師匠
「本当に師匠のようですね……ところで、何故こちらに?」
たまたま居合わせたとは思えず質問を投げ掛けると、彼は私の背中を軽く突いた。
「お守りが、発動したからだよ」
「えっ?この魔術式って、師匠を呼び出すものだったんですか?」
反射的に聞き返す私に対し、師匠は少し驚いたような反応を見せる。
「あれ?僕、魔術式だって説明したっけ?」
『お守りとしか言っていない筈』と訝しみ、師匠は首を傾げた。
かと思えば、小さく肩を竦める。
「まあ、いいや」
大して重要なことでもなかったのか早々に割り切り、師匠はこちらを向いた。
「その魔術式はね、グレイスの命が危険に晒された時のみ発動するやつなんだ。効果内容はそちらの予想通り、僕の召喚」
「なるほど。つまり、私のピンチに駆けつけるためのものだったんですね」
「ポジティブ過ぎる解釈だな。まあ、否定はしないけどさ」
『お前は相変わらずだなぁ』と苦笑を漏らし、師匠はこちらへ手を差し伸べる。
恐らく、そろそろ立てということなのだろう。
『怪我はもう治っているんだから』と言いたげな師匠の視線を前に、私は彼の手を借りて立ち上がる。
「ありがとうございます、色々と」
助けに来てくれたことや治療してくれたことなど諸々引っ括めてお礼を言うと、師匠は一つ息を吐いた。
「別にいいよ、これくらい。弟子の尻拭いは師匠の役目だから」
ヒラヒラと手を振って答え、師匠はおもむろに腕を組む。
と同時に、グルッと周囲を見回した。
「それはそれとして、これはどういう状況なんだ?」
血に濡れた地面と倒れた人間達を一瞥し、師匠は頭を捻る。
『なんか、死んでいる奴も居るし』と困惑する彼の前で、私はミリウス殿下の方を見た。
「その説明はディラン様を治療していただいた後でも構いませんか?生死を彷徨うほどの重体なので」
『治療を優先してほしい』と述べる私に、師匠は一つ頷いた。
かと思えば、急いで魔術式を作り上げて発動する。
「一先ず、目に見える怪我は治したが……何か他にもあるな。これは病気……いや、毒か?」
食い入るようにディラン様のことを見つめ、師匠は怪訝そうに眉を顰める。
────と、ここで呆気に取られていたミリウス殿下が平静を取り戻した。
「ああ、その通り。私達は敵の策略に嵌って、少し毒ガスを吸ってしまったんだ」
『直ぐに応急処置はしたけど』と補足するミリウス殿下に、師匠は考え込むような素振りを見せる。
「そうか。毒の種類は?」
「残念ながら、分からない」
「なら、気管や肺を浄化してあとは自然治癒に任せよう」
『少量なら、大抵これで何とかなる』と言い、師匠は追加の魔術式を作成した。
と同時に、発動する。
目に見える変化は特にないけど、少しは楽になったかしら?
『というか、毒なんて摂取していたのね』と驚いていると、ミリウス殿下が顔を上げた。
「ありがとう。おかげで、かなり良くなったよ」
「そう」
相手が皇太子だと知らないせいか、師匠は素っ気なかった。
が、ミリウス殿下に気にした様子はない。
恐らく、命の恩人だからだろう。
「とりあえず、自己紹介させてもらってもいいかな?あと、状況説明も出来れば私の方からさせてほしい」
『一番の当事者だから』と言い、ミリウス殿下は師匠の承諾を待つ。
「まあ、ちゃんと事実を語ってくれるなら誰でもいいよ」
『どうぞ』と二つ返事で応じる師匠に対し、ミリウス殿下は礼を言った。
そして、先に自分の名前と立場を明かしてから本題へ切り込んでいく。
命の恩人に対しては誠実でありたいのか細部まで語り尽くすミリウス殿下に対し、師匠は頬を引き攣らせた。
「はぁ……つまり、皇太子の護衛になって大暴れした結果こうなったのか」
「色々と省略し過ぎている気もするけど、一応そうなるね」
「嘘だろ……皇室に仕えているだけでも厄介なのに、そんな……」
『トラブルに愛され過ぎだよ、ウチの弟子』と嘆き、師匠は額に手を当てた。
何やら思い悩んでいる様子の彼を前に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
基本飄々としている師匠が、ここまで取り乱すなんて珍しいわね。
その口振りからして、皇室がネックになっているみたいだけど……昔、何かあったのかしら?
