幕間 人の理 

私は、人になれているだろうか。



彼と過ごしてきて、

段々とそう思うようになった。


今まで言わなかったような言葉を吐いて、

今まで抱いたことの無い感情を舌に乗せる。


感じたことのない舌触り。

意識がなくなりそうなほどの幸せ。


それを噛み締めて初めて、

私は彼と同じでない生き物だと思い知った。



姿カタチは寄せれても、

その心までは寄せれない。


なら、せめて共にいるために努力をしよう。


あなたは、どんなことを感じますか。


悲しいですか。

怒りますか。

嫌ですか。


嬉しいですか。

幸せですか。

楽しいですか。


貴方が、

私と同じ気持ちになれるなら、

これほど喜ばしいことはありません。


それよりも、貴方が幸せで生きている事が、嬉しいのです。



だから、その為なら、

私はあなたに嫌われたって構わない。

















私は目を覚まして、

いつものように服を脱いだ。

いつも、と言っても、

慣れたのはここ最近だけど。


二人のテント。

相方は寝坊助で、私が起こすまで起きたことが無い。


だから、

私が満足できるまで、その安らかな顔を見ていられる。


「今日は、昨日みたく突っ走らなければいいけど。」

昨日の初陣。


私にとっては久しぶりでも、

彼にとっては初めてのこと。


正直、私は彼が死ぬと思っていた。


彼は、人を殺すことを理解していなかったから。

理由さえあれば、同族など殺せるものだと、

そう思っていたみたいだったから。


私はよく分からないけど。

人は、そういう風に出来ていない、と戦場にいて知った。

だから、気にかけてはいたのだ。




それなのに少し目を離したら、手足が動かなくなるどころか、

どこか遠くに行ってしまっていて。



「昨日は参っちゃったなぁ。

今日はあんな風にならないといいけど。」


私のフォローにも限度がある。

昨日だって、本当にギリギリだった。

咄嗟に、刀を捨てて素手で戦おうとする位には。


まだまだ刀の戦いに慣れていない。

戦いも剣術も楽しいものだけど、

咄嗟に出るのは長年染みついたものだった。

刀を蹴って折ろうとしたみたいに。


「もっと沢山頑張らないと。

そうしないと、アルに置いてかれちゃう」


「何が置いてかれちゃう、だ。

とっととアルを起こして準備しろ。

今日も昨日みたいにされたら叶わん。」

「隊長?!」

聞かれてたんだ。あー恥ずかし。

でも、対応はしないと。


「はい。

今日はアルのことちゃんと見張っておきます。」

「当たり前だ。

ちゃんと落ち着かせて、お互いを補い合えよ。

何のためのバディで、チームだ。」

「分かってますよ。

私からももう一度言っておきます。」

「あぁ。

じゃあ、また後で」

そう言うと、隊長はテントから出ていった。


今度から独り言を言う時はちゃんと周りを確認しよ。

「あんな恥ずかしい思い、もうしたくないし」


アルを起こそうと手を伸ばしたところで、

手が止まる。

アルは夢の中でうなされているのか、

呼吸が苦しげで、眉間に皺を寄せていた。


夢の中だと言うのに、

アルの呼吸が早くなっていくのがわかった。


何かに、追われているのだろうか。

それとも、殺した人が出て来たのか。


取り敢えず、止めよう。

そう思って、アルの肩を揺らす。

「アル。起きて。」

「んー、起きるから待って。

あと5分。」


あと5分なんて、寝かせてられるわけが無い。

うなされるような夢見てるのに。


でも、夢の内容を覚えて無さそうなのは、

良かった。

「嘘、そう言って起きたことない癖に」

「今度は起きるから。」


ああ、いつものアルだ。

魘されてても、大丈夫。


そう安心して、いつものように布団を引き剥がす。


見てたのバレないように、髪を梳いておこう。


なんかこれも、毎朝の日課になってるな。


布団の動く音に、ふりかえる。


こいつはまた、、


「いい加減にしてよ。

怒られるの、私なのよ。

二度寝したらテッドに起こさせるから。」


「わかった、起きるよ。

起きる、うん」


テッドに反応したのはムカつくけど、まぁ起きたしいいか。


「着替えとってー、」

「はいはい」

いつからこんなに甘やかすようになったんだろう。


と言うより、これ思うの何回目だろう。


まぁいっか。

私もしてもらえるし。


「ありがと」

「どうも」


髪は、もういいかな。

別にそんなに気してる訳でもないし。


爪は、ちょっと切っとこ。


「今日も師匠のとこ?」

何言ってるんだか。


「寝惚けてる?今日も戦場よ。

明日も、これからもね。」


何よ、その顔。

傷が膿んだって訳でもなさそうだし。


「あー、そうだっけ。

…………キッツいな」

「胸?お腹?」


「そっちは大丈夫。」

訳が分からない。

「​───で、体じゃないなら何よ。」

「気持ち」


それは、私には分からないものだ。

何をすればいいのか、分からない。


「……そう。

なら、隠してあげようか?」

1日くらいなら、なんとかなるだろう。


「サボったら、癖になりそうだからいいや。

