お願い
◇◆◇◆
────建国記念パーティーから、早一ヶ月。
アルカディア様の自白により、十二年前の誘拐事件・数ヶ月に渡る私への襲撃事件・イアン様達を使った人体実験事件など……諸々明るみになった。
中でも一番驚いたのは、イアン様達がディラン様を裏切るようこっそり誘導していた事実。
わざと彼らのプライドを傷つけたり、煽ったりしてディラン様の傍から離れるよう画策していたようだ。
魔塔で孤立させれば、誘拐しやすいと踏んで。
まあ、見事失敗に終わったけど。
『私がイアン様達の策略を暴いちゃったからね』と肩を竦め、魔塔へ向かう。
団長より託された資料を持って。
アルカディア様やイアン様達の事情聴取が粗方終わったので、当事者たるディラン様に情報を共有するのだ。
「────あれ?グレイス嬢、どうしたの?」
魔塔再建のため浮遊魔術で石材を運んでいたらしいディラン様は、作業の手を止める。
と同時に、機嫌良く笑った。
「もしかして、僕に会いに来てくれたの?」
「はい。団長より、またおつかいを頼まれまして」
資料の束を見せながら微笑み、私は小走りでディラン様の元へ駆け寄った。
『どうぞ』と手に持ったものを差し出す私に、彼はちょっと拗ねたような表情を浮かべる。
「そっか……仕事で来ただけなんだ」
「はい」
「……僕に会いたいとか、そういう気持ちはないの?」
僅かに頬を膨らませつつ、ディラン様はじっとこちらを見つめる。
いつになく不満げな彼を前に、私は
「ありますよ。だから、おつかいを引き受けたんです」
と、ありのままを語った。
すると、ディラン様は一瞬固まり……カァッと顔を赤くする。
「ふ、ふ~ん……」
緩む頬を手で押さえながら相槌を打ち、ディラン様は資料を受け取った。
かと思えば、その場で目を通す。
別に急ぎの用件じゃないから、後でいいのに。
「アルカディアはちゃんと調書に応じているみたいだね」
「はい。もう観念したのか、ペラペラ喋ってくれますよ」
「なら、良かった。ところで、処罰はどうする予定なの?」
『そろそろ決まる頃だろう?』と尋ねてくるディラン様に、私は苦笑を漏らす。
「まだ決まっていません。フラメル公爵家の意向を汲んで、裁判になる予定なので」
「あー……それじゃあ、ろくな死に方はしないだろうね」
『両親も兄も凄く怒っていたから』と語り、ディラン様は小さく肩を竦めた。
どこか哀れむような表情を浮かべる彼に対し、私はスッと目を細める。
「一度ならず、二度も家族を傷つけた犯人ですからね。許せないという気持ちは、よく分かります。私も正直……カッとなってしまいましたから」
『冷静さを欠くなんて情けない』と
すると、ディラン様は驚いたように目を剥く。
「えっ?カッとなったって、いつ?」
「建国記念パーティーの騒動の時ですが」
「う、嘘……グレイス嬢、凄く冷静だったよ?」
「いえ、そんなことはありません。うっかり殺気を出してしまう程度には、カッとなっていました」
当時のことを思い出し、私は『不甲斐ない……』と肩を落とす。
とりあえずポーカーフェイスは保っていたものの、内心腸が煮えくり返るような思いだったから。
自分の好奇心を満たすためだけにディラン様を利用し、痛めつけるなんて許せない。殺してやる。
────と、何度思ったことか……。
『結構ギリギリのところで、理性を保っていたなぁ』と思案する中、ディラン様は少し頬を緩める。
「僕のために怒ってくれていたんだ……えへへ」
『嬉しい』という感情を前面に出しながら、ディラン様は熱を帯びた瞳でこちらを見た。
「やっぱり、凄く好きだなぁ」
しみじみといった様子でそう呟き、彼はこちらへ手を伸ばす。
「ねぇ、グレイス嬢。お願いがあるんだ」
優しく私の頬を包み込み、ディラン様はうんと目を細めた。
どこか切ない雰囲気を醸し出す彼の前で、私は小さく首を傾げる。
「はい、何でしょう?」
何の気なしに話の先を促すと、彼はコツンと額同士を合わせた。
「────僕を好きになってほしい。尊敬とか憧れとかそういう意味じゃなくて、恋人に向けるような……そういう愛をちょうだい」
いつもの強請るような……縋るような言い方ではなく、ディラン様は真っ直ぐ且つ切実に求めてきた────私の“好き”を。
「僕を君の唯一にして。僕と
アメジストの瞳にこれでもかというほどの愛情を滲ませ、ディラン様は『お願い』と頼み込む。
そんな彼の前で、私は────思わず笑ってしまった。
『人生こんなに上手くいっていいものなのか』と自問しながら。
「そのお願いは必要ありませんよ。だって────もうディラン様のことを好きになっていますから」
アメジストの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、私は嘘偽りのない本心を伝えた。
すると、ディラン様は弾かれたように顔を上げ、軽く肩を掴む。
「ほ、本当……!?尊敬とか、憧れとかそういう意味じゃなくて!?」
「はい。と言っても、自覚したのは最近ですけど」
顎に手を当てながらその時の光景を思い出し、私はスッと目を細めた。
「先程、話したこと覚えていますか?アルカディア様の言動に怒ってしまった、というアレです」
「う、うん。覚えているけど……って、まさかそのとき自覚したの?」
