戦闘開始

「まあ、これだけ対策しても────二点ほどイレギュラーは起きたけどね」


 もう全てを見透かしているのか、ディラン様はこれでもかというほどサミュエル殿下を煽った。

すると、相手が一瞬だけ頬を引き攣らせる。

恐らく、図星だったのだろう。


 イレギュラーって、一体何かしら?

話を聞く限り、サミュエル殿下の作戦は順調に進んでいるように見えるけど。


 見事なまでに魔物に囲まれた現状を見つめ、私は内心首を傾げる。

────と、ここでディラン様が腕を組んだまま一本指を立てた。


「まず、兎が僕達を放置して君の元へ帰ってしまったこと。本来であれば目標地点に辿り着き次第、兎が足を止め、僕達に狩られる殺される算段だったんじゃない?それで、の匂いにつられた魔物達が現れて僕達を襲うという寸法」


 元々サミュエル殿下の考えていた作戦を言い当て、ディラン様は魔物達に視線を向ける。


「いくら躾を施されているとはいえ、所詮は本能に忠実な生き物。空腹を感じれば、迷わず牙を剥く筈。美味しそうな匂いを嗅いだ後となれば、尚更」


 魔物の数に対して餌の量が圧倒的に足りないので、お預けを喰らう者は必ず現れる。

そのとき、『我慢する』という選択肢を取れるほど魔物は賢くない。

きっと、食欲を満たすために手近な者から襲っていくだろう。


 そうなると、餌との距離が近いディラン様達は特に危ないわね。

魔物達は先に兎の方を襲う食べるだろうから。

狩りを始めるのは、そのあと。


 と考え、私は危機感を覚える。

囮も兼ねて一旦兎を回収するべきか迷う中、ディラン様は立てた指を一本追加した。


「もう一つのイレギュラーは、熊の魔物による襲撃。君達の躾を無視して行動したのか、全く関係のない野良だったのかは不明だけど、兎は奴らに恐れを成して逃げてしまった。なので、君は焦って僕達の前へ姿を現したんじゃない?だって、どう考えてもここで登場する必要なかったと思うし」