師匠の過去についてあまり詳しく知らない私は、『元々皇室の関係者だったのかな?』と考える。
────と、ここでディラン様が目を覚ました。
「こ、こは……」
寝起きで意識がぼんやりしているのか、ディラン様は状況を呑み込めない様子。
『あれ?まだ森の中?』と困惑しながら周囲を見回し、額に手を当てた。
かと思えば、突然立ち上がる。
「グレイス嬢、どうしてそんなに血だらけなの!?」
『服も破れているし!』と言い、ディラン様はこちらへ身を乗り出した。
急いで魔術式を構築しようとする彼に対し、私は
「もう治していただいたので、大丈夫です」
と、声を掛ける。
すると、ディラン様は一瞬ホッとしたような素振りを見せるものの……直ぐに表情を硬くした。
「でも、大怪我を負ったのは事実でしょ!?何があったの!?」
気が気じゃない様子でこちらに詰め寄り、ディラン様は私の手を握る。
が、師匠によって叩き落とされてしまった。
「ウチのにあんまり触らないでもらえる?」
「はっ?ウチの?グレイス嬢と、どういう関係なの?」
アメジストの瞳に不快感を滲ませ、ディラン様は師匠のことを睨みつけた。
なんだか不穏な空気になるこの場を前に、ミリウス殿下が二人の間へ入る。
「落ち着いて、二人とも。とりあえず、お互い自己紹介しよう。そしたら、多分敵意もなくなるから」
『グレイス卿の関係者だと分かれば、仲良く出来る筈』と考えたのか、ミリウス殿下はそう提案した。
『言い争うのはそれからでも遅くない』と説得する彼の前で、ディラン様と師匠は顔を見合わせる。
少々不服そうな表情を浮かべながら。
「……第一級魔術師でグレイス嬢の恋人、ディラン・エド・ミッチェル」
「はっ?恋人?」
名前や肩書きよりも私との関係性に衝撃を受け、師匠は目を丸くした。
かと思えば、私の両肩を掴んで前後に揺さぶる。
「おまっ……!いつの間に恋人なんか……!まだ早いだろ!」
「いや、早いということはないと思いますけど。エタニティ帝国では、十代のうちに結婚や婚約を済ませるのが普通みたいですし」
「そういう問題じゃない!」
「じゃあ、どういう問題なんですか?」
コテリと首を傾げて問い掛けると、師匠は一瞬言葉に詰まる。
────と、ここでディラン様が師匠の手を引き剥がした。
「気安く、触らないで。グレイス嬢は僕のものだから」
素早く私の背後に回ってギュッと抱き締め、ディラン様は独占欲を露わにする。
その途端、師匠は額に青筋を浮かべた。
「はぁ?命の恩人に向かって、その言い草はなんだ?」
『せっかく、怪我を治してやったのに』とぶつくさ文句を言う彼に対し、ディラン様は目を剥く。
と同時に、自身の体を見下ろした。
「治っている……完璧に」
今になってようやく怪我のことを思い出したのか、ディラン様は心底驚いた様子を見せる。
「あの怪我を治すには、第二級魔術師以上の実力が要る筈……治癒専門の魔術師でも、ここまで綺麗には……しかも、毒の効果まで薄めている……」
自分の体調を冷静に分析し、ディラン様は目を見張った。
魔塔所属の魔術師でもないのに、こんなこと可能なのか?と。
緊張した面持ちで前を見据える彼は、警戒心を前面に出す。
「君は一体、何者なの?」
満を持して投げ掛けられた疑問に、師匠は
「グレイスの師」
とだけ、答えた。
すると、ディラン様はハッと大きく息を呑む。
「じゃあ、君がグレイス嬢の育ての親……」
「なんだ、もうそんなことまで聞いていたのか。余程、グレイスに気に入られているんだな。こいつは誰にでも懐くけど、誰にでも心を開く訳ではないから」
『変なところで理知的なんだよ』と言い、師匠は私の腕を引っ張る。
その際、私を抱き締めるディラン様の手が離れた。
「でも、残念だが────お前にグレイスを託すことは、出来ない。こいつはこのまま、連れて帰る」
「「「えっ?」」」
ディラン様のみならず私やミリウス殿下まで動揺を示し、固まった。
まさか、こうなるとは思ってなくて。
「どうしてですか?何で
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