またいつか

「さて、君達の番だよ」


 『私はもういい』と早々に引き下がり、魔塔主は別れの挨拶を済ませるよう促してくる。

なので、遠慮なく師匠に近づいた。


「師匠、改めて色々ありがとうございました。これまで育ててくれたことはもちろん、狩猟大会で助けてくれたことも全部。本当に大変お世話になりました」


「僕からも深く感謝申し上げます」


 私の隣に並んでしっかりと頭を下げ、ディラン様は精一杯の誠意を示す。

その傍で、魔塔主が『えっ?私には、いつもいい加減な態度なのに……』と嘆いているが、完全に無視を決め込んでいた。


「まだまだグレイス嬢をここに残していく不安は大きいでしょうが、他国に居る貴方の耳にまで入るくらい活躍して安心させてみます。それから────」


 一度言葉を切って手のひらを上に向け、ディラン様は魔力を放出した。

かと思えば、二組の魔術式を作成する。

それも、一見タトゥーにしか見えないタイプの。


「「「!」」」


 ちゃっかり師匠のやり方を真似た彼に、私達は瞠目した。

こんなの一朝一夕で出来る訳ないから。


 私だけは事前に何をするのか聞いていたけど……実際に見ると、衝撃が大きいわね。


 『まさか、本当に出来るとは……』と呆気に取られる中、ディラン様は私と師匠の手首を掴む。

と同時に、作成した二つの魔術式をそれぞれ貼り付けた。


「────これは僕からの餞別です。術式内容はどちらか一方・・・・・・が死にかけたとき、互いの居場所を示すというもの」


 『相手の居る方角と距離が分かります』と説き、ディラン様はそっと手を離す。

と同時に、師匠と魔塔主は魔術式をじっと見つめた。


「完璧な術式だ……まさかあの言語を読み解くだけでなく、完全にマスターしたのか?」


「いやぁ、若い才能というものは本当に素晴らしいね〜」


 感心し切りといった様子でうんうんと頷き、魔塔主は自身の顎に手を当てる。

『ディランはまだまだ伸び代がありそうだ』と呟く彼を他所に、私は手首をそっと撫でた。


「これなら互いの安否を確認出来ますし、いざという時駆けつけられます」


「国外追放処分という観点から、転移などの移動術式は組み込めませんでしたが……」


 発動時の私の居場所にもよるが、エテル騎士団の一員である以上、基本は帝国に居るため師匠を転移させる訳にはいかなかった。

なので、ディラン様と話し合ってお互いの居場所を把握出来る仕様にしたのだ。

これならギリギリ法律違反にならないだろう、と踏んで。


「ありがとう、最高の贈り物だよ」


 手首に張り付いた魔術式を優しく撫で、師匠は穏やかに微笑んだ。

『これで少しは安心出来る』と呟く彼を前に、私達はホッと胸を撫で下ろす。

ここに残って生きていくことを選んだとはいえ、師匠の不安を少しでも和らげられるならそうしたかったため。


「────おっと、そろそろ時間かな?」


 魔塔主は0時に差し掛かった掛け時計を眺め、『タイムリミット、ギリギリだ』と述べた。

すると、師匠は手のひらから魔力を出して魔術式を作成する。

従来の言語を用いて。


「立ち会い人、転移術式の確認を」


「はいはい、分かっているって〜」


 師匠の手元を覗き込み、魔塔主は術式に目を通した。

と同時に、スッと目を細める。


「うん、問題ないね。ちゃんと国外に座標を指定しているし、安全装置も完璧。発動していいよ」


「ああ」


 魔塔主からお墨付きをもらった師匠は、慣れた様子で魔術式に魔力を流し込む。

────と、ここで掛け時計の針が11時59分を示した。


「師匠」


「何?」


 『言い忘れたことでもある?』と顔を上げ、師匠はこちらを見つめる。

その間も、魔術式へ魔力を流しながら。

『発動まで、あと何秒あるか』という状況を前に、私はそっと目を伏せた。


「私────師匠が師匠で、本当に良かったです」


 彼の選んだ関係性、教育方針、生き方……その全てを肯定し、私は穏やかに微笑む。

だって、師匠と過ごした日々に後悔なんてないから。

『ここはこうして欲しかった』などの願望も、特にない。

本当にただただ幸せで、楽しい毎日だった。


「あぁ、僕も……グレイスがグレイスで、本当に良かったよ」


 目尻にうっすら涙を浮かべ、師匠はこちらへ身を乗り出す。

と同時に、コツンッと額同士を合わせた。


「お前との出会いが、僕を救ってくれたんだ。だから、僕より先に死ぬな。ずっと、元気で……長生きしてくれ」


「はい」


 間髪容れずに頷くと、師匠は満足そうに笑って傍を離れた。

そして、ディラン様の方へ向き直る。


「グレイスを頼むよ」


「もちろんです」


 『お任せください』と即答し、ディラン様は背筋を伸ばした。

普段はとんでもない猫背なのに。

意志の強さを態度で表す彼を前に、師匠はゆっくりと後ろへ下がる。


「またいつか、お前達に会えることを祈っているよ」


 そう言うが早いか、師匠はついに────魔術式を発動させた。

と同時に、直視出来ないほどの光がこの場を包み込む。

あまりの眩しさに誰もが目を閉じる中、師匠は一瞬にして姿を消した。ついでに鞄も。


「「「……」」」


 私もディラン様も魔塔主もただじっと師匠の居た場所を見つめ、別れの余韻に浸る。

物悲しいような……薄寂しいような感覚に陥りつつ、そっと目を伏せた。

────と、ここで0時を知らせる鐘が鳴り響く。

普段は聞き流してしまうほど慣れ親しんだメロディだが……今日はやけに耳に残った。

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