一番怖いこと《ディラン side》

「お二人とも、動かないでくださいね」


 そう言うが早いか、グレイス嬢は僕達の後を追うように落下した。

かと思えば、剣を抜く。

非常事態にも拘わらず、やけに落ち着いている彼女は空へ向かって剣を振った。

その途端、落下スピードは上がり、僕達より先に着地する。

と同時に、急いで体勢を整えた。

少し遅れて落ちてきた僕達を軽々と受け止め、地面に置く。


「お怪我はありませんか?」


 自分が一番重傷を負っているのに、グレイス嬢はまず僕達の体調を気遣った。

どこまでも優しいグレイス嬢に呆然としていると、彼女は不意に剣を構える。


「あれだけの爆発を引き起こしておいて、まだ生きているとは……」


「ははははっ。これでも、一応第二級魔術師ですからな。治癒魔術くらい、お手の物です」


 瓦礫の山からひょっこり姿を現したアルカディアは、服こそボロボロだが……無傷だった。

いや、この場合は完治したと言った方がいいだろうか。

十二年前あのときも治癒魔術を駆使して逃げたのか』と思案する中、アルカディアはニッコリ笑った。


「さて、グレイス卿。ここから、どうしますか?その足では、お得意のスピードも出せないでしょう?これ以上、足掻いても無駄だと思いますが」


「それはやってみないと、分かりません」


 間髪容れずにそう切り返し、グレイス嬢はチラリと皇城の方を振り返る。


「それにこれだけ派手な爆発を引き起こせば、他の者達も騒ぎに気づく筈です。増援が来るまでの時間稼ぎくらいなら、この足でも充分可能かと」


 欠けた方の足を軽く揺らし、グレイス嬢は嫣然と笑った。

全く平静を崩さない彼女に、アルカディアはクスリと笑みを漏らす。


「確かにそのうち増援は来るでしょうが、皇城と魔塔はかなり離れています。ましてや、今は建国記念パーティーの真っ最中。来客の安全を最優先にしないといけない状況で、私を牽制出来るような強者つわものが来るかどうか……」


 『逆にお荷物が増える可能性まである』と主張しつつ、アルカディアはゆっくり歩を進めた。

まるで、こちらを挑発するかのように。


「どこまで持ち堪えられるか、見ものですね」


 そう言って、アルカディアは手のひらから魔力を垂らし、魔術式を構築する。

それも、複数。

手数で攻め切る算段なのか、氷の矢や炎の槍を十数個作り出し、一斉に放った。

かと思えば、また別の攻撃魔術を生み出す。

おかげでグレイス嬢は息をつく間もなく、防御に徹しなければならなかった。


「ほう?これだけ多くの攻撃を四方八方から繰り出しているのに、まだ耐えますか」


 『しぶとい方です』と言い、アルカディアは更に手数を増やす。

優に百を超えるであろう氷の矢を散らし、アラン目掛けて放った。

前後左右あらゆる方角から迫る攻撃を前に、アランは息を呑み縮こまる。

ガタガタと震えることしか出来ない彼の傍で、グレイス嬢は剣を振るった。

その風圧反動でまず四分の一を片付け、残りの矢は普通に叩き切る。

が、足首を失ったことで行動を制限されているせいか、頬や腕に軽い傷を負った。


「ぐ、グレイスさん……」


「大丈夫です。気にしないでください。それより、ちょっと失礼しますよ」


 ニッコリ笑ってアランを抱き上げ、グレイス嬢は素早くその場を離れる。

さすがに第二波は防ぎ切れない、と判断したようだ。


「おや?いいのですか?そんなに離れて」


 クイッと人差し指を動かし、アルカディアは第二波として放った炎の矢を────僕の方に向ける。

その瞬間、グレイス嬢は焦ったような表情を浮かべた。

かと思えば、剣を振った時の風圧で空中に浮いたまま方向転換し、弾丸のように飛んでくる。

『間に合って……!』と呟きながら。


「ディラン様、頭を伏せてください!」


 目いっぱいこちらへ手を伸ばし、グレイス嬢は着地した。

と同時に、アランを下ろし、僕の腕へ捩じ込む。

そして────上から覆い被さるようにして、少し身を屈めた。


 あっ、これは……ダメだ。


 と、悟った時にはもう遅くて……幾百もの矢が、僕達のところへ降り注ぐ。

グレイス嬢はソレを必死になって捌くものの……全ては防ぎ切れなかったようで、腰と肩を負傷した。

深く突き刺さった氷の矢を力任せに引き抜き、地面へ投げ捨てる。

でも、腰と肩は凍ってしまっていて……矢に触れた手も若干かじかんでいた。

あれでは、まともに剣を握れない。


「ディラン様、アランくん、お怪我は?」


「俺らはない、けど……グレイスさんが……」


「ご心配には及びませんよ。これくらい、慣れてますから。お二人が無事なら、それでいいんです」


 一点の曇りもない眼でそう言い切り、グレイス嬢は身を起こした。

かと思えば、直ぐさま第三波の対応に追われる。

もうとっくに体は限界を迎えている筈なのに……。

弱音一つ吐かずに、ただ前だけを見据えて僕達を守ってくれた。


 僕は────一体、何をやっているんだろう?

好きな子を守るどころか、庇われて……怪我までさせて。

この場を打開する力がありながら、未だ二の足を踏んでいる。


 『情けない』の一言に尽きる現状に、僕は強く手を握り締める。

徐々に傷を増やしていくグレイス嬢を見つめ、歯軋りした。

『きっと、度重なる負傷で上手く体を動かせないんだ』と分析しながら。


 このまま、グレイス嬢の優しさに甘えていいのか?

怖いから、と……好きな子の窮地を見過ごして、いいのか?

そうやって、ずっと逃げ続けていいのか?

────彼女を失うことになっても?


「っ……!ダメだ……そんなの……絶対ダメだ!」


 弱い己を律するように叫び、足腰に力を入れる。

まだ手も足も震えているが、それでも何とか立ち上がった。

と同時に、アルカディアを真っ直ぐ見つめる。


 怖い……逃げてしまいたい。何も見ず、知らず、考えずにこの場をやり過ごしたい。

でも────それじゃあ、グレイス嬢を守れない。

僕にとっての最悪は……一番怖いことは彼女を失うこと。

だから、今ここでトラウマを乗り越えないと。


 手足が凍りつくような感覚を覚えながらも、僕はきちんとアルカディアトラウマと向き合った。

その瞬間、せり上がるような恐怖と不安を覚えるものの……頭が真っ白になる事態だけは何とか避ける。

『踏ん張れ』と自分に言い聞かせ、僕はまず結界魔術を展開した。

半透明の壁で周囲を包み込み、ゆっくりと前へ進む。

そしてグレイス嬢の肩を叩くと、


「ありがとう。ここから先は僕に任せて」


 と言って、横を通り過ぎた。

ハッとしたように目を剥く彼女の前で、僕は結界の外に出る。

と同時に、もう一つ自分専用の結界を張った。

『大丈夫……僕なら、倒せる』と深呼吸する中、後ろから


「ディラン様」


 と、声を掛けられた。

『もしかして、引き止めるつもりかな?』と思いつつ振り向くと、柔和な笑みを浮かべるグレイス嬢が目に入る。


「どうぞ、ご存分に」

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