第4話 「残された疑問」

【18:34】


「お前は自分自身を、不死鳥フェニックスだと言うのか……!」


心中では畏れながらも、その言葉を口に出していく。

自分が畏敬を覚えているのも当然だ。神を前にして、そう簡単に話ができるということはない。

それに神と語るといっても、これ以外のものはその大半がデマだった。

まあ、“神をかたったり、現人神として教祖が出てくる”という、大変嘘くさい話もあったが。

そして、その中には共通点が一つあった。我々が知覚できない、という問題があるという事だ。

それのどこがそれが問題かって? いや、問題さ。だって本物をこの目で認知しなければ、我々にとって神の存在は永遠に確定しないのだから。

しかし俺たちが今見ている本物は、ちゃんと確認できている。この目に、映っている。


「レメゲトンの第一章、『ゴエティア』に記される、第37番目の悪魔……! 炎に飛び込んで死に、そして炎の中から蘇る! まさに永遠の象徴か……!」


流石の彩山でも、これに関しては強い注目を見せているようだ。まあ、誰であったとしても当然と言えば当然なのだが。


「……私は、そんな大層な存在じゃない。

彼女が言っているのは、悪魔としての私。強いて言うなら、“フェネクス”と呼ばれる存在。

何度でも言う。私は、ただの鳥。」

「あぁ、悪魔じゃなくて伝説上の鳥の方か。

つまり君は、神でも悪魔でもないということだな。」

「そういう事。理解が早くて助かる。あとついでに、私は侯爵でもない。」


……言葉としては類似したものだが、“フェニックス”と“フェネクス”は全くの別物だ。

フェネクスとは、彩山が言ったような悪魔。そしてフェニックスの方は、伝説上を生きる不死鳥だ。

俺はそこまでオカルト方面に詳しくはないので出てこなかったが、彩山が思い出したのは悪魔の方らしい。まあ、詳しすぎるが故の間違いかな。


「その証拠に、人間の形を取っていても声は普通。それに、詩も詠めない。」

「あぁ、確かにフェネクスは発する言葉の全てが詩になるっていう話だったものね。

でも、おかしくない? 死なないだけのただの鳥であるあなたが、何故ヒトの形を取っているの?」


まあ、言われてみれば確かにそうだ。

本物のフェニックスは、本人の言う通りただの鳥。人間に変身する能力など、持ち合わせてはいないはずだ。

ならば、それが何故なのか。それを気にするのは、オカルト研究部としては当然の帰結であった。


「……多分、もう一人の私のせい。

今はいない、でもどこかで現れる。私がいる限り、彼女もいる。」

「ちょっと待ってくれ、話が見えない。どういう事だ?」

「私は複雑な話なんてしていない。あなた方の言うところによると、私は多重人格と呼ばれる存在。」


多重人格……話には聞いている。保険の授業で教わったことだ。

通常、人間の持つ人格は一つだ。だが強い精神的ストレスがかかると、稀にもう一つの人格が発現することがあると。

そしてその要因には、様々な説がある。例えば、ストレスの軽減などを目的とした説があるな。俺が授業で聞いたのは、それだ。

こいつに何があったのかは知らんが、それ相応のことであると考えていい。まあ、深入りはしないでおこう。下手に突っ込んだ事を聞いて、今後の信頼関係に対して拭えない傷をつけるよりマシだな。


「普段は、私がこの肉体の主導権を握ってる。けど、いつかは奪い返される。

そんな私の能力は、『模倣コピー』。」

「おいおい、模倣系か? お前、ちゃんと扱えんのかよ。ああいうのは大抵、所有者の実力次第で最強にも最弱にもなり得るもんだぞ。

犬と喧嘩してた人間に、扱いきれんのかよ? ええ、おい。」

「事実は認める。でも、馬鹿にしないで。私の能力は、その欠点をカバーした最強の力。」


……最強とか、嘘くせえ。

たいてい、俺たちの使う能力は最高にはなれないものだ。どこかに必ず穴があり、欠点もあり、それがない力というのはすべからく器用貧乏だ。

それが、人間という存在の不完全性を表現しているのかもしれないが……いや、だからこそこいつは違うのか?