ちゃんと頼むよ。」


「そんなの、」

無理に決まってる。

いや、断られる前提なのかな。


「いいんだよ、これで。」


ふざけないでよ。

本当にアルのこと隠しちゃおうかしら。


「アンタが休むなら、私も休む。」

休まないなら、

「お前は全然行けるだろ?」


何を言っているのか。

行っても意味が無いのに。


「貴方に潰れられたら困るの。」

潰れることは無いだろうけど。

万が一はありえる。


「ふざけんな、俺はこんなんで潰れない。

潰れていいはずがない。」


アルは語気を強くしてそう返した。

ちょっと口角が上がるのがわかる。


「ちょっとだけ、時間が欲しい」


なら、ちょっとだけ待ってあげよう。

でも、それは寂しいから。


「私が付き合ってあげましょう。」






とは言っても、次もあんな調子なら、

アルは早晩死ぬだろう。


前に私が間に合ったのだって、偶然だ。


だから、こうして私は魔術を学ぶために走っている。


中央のテントを超えて、

左翼側に行く。

魔術師らしく世を忍んで夜中にやる講習、

という響きは、何となく行くことすら楽しくなる。


だからか、ちょっと遅刻してても足取りは軽やかだった。

それでも一応、バレないように狼になっておく。


まだ変化は苦手だから、ちょっとズルする。

とはいえ外観は完璧だから、

あんまりちゃんと修行する気もないけど。

取り敢えず遅刻してないことになればいいから、外観だけで十分。


そもそも遅刻だって、

アルが行かないって言うからだし。

私のせいじゃない。

「あんまり一人にしたくはなかったんだけどな。」


いや、一日中一緒に居るのは違うか。


そうだ。

一緒に居るのが当たり前になっていたけど、

別にそんなことないはずだ。

そもそもアルに彼女居るし。


胸にこびりつく不快感に眉をひそめる。

心臓にかかるモヤを振り払うように、

地面を蹴った。


中央のテントを超えらもうすぐだ。




















テントの中に聞き耳を立てると、

そこではもうとっくに講義が始まっていたみたいで、

既に講師役の隊員が、紙を壁に掛けて教鞭を執っていた。


バレないようにテントの隙間から中に忍び込む。

こういう時に小さいのは便利だ。



友人は案の定1番後ろの端っこに座って頬杖をついている。

あんなんでもメモはちゃんととっているから、

人は見かけに拠らないものだ。


今まで見せて貰ったメモのおかげで、

わたしも段々と神秘を効率よく使えるようになってきた。


その授業を受けるために、

レインズに頼み倒してやっと許可を得たのに、初日から遅刻しては目も当てられない。


残念ながら、他の軍人はレインズほど甘くも適当でもない。

遅刻がバレたら、怖いどころの話ではない。


多分もう行けなくなるだろう。


だから、魔術とも言えない何かで何とか誤魔化した。


その魔術を使っている間に、

椅子を適当に持って来て、座る。


あの軍人は、ちらっとこっちを見たけど、

お咎めなしならそれでいいや。


「では、ここで確認だ。

そこの銀ぱ、つ?お前、獣人なのか?」

「勿論です。」

この人なんか顔色悪そう。

大丈夫かな。

「そうか、そうか。

ならいい。いや、良くは無いが今はいい。

いつの間にか居た事も、質問に答えれたら水に流してやる。」

「ありがとうございます。」

軍人は、

なんでこんな奴がこんな所にいるんだ、なんて言いたげな目で質問を投げかけた。


「一般に魔術に用いる触媒は様々あるが、

その凡例を3つ挙げろ」

えっと、なんだったっけ。

あんまりにも関係なさそうなんで、

そこら辺は覚えてなかった。


途方に暮れていると、

隣のジュリスがメモをこっちに寄越してきた。

やっぱり持つべきものは友だ。

メモ通りに読み上げる。

「女の髪、十字架、あとは、古いもの?」


「まぁいいだろう。

女の髪は、まぁ世の中で広く大切な、神秘的なものとして扱われているが故だ。

そういう「何となく大切な」ものは、

魔術的に強度が高い。

利用もしやすいし、触媒としての効率も高い。

その上魔力が溜まりやすい。

女の魔術師が髪を伸ばす理由だな。

いざと言う時切り取れば、

即席だが良い触媒になる。」


そう言って、軍人は己の髪を触る。

よく手入れされた髪が指の間を抜けていく。

この戦場において、髪をどれほど大切にしていれば、こんなにも綺麗な艶を持つのだろう。


「髪は女の命、と言うからな。

勿論、己も、他人にもそう思わせなければ意味が無い。

この場合は、髪質と、長さだな。

毎日洗うだけでも違う。

いざと言う時死にたくないのなら、

手入れは怠るなよ。」


長さといえば、と軍人は続けた。


髪が長いほど魔力を持つというのは、

何も女の命、の一言だけではない。

そこに込められた己の魔力こそ、

即席としては最高の触媒になる最大の要素なのだと。


それだけではない。

そもそも長く在るものは、それだけで魔力を帯びるという。



生徒の中から手があがる。

「なんだ」

「先程の例にあった、古いもの、は

古いから魔力が籠っている、ということなのでしょうか。」

「お前ちゃんと聞いてたか?

