第2話 「何だオマエ⁉︎」

【17:50】


……おい、嘘だろう? 今日イチの驚きだぞ。なんだってこいつ、俺の名前を知っている⁉


「……あの、失礼な質問なのですが、どこかであなたとお会いいたしましたか? 本当に申し訳ないのですが、その記憶がありませんでして……」

「一つ忠告。多分、もう遅い。

あなたの事はみんな見てる。私も見てるし、あなたの事を知ってる。だから、取り繕うのはやめた方がいい。」


……クソみたいに甘ったるい声だが、内容は非常に興味深いものだ。

こいつが俺を知っている? いいや、俺の方はこいつなど知らない。であればいつ、どこで知り合った?

それに、さっきの治癒も気になる。あれが奴の能力でないのなら、一体なんだ? それとも、ただの嘘か? だとしたら、何故そんな嘘をつく?


「ちっ、だと思った。

まあいい。そうだってんなら、まずお前に一つ聞く。

何故俺を知っている? どこで俺を知った? 

何故お前は俺を知り、俺はお前を知らないんだ?」

「……説明が難しい。場所も移したい。」

「あぁ? おいおい、随分と注文の多い女だな。

ならいいや、それは後でも。そんじゃ、ここで答えられる事は全部答えろ。お前が動けるのはそれからだ。」

「質問。私があなたに情報を話しても意味がない。あなたに話すための理由が知りたい。」

「理由? 理由だと⁉︎ お前、恩ってものを知らないのか⁉︎

鶴だって恩を返すんだぞ、お前も早く返しやがれ!」


生意気な事を言うガキに、少々躾をするつもりで叫び散らかす。

しかし奴の反応は、聞いているのかいないのかといった具合だ。自分があれだけの醜態を公衆の面前に晒していたにも関わらず、未だ冷静沈着なつもりでいるらしい。


「……不服。でも、私は優しい。だから聞く。」

「クソが……まあ、いいさ。てめぇの態度がどうあれ、質問に答えるってんなら話は別だ。

そいじゃ、そうだな……簡単な質問からしよう。

お前は何分間、あの犬と場所の取り合いをしていた?」

「違う。」

「は?」


こいつは何を言ってるんだ? いや、マジでさ。

あちらの方からから“答える”、と言って来たので質問をして、その返しがこれだ。本当に意味がわからなくなって、俺は立ちすくめた。だが多分、それも仕方のない事だろう。

そして呆然とする俺をよそに、少女はさらに言葉を続けていく。


「単位間違い。“分”じゃなくて、“時間”。」

「……はぁぁ⁉︎」


その答えも、もっと意味がわからない。

分単位ではなく、時間単位?

突っ込み所は幾らでもあるが、まずはそのうちの最大の一つを口に出してみる。


「てめぇ、一時間以上ここに居座って犬と吠えあってたのか⁉︎

冗談じゃねぇぞ、犬もああまで怒る訳だ!」

「何か問題?」

「問題がねぇとでも思ってんのか⁉︎ もっとこう、現代社会に生きる人間としてのプライドってもんが……!」

「そんなものはない。」

「ド畜生が!」


頭を抱えながら、身体を反らせて叫ぶ。

……だめだこいつ、早くなんとかしないと。狂ってるだろ、普通に考えて。

いや、これは俺が悪いのだろうか? 普通という枠組みに無意識にこいつを入れてしまった、俺のミスなのか?

いやいや、と頭の中でそんな想像を掻き消す。誰がどう考えても、こいつはイカれているだろうと。


「……えぇい、まあいい。

それじゃ、次の質問だ。お前は自分の腕を治した時、こう言ったはずだ。“これは、あなたと同じ能力じゃない”と。これはつまり、どういう事だ?」

「言葉の通り。特に捻りとかない。」

「だったら、俺の思ってる能力で合ってるだろうが。“T”ってのは、ありとあらゆる特殊能力をそこに内在させている包括的な、いわば概念だ。お前の治癒もそうなんだろ?」

「……説明が難しい。例え話をする。」


どうやら、本人曰くあまりこの説明では理解できないらしい。まあ、言ってくれるならそれでも構わんのだが。


「人間は物を使って火を起こす。でも、体から火が出るわけじゃない。

人間は車や自転車を使って、速く走る。でも、自分の脚で走るのはあまり速くない。

だけど、車と同じくらいの速さで走る生き物もいる。それは、形質と呼ばれるもの。」


……まあ、それは理解できないでもない。だが、それが何だってんだ?

どちらにせよ、俺たちには関係ないだろうが。


「人間もそう。軽い切り傷から骨折まで、時間さえかければ自分で治してしまう。

私のこれも、同じこと。あなたたちと違うのは、それに要する時間だけ。」

「……馬鹿、な……! おいおい待てよ、さっきから言ってる事がおかしいぞ!

人間は人間はって、それじゃまるで……! お前が、人間じゃないみたいじゃないか!」


そんな事を、驚きつつ叫ぶ。

だってそうだろう? こんなに人間に似た生物なんて、存在するものか。

というかそもそも、こいつは人間だ。人間である、はずなんだ。


「それも含めて、説明したい。人から見えない場所を探してほしい。」

「……そうだな……」


正直な話をしよう。俺は、この女にかなりの知的好奇心を見出している。

ただの嘘つきだとしたら、こいつはかなり話がうまい。そして仮にこの話が本当だとしたら、俺はこいつを使って有名人にでも何でもなれるだろう。


「誰も知らない場所なら、俺の家がいい。俺ともう一人居候がいるが、さして問題じゃないだろう?」

「……あなたは、私を襲わない?」

「馬鹿、そんなつまらない事よりもっとやるべき事があるだろうが! こともあろうにこの俺が、下手に手を出して情報を捨てるような馬鹿な真似をすると思うか?」


自分の意見をどうしても通したくなり、腕を両方に広げながら熱弁をしてみる。

何としても、こいつをものにしてやる。このチャンスはの一員としては絶対に逃せない。

俺たちの部活が直面している最悪の状況を、打開できるチャンスだ。こいつはきっと、絶対に逃せない獲物になるだろう。


「大丈夫だ、俺を信じろ!」

「……そう? じゃあ、あなたを信じてついていく。」

「いよっしゃあ! これで我らがオカルト研も、再興の機会が得られるというもので……!」

「……ねえ。ちょっと、相沢卓志。」


飛び上がるような喜び。まあ、これは当然の帰結というものだろう。

そしてそんな中で、彼女が俺の服の裾を引っ張ってくる。喜びのあまり二回ほど引っ張られた事には気が付かなかったが、三回目にしてようやく俺はそれに気づいた。


「ん? なんだ、何か気になることでも?」

「……私の名前、聞いて。」


それを言われ、そういえばそうだったな、と思い出す。

言われてみると確かに、俺はこいつの名前を知らなかった。これから俺たちが最大限利用していく相手なんだ、名前くらい知っておいて損はないだろう。

といっても、どうせこいつに付ける呼び名は変えるだろうがな。


「あぁ。それじゃ、君の名前を聞こうかな。」

「……炎山ほのやま。炎山、鳥利恵とりえ。」


炎山、鳥利恵……か。

変な苗字だ。正直、一度も聞いた事がない。

それに下の名前も変だ。鳥利恵とか、まるで聞いた気がしない。

俺の通っていた中学、そして通っている高校はどちらも家からそう遠くはない。しかし、それにも関わらず俺はその名前を知らないでいる。


「よし、いいだろう炎山。それじゃあ、俺の家に案内してやる。」


しかし内心を死ぬ気で抑え込み、自分の住処へと少女を案内していく……。

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