一番怖いこと《ディラン side》
「お二人とも、動かないでくださいね」
そう言うが早いか、グレイス嬢は僕達の後を追うように落下した。
かと思えば、剣を抜く。
非常事態にも拘わらず、やけに落ち着いている彼女は空へ向かって剣を振った。
その途端、落下スピードは上がり、僕達より先に着地する。
と同時に、急いで体勢を整えた。
少し遅れて落ちてきた僕達を軽々と受け止め、地面に置く。
「お怪我はありませんか?」
自分が一番重傷を負っているのに、グレイス嬢はまず僕達の体調を気遣った。
どこまでも優しいグレイス嬢に呆然としていると、彼女は不意に剣を構える。
「あれだけの爆発を引き起こしておいて、まだ生きているとは……」
「ははははっ。これでも、一応第二級魔術師ですからな。治癒魔術くらい、お手の物です」
瓦礫の山からひょっこり姿を現したアルカディアは、服こそボロボロだが……無傷だった。
いや、この場合は完治したと言った方がいいだろうか。
『
「さて、グレイス卿。ここから、どうしますか?その足では、お得意のスピードも出せないでしょう?これ以上、足掻いても無駄だと思いますが」
「それはやってみないと、分かりません」
間髪容れずにそう切り返し、グレイス嬢はチラリと皇城の方を振り返る。
「それにこれだけ派手な爆発を引き起こせば、他の者達も騒ぎに気づく筈です。増援が来るまでの時間稼ぎくらいなら、この足でも充分可能かと」
欠けた方の足を軽く揺らし、グレイス嬢は嫣然と笑った。
全く平静を崩さない彼女に、アルカディアはクスリと笑みを漏らす。
「確かにそのうち増援は来るでしょうが、皇城と魔塔はかなり離れています。ましてや、今は建国記念パーティーの真っ最中。来客の安全を最優先にしないといけない状況で、私を牽制出来るような
『逆にお荷物が増える可能性まである』と主張しつつ、アルカディアはゆっくり歩を進めた。
まるで、こちらを挑発するかのように。
「どこまで持ち堪えられるか、見ものですね」
そう言って、アルカディアは手のひらから魔力を垂らし、魔術式を構築する。
それも、複数。
手数で攻め切る算段なのか、氷の矢や炎の槍を十数個作り出し、一斉に放った。
かと思えば、また別の攻撃魔術を生み出す。
おかげでグレイス嬢は息をつく間もなく、防御に徹しなければならなかった。
「ほう?これだけ多くの攻撃を四方八方から繰り出しているのに、まだ耐えますか」
『しぶとい方です』と言い、アルカディアは更に手数を増やす。
優に百を超えるであろう氷の矢を散らし、アラン目掛けて放った。
前後左右あらゆる方角から迫る攻撃を前に、アランは息を呑み縮こまる。
ガタガタと震えることしか出来ない彼の傍で、グレイス嬢は剣を振るった。
その
が、足首を失ったことで行動を制限されているせいか、頬や腕に軽い傷を負った。
「ぐ、グレイスさん……」
「大丈夫です。気にしないでください。それより、ちょっと失礼しますよ」
ニッコリ笑ってアランを抱き上げ、グレイス嬢は素早くその場を離れる。
さすがに第二波は防ぎ切れない、と判断したようだ。
「おや?いいのですか?そんなに離れて」
クイッと人差し指を動かし、アルカディアは第二波として放った炎の矢を────僕の方に向ける。
その瞬間、グレイス嬢は焦ったような表情を浮かべた。
かと思えば、剣を振った時の風圧で空中に浮いたまま方向転換し、弾丸のように飛んでくる。
『間に合って……!』と呟きながら。
「ディラン様、頭を伏せてください!」
目いっぱいこちらへ手を伸ばし、グレイス嬢は着地した。
と同時に、アランを下ろし、僕の腕へ捩じ込む。
そして────上から覆い被さるようにして、少し身を屈めた。
あっ、これは……ダメだ。
と、悟った時にはもう遅くて……幾百もの矢が、僕達のところへ降り注ぐ。
グレイス嬢はソレを必死になって捌くものの……全ては防ぎ切れなかったようで、腰と肩を負傷した。
深く突き刺さった氷の矢を力任せに引き抜き、地面へ投げ捨てる。
でも、腰と肩は凍ってしまっていて……矢に触れた手も若干
あれでは、まともに剣を握れない。
「ディラン様、アランくん、お怪我は?」
「俺らはない、けど……グレイスさんが……」
「ご心配には及びませんよ。これくらい、慣れてますから。お二人が無事なら、それでいいんです」
一点の曇りもない眼でそう言い切り、グレイス嬢は身を起こした。
かと思えば、直ぐさま第三波の対応に追われる。
もうとっくに体は限界を迎えている筈なのに……。
弱音一つ吐かずに、ただ前だけを見据えて僕達を守ってくれた。
僕は────一体、何をやっているんだろう?
好きな子を守るどころか、庇われて……怪我までさせて。
この場を打開する力がありながら、未だ二の足を踏んでいる。
『情けない』の一言に尽きる現状に、僕は強く手を握り締める。
徐々に傷を増やしていくグレイス嬢を見つめ、歯軋りした。
『きっと、度重なる負傷で上手く体を動かせないんだ』と分析しながら。
このまま、グレイス嬢の優しさに甘えていいのか?
怖いから、と……好きな子の窮地を見過ごして、いいのか?
そうやって、ずっと逃げ続けていいのか?
────彼女を失うことになっても?
「っ……!ダメだ……そんなの……絶対ダメだ!」
弱い己を律するように叫び、足腰に力を入れる。
まだ手も足も震えているが、それでも何とか立ち上がった。
と同時に、アルカディアを真っ直ぐ見つめる。
怖い……逃げてしまいたい。何も見ず、知らず、考えずにこの場をやり過ごしたい。
でも────それじゃあ、グレイス嬢を守れない。
僕にとっての最悪は……一番怖いことは彼女を失うこと。
だから、今ここでトラウマを乗り越えないと。
手足が凍りつくような感覚を覚えながらも、僕はきちんと
その瞬間、せり上がるような恐怖と不安を覚えるものの……頭が真っ白になる事態だけは何とか避ける。
『踏ん張れ』と自分に言い聞かせ、僕はまず結界魔術を展開した。
半透明の壁で周囲を包み込み、ゆっくりと前へ進む。
そしてグレイス嬢の肩を叩くと、
「ありがとう。ここから先は僕に任せて」
と言って、横を通り過ぎた。
ハッとしたように目を剥く彼女の前で、僕は結界の外に出る。
と同時に、もう一つ自分専用の結界を張った。
『大丈夫……僕なら、倒せる』と深呼吸する中、後ろから
「ディラン様」
と、声を掛けられた。
『もしかして、引き止めるつもりかな?』と思いつつ振り向くと、柔和な笑みを浮かべるグレイス嬢が目に入る。
「どうぞ、ご存分に」
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