外は本を読んでいたんだけど、クラスの人にびっくりされたよ。普段、どれだけ本読まないの(笑)」
「、そうなんだ。俺は、学校まで来るのに時間がかかった。普段はどうやってきているんだ?」
「えっと、〇〇駅まで行って、そこからJRに乗り換えて、最寄り駅まできて、10分くらい歩くんだよ。」
周りから見たら、変な光景だっただろう。性格が入れ替わっているのだから。
「ねえ、このままだったらどうする?私は別にいいよ、君の顔は綺麗だからね。あ、でも君は嫌だよね(笑)」
「いや、、、俺も、別に嫌ではない。」
なぜか赤面しながらいうから、不思議に思ったけれど、すぐに気がついた。
「ああ、私の身体、好きなようにできるもんね(笑)」
「なんでそうなるんだよ!いやそれもあるけど!お前の顔も十分綺麗だって意味だよ!」
「え」
沈黙。
「うん。うん、ありがとう。嬉しい。両想いだ。」
「そうかよ」
「それはそうと、こんな機会、滅多にないじゃん?」
「ああ、切り替え早いな」
「好奇心の塊である私は、今、性別が入れ替わった状態で、やってみたいことがあるのだけど。」
「あ、なんか、察した」
私は、自分の身体の耳に口をよせ、言う。
「ちょっと、押し倒していい?」
目の前にある私の耳が、赤くなっていった。
と言うわけで、放課後、空き教室にいる。ここなら、誰も来ないだろう。
「準備、いい?(笑)」
「準備も何も。さっさと終わらせよう。」
返事を聞いて、私は私の身体の肩に手をかける。そして、ふと、違和感に気づいた。
「ねえ、これさ、私が今私の身体を押し倒そうとしている状態?」
「ああ。そして、俺は自分の身体に押し倒されそうになっている状態だ。」
「「おかしいぞ」」
誤算だった。この状態で押し倒したとしたら、もし意識が元に戻ったとき、どちらの記憶が残るのだろう。
私が、私の身体を押し倒す、今の意識の記憶。
私が、此奴に押し倒される、身体の記憶。
入れ替わりの仕組みが、関わってくる問題だ。
前者なら、脳が丸ごと入れ替わっている状態となる。
後者なら、人格や性格のみ入れ替わっている状態だ。
ただ、今私は、普段通りの私として思考している。つまり、前者の方が可能性は高いのだ。
だが、後者でないと言い切れるほどの証拠はない。つまり、試すしかない。
「、、、試すしかない。面白くなってきた。」
「え、おい!」
ドサッ
私は、私の身体を押し倒した。
柔らかな陽の光と、朝ごはんの匂い。
どうやら、夢だったみたいだ。
結局、どっちなのだろう。
否、もう、わからない。
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