「はい。自分で言うのもなんですが、私は基本冷静です。あんな風に怒ることは、滅多にありません。それこそ、好きな人に関することでもなければ」
架け替えのない存在だから平静を欠いてしまったんだと語ると、ディラン様はまたもや顔を赤くする。
でも、今度は目を逸らさなかった。
「そ、そっか」
浮ついた様子を隠すように口元を手で覆い、ディラン様はどことなく表情を和らげる。
『嬉しい』という感情を隠し切れていない彼は、いつものように私の手を取った。
「じゃあ、これから僕達は恋人……」
「いえ、それはまだダメです」
「えっ?何で?両思いなのに……まさか、身分のことを気にしているの?」
呼び方を変更する際に一悶着あった内容を引っ張り出し、ディラン様は
「それなら、爵位を返上してくるよ。フラメル公爵家の戸籍からも外れるよう、手配してくる。僕にとって、身分はそれほど重要なものじゃないから」
と、説得してきた。
『今すぐ身分を捨ててくる!』と言って皇城へ向かおうとする彼に、私は呆気に取られる。
が、直ぐさま平静を取り戻し、彼の腕を掴んだ。
「いえ、違います。そういう理由じゃありません。ディラン様が身分をあまり気にしていないのは、よく理解していますから」
『それにこういうのは、当事者同士の気持ちが一番大切ですし』と述べ、引き止める。
せっかく努力して手に入れた地位や家族との繋がりを捨てさせるなんて、とんでもない。
『絶対に止めなくては』と決意する中、ディラン様はゆっくりとこちらを振り返った。
「じゃあ、何で……?僕の何がいけないの?言ってよ、全部直すから……」
半泣きになりながら懇願し、ディラン様は自身の前髪を強く掴む。
「両思いなのに、付き合えないなんて……焦れったくて、頭がおかしくなりそう」
苦しそうに顔を歪め、ディラン様はじっとこちらを見つめてきた。
本音を探るような眼差しを前に、私はそっと眉尻を下げる。
『別に大した理由じゃないのに、不安にさせてしまったな』と反省しながら。
「ディラン様に不満なんて、ありません。ただ、貴方からはまだハッキリと『好き』だと言われていないな、と思いまして。私はちゃんとお互いの気持ちを確認してから、お付き合いしたいんです」
『態度だけじゃなく、言葉でも気持ちを伝えてほしい』と願い、私は掴んだ腕をそっと持ち上げた。
そのまま自身の胸元に押し当て、いつもより早い心音を共有する。
私も結構緊張しているんですよ、と伝えたくて。
『こっちだけ告白なんて、不公平じゃないですか』と述べる私に対し、ディラン様は放心した。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながら。
「……そういえば、ちゃんと言ってなかったね」
『もう伝えたつもりだったよ』と零し、ディラン様はまじまじとこちらを見つめた。
そして、咄嗟に嘘の理由を述べた訳じゃないと悟ると、安堵の息を吐く。
『なんだ、そんなことか』と言わんばかりに。
すっかり拍子抜けした様子で肩の力を抜き、彼はこちらに向き直った。
かと思えば、
「……あ、改めて言うのはなんだか照れるな」
と、少し弱腰になる。
でも、私との交際に必要な過程だからか……それとも、私の願いだからか『やっぱり無理』と逃げることはなかった。
恥ずかしそうにしながらもしっかり私を見て、彼は一つ深呼吸する。
と同時に、表情を引き締めた。
「グレイス嬢、僕は君のことが好きだ。一生一緒に居たいし、誰にも君を渡したくない。だから、その……結婚を前提に付き合ってほしい」
緊張のせいか少し声は震えているものの、紡ぐ言葉はどこか熱を帯びていて……ディラン様の真剣な気持ちが伝わってくる。
『愛されている』という実感が湧いてくるような告白に、私はふわりと笑みを零した。
嬉しいような……擽ったいような感覚を覚えつつ、胸に押し当てた彼の手を持ち上げる。
「はい。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
そう言って、私はディラン様の手の甲に口付けた。
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いつも、『心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった』をお読みいただき、ありがとうございます。
作者のあーもんどです。
本作はこれにて、第一章完結となります。
第二章の執筆に伴い、しばらく更新をお休みします。
再開時期は未定です。
決まり次第、小説家になろう様の活動報告にてお知らせ致します┏○ペコッ
(恐らく数ヶ月単位で間が空いてしまいますが、更新再開をお待ちいただけますと幸いです……!)
また、この場をお借りして言わせてください。
いつも評価やブックマークなど、ありがとうございます!
大変励みになります!
今後とも、『心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった』をよろしくお願いいたします┏○ペコッ
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