元弟子達の抵抗

「さすがは魔術師様の元弟子達です。早すぎて、発動を防げませんでした。でも────」


 ────威力が足りない。


 と、続ける筈だった言葉は青白い炎によって遮られた。

私と元弟子達の間へ割って入るように滑り込んできたソレは、火の玉や雷の矢を吹き飛ばす。

あまりにも突然の出来事に、私は思わず呆然としてしまった。

『えっ?あれ?見せ場を奪われた?』と困惑する中、ミッチェル子爵は不意に顔を上げる。


「イアン、ジャスパー、マーティン……お前達、グレイス嬢に牙を剥いたな」


 低く唸るような声で威嚇するミッチェル子爵に、元弟子達は腰を抜かした。

恐怖のあまりガタガタ震えることしか出来ない彼らの前で、ミッチェル子爵はゆっくりと歩を進める。


「グレイス嬢に万が一のことがあったら、どうするんだ……彼女は僕を救ってくれた女神なんだぞ……もし、それを損なうことになれば、僕は……」


 どこか譫言のように独り言を零し、ミッチェル子爵は顔から一切の感情を消し去った。

かと思えば、アメジストの瞳に不快感と嫌悪感を滲ませる。

そして、元弟子達の前まで足を運ぶと、宙に浮いたグリモワールのページを捲った。


「僕から、研究成果だけでなくグレイス嬢まで奪おうとするなんて……ダメだな、うん……ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ────今、ここで消さないと。お前達には、もう何一つ奪わせない」


 防衛本能に近い部分が作用してしまったのか、ミッチェル子爵は決意を固める。

『殺さないと、また奪われる』と思い込んでいるようだ。

使命感にも似た衝動に押されるまま、彼は元弟子達の頭上へ手を翳す。

すると、元弟子達は弾かれたように頭を下げた。


「すみません、すみません、すみません……ごめんなさい!」


「僕達もこんなことしたくなかったんです!でも、師匠の研究成果を盗んだ罰として魔塔から追放されそうで……!」


「その前に皆があっと驚くような功績を挙げて、追放を帳消しにしてもらおうと……!」


 慌てて弁解を口にし、元弟子達は『命だけは……!』と懇願する。


「今までのこと全部引っくるめて、謝罪します!本当に申し訳ございませんでした!」


「僕達全員どうかしていたんです!憧れの魔塔に入れて凄い魔術師である師匠の元で働けたのに、あんな馬鹿なことを仕出かして……!」


「周りに『お前達は一生ディラン・エド・ミッチェルの腰巾着だな』って、言われ続けるのが苦痛で……!ただ、それを変えたかっただけなのにこんな……!」


 『もっと方法はあった筈なのに……!』と零し、元弟子達は己の過ちを認める。

冷静になって現実を見た時、自分達の行いがどれほど愚かだったのか痛感したのだろう。

『あまりにも考え無しだった!』と悔いる彼らの前で、ミッチェル子爵は────


「何?言いたいことはそれだけ?」


 ────と、冷たく言い放った。

元々情緒不安定だったところに、この事件が起きたのでまだ『許す』とか『相手の事情を考える』とか出来る段階じゃないんだと思う。

そもそも、例の件からまだ一ヶ月も経っていないから。


「大体さ、僕は何度も言ったよね?さっさと自立しろって。教えられることはもう全部叩き込んだんだから。腰巾着だのなんだの言われるのが不満なら、僕のもとを去って自分の研究に打ち込めば良かったんだ。そうしなかったのは、君達だろう?」


「「「っ……!」」」


 言い訳の粗を突かれ、元弟子達は歯を食いしばった。

一応、師匠であるミッチェル子爵に甘え切っていた自覚はあるらしい。

『腰巾着なんて嫌だ!』という言い分が通らないことを悟る彼らの前で、ミッチェル子爵は一歩後ろへ下がる。

と同時に、元々居た場所の地面から巨大植物が飛び出してきた。

ソレをグリモワールの火炎魔術で焼き払い、残り火を利用して元弟子達を囲い込む。


「やっぱり、反省する気は0か……まあ、知っていたけど。お前達の本性は薄汚く、醜いもんな」


 『例の件でよく理解したよ』と語り、ミッチェル子爵は人の頭よりやや大きい岩を複数作成する。

それも、元弟子達の頭上に。


「ま、待ってください……!」


「何でもしますから、許して……!」


「まだ死にたくありません……!」


 炎の壁越しにミッチェル子爵を見つめ、元弟子達はゆらゆらと瞳を揺らした。

本気で命の危険を察知したのか、慌てて結界魔術を行使する。

が、ミッチェル子爵の雷魔術であっさり壊された。


「い、いいからとにかく結界を張れ!」


「分かっている!けど、張ったそばから壊されて……!」


「おい!岩が……!」


 重力に従って落ちてくる岩を前に、彼らは夢中で結界魔術を行使した。

頭を抱え込む形で蹲り、出来るだけ体を小さくする────ものの、結局直撃する。

幸い致命傷は負っていないようだが、全員身動きを取れない状態だ。

『痛い……!』と喚く彼らの前で、私はハッと正気を取り戻す。


 ボーッとしている場合じゃない……!早く魔術師様を止めないと!


 『このままじゃ、本当に殺しかねない!』と奮起し、私は一歩前へ出た。


「魔術師様、今日のところはこれくらいにしておきませんか?彼らは近いうち、必ず罰を受ける筈ですから」

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