「私のコピーは、記憶から何までの全てを自分のものにできる。だから、本人にしかわからない最適の戦術がわかる。

それに、相手の弱点を見つけるための手がかりも引っ張り出せる。」

「なるほど、それでお前自身の弱点は?」


食い気味に聞くと、炎山は顔を逸らしつつ言う。


「……記憶を全てコピーするから、常人が使うと脳が焼き切れる。

でも、その全コピーは今は使えないから安心してほしい。まあ、能力のコピーもできないけど。」

「おい待てや、それじゃあんまり強くないだろ! 記憶だけ抜き取ったなら、俺の力も彩山の力もコピーできてないのかよ!」


それは、俺の悲観の声だった。だってそうだろ? コピー系のくせに、記憶だけだなんて。


「そうだけど、そうじゃない。今の私は、何らかの原因で弱くなってる。その力が取り戻せれば、能力のコピーはできる。」

「あぁ、なんだ……そうだったのか。なら、もっと強くなってもらわなきゃな?」

「そう。でも一応、あなた方の力を私達に教えてほしい。」

「わかった。おい彩山、いいな?」

「ええ、私はいいわよ。それじゃあ早速教えてあげる。」

「お願いします。」


しかし、希望は見えた。そしてそのためなら、俺は何でもする覚悟でいたんだ。

それ故に、俺たちは彼女と語りを始める。


「私の能力は、『喜びは力ハッピー・パワー』。自分の喜びに応じて、身体能力が高くなる能力よ。」

「なるほど、マゾヒストであるあなた向きな能力。」


……本当に、その通りなんだよな。

この“喜び”とやらは、どうやら性的興奮もそれにカウントされるらしい。だから、彼女は痛みを得れば得るほど強くなる。戦闘という面で見ると、本当に最強だ。

ただし、本人が交戦している相手に恨みを持っていなければの話だが。


「で、問題はあなた。あなただけはなまじ視覚的異常が出る分、少し自分で推測しようとしてみたけれど本当にわからない。

何があなたの力で、その心はどんなものなの?」

「まあ落ち着けよ、今から説明するから。

……だがまあ確かに、分かりづらいよな。見える情報だけだと混乱する要因にしかならないのは、かなり理解できる。この力を使い始めたときの俺の方も、お前と一緒だ。」


仕方があるまい。なんせ視覚的情報ですら分かりづらい上に、言葉や筆記で表現してもきっと分からないだろうからな。

とはいえ、伝えるという努力は重要だ。であれば、何も言わないわけにもいくまいよ。


「この力の名前は、『Stop&Jump』だ。中身の方は、少々説明が難しいんだが……っまあ、なんだ。テレポートの類だと思ってくれればそれでいい。ペナルティが少々特別なだけでな。

まずこのテレポートは、使用したタイミングから十秒以内にたどり着ける場所でないと飛んでいけない。

例えば、断崖絶壁の上を何もなしで飛べと言わたらお手上げになってしまう。

そして仮に飛べたとしても、一定時間だけ俺はするんだ。そして自分の身体一つでそこに行く事によってかかる時間と同じくらいすると、戻ってくる。

多分、目視の情報で分かりづらい理由はそこにあるだろうな。

まあ、使うときが来たら教えてやるよ。といっても、あまり使うことはないだろうがな。」

「いや、大丈夫。きっと今晩にでも、使うときが……」


と言いかけた彼女の腹が、ぐぅ、という悲しい音を響かせる。それを聞いた俺と彩山は、ある決断をした。


「……とりあえず、今日は泊めていくか。」

「そうね。細かいことは、明日考えましょう。」


我々には、初めから選択肢などなかったのだ。俺たちはそれを肌で理解しつつ、様々な準備をしていくのだった。


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