 『混乱のあまり、変な行動へ出てしまったんだろう』と結論づけ、ディラン様は小さく肩を竦める。

やれやれと言わんばかりに。


「作戦の要を知能の低い魔物にするから、こうなるんだよ」


 非難するような言い方で咎めるディラン様に対し、サミュエル殿下は僅かに眉を顰めた。

が、直ぐに表情を取り繕う。

相手のペースに乗せられるな、と自制するかのように。


「忠告、痛み入るよ。でも、呑気に会話なんかしていいのかな?確かに僕の作戦は穴だらけで、お世辞にも上手くいったとは言えないけど────狙い通りの結果ではあるよ」


 『一応、望んだ状況にはなっている』と主張し、サミュエル殿下はこちらの不安を煽った。

『現実を見なよ』と促してくる彼に対し、ディラン様は押し黙る。

不味い状態であることは、よく理解しているため。


 苦境だからこそ、会話で相手の動揺を誘おうとしたんだろうけど……残念ながら、ほぼ効果なしね。


 余裕綽々とまでは行かずとも、しっかりと冷静さを保っているサミュエル殿下に、私はスッと目を細める。

『心理戦は諦めて、潔く物理に切り替えた方が良さそう』と思いつつ、足を踏ん張った。

────そろそろ、魔物達の睨み合い・・・・も終わりそうだったので。


 もう時期、戦況が動く。


 そう確信する中、魔物達が一斉に移動を始めた。

お目当ては、地面に転がる兎の死体。

『予想通りの展開ね』と思案する私は、剣片手に後を追い掛ける。

そして、通り過ぎざまに何体か魔物を倒しながらディラン様達の元へ駆け寄った。

と同時に、すっかり冷たくなった兎を抱き上げる。

すると、案の定魔物達は怒り狂った。

自分の餌を横取りするな、と。


「ディラン様、私は魔物達の注意を引き付けます。その隙にミリウス殿下を安全なところへ」


 現状考えられる最善策を提示し、私は森の奥へ進んだ。

大勢の魔物を引き連れて。


 後でディラン様に『また勝手な行動をして!』と叱られそうだけど、救援を望めない以上こうするしかないわ。

最悪なのは、魔物達に取り囲まれて乱戦になることだから。


 『サミュエル殿下の思い通りには、させない』と奮起し、五百メートルほど走ってから足を止める。

このまま逃げ回ってもいいが、もし他の参加者に遭遇した場合色々と厄介のため。

『戦力が増えるならいいけど、そうじゃなかったら……』と考えつつ、私は剣を構えた。

あっという間に周りを取り囲む魔物達を前に、私は────兎を投げる。

その途端、魔物達は我先にとジャンプした。兎を食べるために。


 予想通り、私から気が逸れた。数を減らすなら、今のうち。


 二度は使えない手なので、私は気を引き締める。

『この結果次第で、戦況が変わる』と自分に言い聞かせ、剣を振った。

先程と同様、風圧を利用する形で数十体の魔物の首を刎ね、包囲網から抜け出す。

さすがに囲まれたまま戦うのは、厳しいから。

それにディラン様達の方へ行かせないよう、森の手前側を取りたかった。


「残り約五十体と言ったところでしょうか」


 こちらの攻撃と魔物同士の削り合いによって、かなり頭数は減った。

が、それでも多いことに変わりはない。

特に今回は色んな種類の魔物が居るので、その分攻撃……というか、魔法のバリエーションも豊富だった。


 これまでは餌の争奪戦だったから躾の効果も相まって魔法を使わなかったけど、狩りと認識すれば……。


 より激化していくであろう戦いを想像し、私は強く剣を握り締める。

と同時に、魔物達は兎の死体を平らげた。骨すら、残さずに。

『物凄い勢いで貪り食っていたものね』と思い返す中、魔物達はふと周囲を見回した。

スンスンと鼻を鳴らしながら。

多分、他に餌がないか探っているのだろう。


 さて、いよいよ本番かしらね。


 魔物達の視線が集まってきていることを察知しつつ、私は身構える。

別にこちらから仕掛けてもいいが、最優先事項はディラン様達のところへ行かせないことなので、あまりここから動きたくない。

『とにかく、足止めさえ出来ればいい』と考えていると、魔物達がついに痺れを切らした。


「覚悟はしていましたが……これは圧巻ですね」


 炎水雷風などなど……様々な魔法が自身へ降り注ぎ、私は苦笑を漏らす。

と同時に、剣を振るった。


 とりあえず、炎系の魔法を優先して対処しよう。二次被害が凄まじいから。


 私は風圧を利用していくつか魔法を打ち消し、続いて近くの魔物を切り刻む。


 次の魔法を打つまでまだインターバルがある筈だから、その間に炎系の魔法を使う魔物だけでも減らしておきたい。


 などと思いつつ、私は黒い狼や虎を重点的に狙った。

その結果、六体ほど減らすことに成功。

『本音を言えば、もうちょっと数を減らしたかったのだけど……』と思案し、元の位置へ戻る。


「さすがに狩りモードの魔物は強いですね」


 種族ごとにある程度統率が取れていることもあり、苦戦を強いられた。

『一筋縄では、行かないか』と再認識しつつ、次の魔法攻撃を捌く。

そして、しばらく同じような流れを繰り返していると────数体の魔物が一斉に走り出した。

互いに少し横幅を空けて。


 この魔物達は他に比べて、知能が高い。こちらの嫌がる行動をよく理解している。

だからこそ、分散して仕掛けてきたのだろう。


 私の攻撃範囲は正直、それほど広くない。

風圧を利用したあの技があるとはいえ、ここまで分散されたら対応は難しい。

もちろん、何とか対処するつもりではあるが……あくまで剣士である私には限界があった。

『とりあえず、両端に居る魔物を風圧で落として他は直接切り刻むしか』と考え、剣を振るう。

すると、狙い通り両端の魔物が深手を負って倒れた。

放っておけば、時期に命を落とすだろう。


 出来るならトドメを刺したいけど、今はこっちを優先しないと。


 ここを突破しようと走ってくる残りの魔物に目を向け、私は駆け出した。

手近な個体から順当に首を斬り落としていき、風圧も利用しながら何とか耐える。

その際、何箇所か手傷を負ってしまったものの、気にせず戦った。


 一先ず、知能の高そうな個体は全て倒した。

あとは、食欲に駆られている個体だけ。


 『策を練られる心配がない分、倒しやすい』と考えつつ、私は向かってくる魔物を切り伏せる。

次々と飛んでくる魔法攻撃を、すんでのところで躱しながら。

『あともう一踏ん張り』と自分に言い聞かせること数十分……何とか全ての魔物の撃破に成功。

だが、喜ぶのはまだ早い。


 今すぐ、ディラン様達のところへ戻らないと。

恐らく心配は要らないと思うけど、万が一ということもあるから。


 『あとから、後悔するようなことにはなりたくない』と思い立ち、私は地面を蹴った。

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