メロディの最期《ヴィクター side》
「それにしたって、何でリンガ村なの?他のところじゃ、ダメ?」
『もっと、ここから近い場所でもいいんじゃないか』と問い、メロディは顎に手を当てた。
かと思えば、任務続行可能なエリアをいくつか挙げる。
どうにかしてこちらの経歴を守ろうとする彼女に、僕は複雑な感情を抱いた。
経歴なんて、どうでもいいのに。だって、僕は帝国に追われる身となったんだから。
まあ、幸いあちらはまだこちらの動きを察知していないようだけど……でも、どこから情報が漏れるか分からない。
なので、早く逃げたいというのが本音。
一応、バレるまで繋がりを持っておく手もあるが……メロディの看病をしながら、帝国を騙し続けられるほど僕は器用じゃない。
何より、凄く手間だった。
『もしかしたら、一度帰国を命じられるかもしれないし』と考えつつ、僕は赤紫色の瞳を見つめ返す。
「リンガ村を選んだのは、この薬の材料を調達するためだ。ここだと、なかなか手に入らないらしいから」
嘘。材料はここでも普通に手に入る。
ただ、帝国の追跡を撒くために離れた場所へ行きたいだけ。
『あんな僻地にまで探しに来ることは早々ないだろう』と考える中、メロディは小さく肩を落とした。
「そう……ごめんなさい、私のせいで」
「いや、謝らないで」
『謝るのはむしろ、僕の方だ』と思いつつ、必死にメロディを宥める。
────と、ここでコンコンッと窓を軽くノックされた。
どうやら、予め呼んでおいた馬車が到着したらしい。
「迎えが来たみたいだから、そろそろ出発しよう」
────と、宣言してから直ぐに馬車へ乗り込み、リンガ村へ行った。
そこで『薬草採取しやすいから』とか何とか理由を付けて、森の中に小さな家を建てる。
無論、防犯として結界を張っているため安全だ。
肉食動物や魔物の巣窟であるこの森に住むなんて普通は有り得ないけど、帝国に見つかった時のことを考えると、街には住めない。
直ぐに制圧されてしまうから。
でも、ここなら野生の脅威があるから多少なりとも時間を稼げる筈。
そうなれば、逃げ切れる可能性も高まる。
『とにかく、メロディとの最後の時間は誰にも邪魔させない』と強く胸に誓い、僕はこの半月を大事に大事に過ごす。
後悔のないように────と言っても、結局何かしら後悔するんだろうが。
「メロディ、今日はとてもいい天気だよ」
ここ数週間ですっかり痩せこけてしまった彼女を見下ろし、僕は笑い掛ける。
泣きそうになるのを、必死に堪えながら。
今日が医者の言っていたタイムリミット……余命当日。
単なる目安でしかないことは分かっているけど、何故だろうな……メロディと一緒に
『僕の勘が鈍っているだけだと信じたいが……』と悩みつつ、ベッドで横たわるメロディを見つめる。
それはもう穴が開くほどに。
「見すぎよ、ヴィクター」
「ごめん……目を離したら、メロディがどこかへ行ってしまいそうで怖いんだ」
つい不安になって弱音を零すと、メロディは呆れたように笑う。
でも、決して『そんなことはないわよ』とは言ってくれなかった。
それこそが、答えだろう。
嗚呼、本当にもうすぐ全部終わるんだな……。
メロディの目の前まで来てしまった死の足音を感じ取り、僕は唇を噛み締める。
こうなることは分かっていた筈なのに……覚悟は出来ていた筈なのに、いざ現実になると動揺した。
否が応でも揺さぶられる心を前に、僕はメロディの手を強く強く握り締める。
『どこにも行かないでくれ』と心の底から願う僕に、彼女は空いている方の手を伸ばした。
「ヴィクター、今まで本当にありがとう」
スルリと優しく僕の頬を撫で、メロディは穏やかに微笑む。
が、どこか暗い印象を受けた。
『やはり、死ぬのは怖いのだろう』と考えていると、彼女は悲しそうに……申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「それから、ごめんなさい────私のために、たくさんの罪と嘘を背負わせてしまって」
「!!」
予想外の発言に驚いてしまい、僕は咄嗟に反応出来なかった。
『な、何で……?』と狼狽える僕を前に、メロディは一つ息を吐く。
「愛する人のことだもの、分かって当然よ」
『隠し通せると思っていたの?』と肩を竦め、メロディはポンポンと僕の頭を撫でた。
かと思えば、僅かに目を潤ませる。
「本当はもっと早く気づいて、止めてあげるべきだったのに……ごめんね」
「っ……!違う!これは僕の意思で……!」
堪らず反論を口にすると、メロディはそっと目を伏せて微笑んだ。
「うん、知っている。でも……それでも、
「それは……そうだけど」
言葉に詰まって何も言えなくなる僕に、メロディは『ほらね』と少し得意げになる。
と同時に、手を下ろした。
「まあ、私もヴィクターの立場だったら同じことをしたかもしれないけどね。だから、別に責めるつもりはないの。ただ────貴方の背負っているものを分けてほしいだけ」
僕の中にある罪悪感を少しでも減らすためか、メロディはそう申し出た。
どこか凛とした雰囲気を放つ彼女に、僕は小さく息を呑む。
これが死を目前に控えた人間なのか?と。
「夫婦は喜びも悲しみも分かち合うものなんだから、罪や嘘も半分こにしないと。だから、ちょうだい。ねっ?」
メロディはこちらに手を差し出し、『さあ、早く』と促す。
赤紫色の瞳に慈愛を滲ませる彼女の前で、僕はごく自然に……そうなるのが当たり前かのように、手を重ねた。
『あっ……』と思った時にはもう遅くて、しっかり手を握り返される。
「ありがとう、ヴィクター」
お礼を言うのは、僕の方なのに……メロディは凄く満足そうな表情を浮かべた。
かと思えば────力尽きたように脱力する。
ベッドへ落ちた彼女の手を前に、僕は慌てて身を乗り出した。
「メロディ……!」
もう一刻の猶予もないのだと悟って頭の中が真っ白になる僕は、右へ左へ視線をさまよわせる。
まるで迷子になったかのような錯覚を覚える中、メロディは微かに唇を動かす。
「あ……い……して……る」
か細く、小さな声で……でも、ハッキリと愛の言葉を紡ぎ、彼女は柔らかく微笑む。
と同時に────息を引き取った。
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