疑念

 とりあえず、頭数を減らして行こう。

また一斉攻撃を仕掛けられたら、面倒だから。

ディラン様の魔術があるとはいえ、何度も集中砲火を浴びていたらこちらが不利になる。


 『あまり頼り過ぎないように』と肝に銘じ、私は剣を振るう。

出来るだけ大きく、長く。

すると、熊の集団はそれぞれ前後左右へ動いた。

風圧による攻撃を避けるために。

まあ、それでも何体かは避け切れずに負傷したり戦闘不能となったりしたが。


 ここまでは目論見通りね。あとは手数で攻めて、相手を倒すだけ。


 『連携を取る暇なんて、与えない』と奮起し、私はひたすら風圧攻撃を仕掛けた。

完全に力押しの戦法だが、魔物相手には有効だったのか次々と倒れていく。

この調子なら、救援を待たずに片付けられそうだ。

『的が大きいと、狙いやすくていいわね』と考えつつ、私はまたもや剣を振るう。

────と、ここで複数の足音を耳にした。


 音の大きさや響き方からして、恐らく人間ね。

もう救援が来たのかしら?


 『思ったより、早かったわね』と驚き、私は顔を上げる。


「お二人とも、あちらの方向から人が来ます」


 テントやステージのある方向を指さし、私は念のため情報を共有。

『もうすぐ到着する筈です』と言い、剣を握り直すと────例の方向から騎士達が現れた。

その中には、何故か……


「皆、無事?」


 サミュエル殿下の姿もある。

本来であれば、森の外で大人しく待機しておくべき人物なのに。

『何故、わざわざ危険なところこんなところへ?』と疑問に思う中、彼はスッと目を細めた。


「三人とも、無傷みたいだね。良かったよ」


 『救援要請された時は凄く焦った』と零し、サミュエル殿下はゆっくりと近づいてくる。

ミリウス殿下に手を差し伸べながら。


「さあ、こっちへ。早く森から出よう」


 『救援隊の僕達と一緒なら、安全に移動出来る』と言い、サミュエル殿下は自分の手を取るよう促した。

が、ミリウス殿下は動かない。

ディラン様も、結界を解くことはなかった。


「どうしたの?そこに居たら、いつまで経っても脱出出来ないよ?」


 不思議そうに首を傾げ、サミュエル殿下はパチパチと瞬きを繰り返す。

『もしかして、出られないの?』と問い掛ける彼の前で、ミリウス殿下は溜め息を零した。


「白々しいにもほどがあるよ、サミュエル」


 『いつまで猿芝居を続けるつもりだ』と肩を竦め、ミリウス殿下は剣の柄に手を掛ける。

明確な敵意を露わにする彼に対し、サミュエル殿下はフッと笑みを漏らした。


「あー、やっぱりバレているか」


 『残念』と小さく肩を落とすサミュエル殿下に、ミリウス殿下は失笑する。


「そりゃあ、これだけ腹心をゾロゾロ連れてくればね」


「あれ?こっちの部下のことまで、把握しているの?」


 『仕事が早いな〜』とボヤき、サミュエル殿下は腕を組んだ。

かと思えば、ゆるりと口角を上げる。


「まあ、知っていたところで状況は変わらないけどね。兄さんをここにおびき寄せた時点で、僕の勝利は確実」


「さあ、それはそうだろうね?」


 ミリウス殿下は焦りも不安も見せず、余裕そうに振る舞う。

すると、サミュエル殿下は僅かに眉を顰めた。


「何?秘策でもあるの?もしかして、僕達は偽物の救援隊で本物は後から来るとか思っている?残念だけど、それはないよ。ちゃんと正式に来たから。まあ、お目付け役として何人か別の騎士が付いてきたけど。でも、そいつらはもうこの世に居ないし」


 『ここに来る途中で処分してきた』と仄めかし、サミュエル殿下は少しばかり身を乗り出す。


「どうする?もう一回、救援要請してみる?」


「いや、やめておくよ。救援要請したところで、緑の信号弾を打ち上げられるだけだろうから」


 『さっきの合図は誤り』という意味の信号弾があることを指摘し、ミリウス殿下は肩を竦めた。

無駄に終わると分かっていることをわざわざする趣味はない、と言いたいのだろう。


「ははっ。相変わらず、察しがいいね。でも、危機察知能力は低いみたい。ここまで追い詰められているのに、全く状況を理解していないんだから」


 『普通は号泣する場面だよ』と呆れるサミュエル殿下に、ミリウス殿下は小さく笑った。


「いや、状況は理解しているよ。ただ、感覚が麻痺しているだけ。つい最近まで、毎日のように襲撃を受けていたから」


 『こういうイレギュラーには、耐性がある』と語り、ミリウス殿下はチラリとこちらを見る。


「それに────僕には、優秀な護衛が二人も居るからね。負ける気はしないよ」


 『彼らなら、きっと守り切ってくれる』と信じ、ミリウス殿下は前を向いた。

と同時に、サミュエル殿下は愉快げに目を細める。

まるで、こちらを小馬鹿するみたいに。


「優秀な護衛、ね」


 どこか含みのある言い方で復唱し、サミュエル殿下はおもむろに腕を組んだ。


「確かに優秀だね、才能もある。でも、果たして信頼出来るのかな?────友人のディラン・エド・ミッチェルはさておき、最近知り合ったグレイス卿の方は」


 チラリとこちらに視線を向け、サミュエル殿下は表情を硬くする。

どことなく緊迫した空気を放つ彼の前で、ミリウス殿下は眉間に皺を寄せた。


「何が言いたいんだい?」


 不快感を露わにするミリウス殿下に対し、サミュエル殿下は両手を上げる。

『まあまあ、落ち着いて』とでも言うように。


「いや、僕はただ純粋に心配しているだけだよ。兄さんが騙されているんじゃないか、って」


 『悪意なんてない』と主張し、サミュエル殿下は困ったように笑った。

かと思えば、真剣味を帯びた瞳でこちらを見据える。


「だって、どんなに調べても────彼女の過去は分からなかったから。経歴はもちろん、出身や誕生日さえも」


「「!?」」


 ミリウス殿下とディラン様は大きく息を呑み、固まった。

衝撃のあまり目を白黒させる彼らの前で、サミュエル殿下はスッと表情を引き締める。


「あくまで可能性の話だけど、グレイス卿って────他国からの間者スパイなんじゃない?」


「なっ……!?いい加減なことを言わないでくれる!?」


 思わずといった様子で口を挟み、ディラン様は猛烈にサミュエル殿下を非難した。

敬語も建前も忘れて反発する彼を前に、サミュエル殿下はやれやれとかぶりを被る。

『これだから、色恋にうつつを抜かすやつは』とでも言うように。


「いや、よく考えてみなよ?ただの平民が入団そうそう、第一騎士になれる訳ないだろう?しかも、兄さんと親交の深い君へ近づいて、まんまと恋人関係にまでなってさ。これ、完全にスパイの常套手段でしょ」


 『ターゲット本人ではなく、その周りに近づいて情報を得るってやり方』と指摘し、サミュエル殿下は不信感を植え付ける。

が、ディラン様は全く響いていない様子。


「こじつけが過ぎる!本当にグレイス嬢がスパイなら、入団そうそう第一騎士になるような目立つ行動は取らないでしょ!」


 『絶対に怪しまれるから!』と主張し、ディラン様はサミュエル殿下の言い分を真っ向から否定した。

かと思えば、真っ直ぐに前を見据える。


「第一、グレイス嬢はそんな人間じゃない!よく知りもしないで、勝手なことを言うな!」

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