そこに疑問は持たないように教えてきたつもりなんだが。

まぁいい。

筋はいいから罰はなしだ。

古い、と言っても程度が違う。

私達の身の回りにある古いものは、

せいぜい10、長くて数十年程度だろう。

必然、それに篭もる魔力もその程度だ。

だが、この場合の古いは、数百年級、あるいは千年級だな。

これだと、魔力がただ篭もるわけではない。

神秘としての格も上がる。

基本的に、神秘の格は絶対だ。

より上のものに対する干渉は全て無駄になる。

例えば、この土地の魔力をかき集めた鉄剣でも、彼のデュランダルに太刀打ちできるとは思えんだろう?」


この軍人の言うことはほぼ正しい。

神秘とは、現代の人々が過去のものに抱く幻想つまりは情報、その集積。

今を生きる人々の見る夢が、その格をさらに押し上げる。


千年も時代が変われば、当代のものにとって及びもつかないほどの神秘にまで育つ。


格とは、どうしようもない差のようなものだ。

2次元のものが3次元に干渉できないように。

私に生半可な魔術は効かないし、

どんなに強固に編まれた結界でも、

400年前の剣の一振りで崩れ去る。


そして、その差を少しでも埋めるためのものが、魔術儀式であり、触媒であり、

ひいては魔術である。


では、魔術とは何か。


この世界の幻想情報を有効に使うための回路。



この世に溢れる魔力を使い、

己の手で神秘を生み出し、

格を上げ、神秘りふじんを打倒するための道具である。



この国にはそれを理解して魔術を使うものが少ない。

いや、理解せずに道具として使っているのなら、

本質的に理解してると言えるのか?


とはいえ、魔術そのものを神秘としてしまうものが多い。

この軍人は多少マシだが、それでも大して変わらない。


神秘とは、幻想であり情報のひとつのカタチ。

人の世が世界に映し出す伝承。


協会や学会すら通さずに無理に魔術を広げた結果がこれだ。


秘匿の観念が薄すぎるが故に、情報の精度が格段に落ちている。


この国が囲まれて攻撃を受けているのも当たり前の話。


「魔術とは、人の手で編まれた神秘だ。

魔力という神秘の元、あるいは神秘から生まれたものを使い、

我らの元に神秘を引き寄せる。

それ故にな、神秘そのものよりも融通が効く。

たとえば、そうだな。」


そう言って、軍人は手の中で蛇を形作る。


「古くはギリシャ、もしくはエジプトには、

ウロボロスと呼ばれる伝承があった。

これは一匹、或いは二匹の蛇が、その尾を咥え、円環を成すカタチだ。

元々、蛇は生命力の強い生き物でな。

死と再生、不老不死の象徴でもあった。

そんな蛇が、

尾を喰み円をなす。

それは、終わりも始まりもないもの、

完全なものと古代の人々には映ったらしい。

或いは、世界すべてを囲むものとも。

今よりも神秘が濃い時代だ。

その像を造るだけで、効果が出たのかもしれんな。

街を囲めば、その中であらゆる産業が完結するようになったかもな。

病院のシンボルとすれば、

それだけで患者がより持ちこたえるようになったかもしれん。

だが時代は降り、神秘は魔術へと形を変えた。

今はもうその形を刻むだけでは効果を発揮しないかもしれんが、

触媒の一つ、或いは術式の補助としては使える。

また、魔術は原型を崩しても成り立つ。

微かな意味の繋がり、因果の糸を手繰り寄せて、魔術という形で出力する。

これが魔術の優れた点だ。

神秘は、その神秘性ゆえ用いる対象をそのまま使わねば大した力は見込めないが、

魔術はあらゆる神秘、あらゆる伝承をツギハギして、己の望む結果を目指せる。」


ここまで語って、軍人は手の中の蛇を消した。


「儀式的な魔術のイメージはこれで掴めただろうか。

まあ、こんな凝ったことするより先に、

お前らは防御魔術を習得し、

1秒でも早く、それこそ反射で攻性魔術を出せるようにしろ。

じゃあ、これから前回の復習テストだ。

その後に、先程の例に出た十字架、

いわゆる神聖術もしくは聖術と呼ばれるモノについて触れたあと、その宗教や、それに出る神秘について触れることにする。

じゃあ、後ろまで紙がいったら、5分間だ。

落第者は、給料も、戦場にも出さん。」


そう、戦場よりもよほど恐ろしくなるようなことを言って、

紙を配り始めた。


「あぁ、それと。

先ほどの例で言い忘れてたんだが、

魔力が込められているものは、まだあってな。

万物の始まりと終わり、それに類するものだ。

例えば、女だったら処女とか、普遍的なものだと、死だな。

死をトリガーとするものには、そのリスク、達成難易度に見合った結果が手に入りうる。

まあ、死ぬリスクを負うのが嫌なら地道に触媒を集めることだな。」


そう言って、軍人はテストを始めた。



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