手繰った記憶・夜

殺す為に、足をただ動かす。


近づいてくるのは相手も同じ。

恐怖に足を囚われたくなくて、

声を出すのも、同じ。



それでも、相手の目は、

覚悟を持ってこちらを見る。










味方に追い立てられるように、

足を動かす。





まるで、話に聞いた羊飼いの羊みたい。

みんながみんな、羊で飼い犬。


戦場の高揚と、だれかの声に押されて、

足が動く。

でもそれは、みんなも同じ。


そんな周りに当てられて、

俺も声を出す。

これも、同じ。


それでも、

俺の目には、

覚悟なんてひとかけらだってない。




これだけは、みんなと違う。











みんなと違うのは、

もう一人。



殺す為だけに、足を動かす。

相手なんて、見据えていない。

そこに、肉塊が来るから、そうするだけ。


彼女だけは、

羊も犬も食い尽くす狼だ。


恐怖も高揚も、ひとかけらだって無い。


その目には、ただ雪のような冷たさだけがあった。




横目で見ると、

その瞳が俺の熱を奪っていく。


何とか、いつも通りの戻れたような気がした。




刀を握る。


刀の柄を握ると、手に吸い付くようだった。

いつの間に、

ここまで刀を振ることに慣れたのか。

今まで、そのことに気づくことすらなかった。



師匠に刀を教わってそんなに経っただろうか。

数日のような気もするし、

何十年と教わってきたような気もする。


シルヴィアともあれからずっと一緒にいたな、

なんて思ったり。





感傷を置き去りにする。

刀を振るには、余分なものだ。


今は、切るべきものが目の前にあるのだから。



「ッ!」



今更ながら、敵が目と鼻の先にいることに気づいた。


今まで何を現実逃避していたのか。



刀を握って、振るう。


相手も刀を合わせて、弾き返す。



あまりにも、遅かった。


腕が遅い。目が見えない。

それに何より、むねが重い。



相手の足がよく見える。

少しでも前にと、怖れから逃れるために、

怖れそのものへと勇み足で立ち向かう。


相手の腰は、

その足に反して引けている。


胸は、過剰なほど酸素を取り込み、

それでもまだ足りないと喘いでいる。


腕は、震える代わりに、

余分な力を込め続けている。


その表情は、

まるで新兵のように、恐れて。



こんなに相手を見ているのに、

剣の軌道だけは、目に入らなかった。


いくら目を凝らせど、

見えるのは相手が人間だという証拠だけ。


それだけで、俺の心は動けない。


動けば、殺される。







ふと、相手が自分を向いていないことに気付いた。

俺ではなく、その横にいるのは、

無感動に相手を殺す、刀を振るう獣。


相手はいま、それだけを恐れている。



その隙だらけの首元に、刃を押し当てた。


「あ」


その声は、どちらのものだったか。


反射的に相手の剣が跳ね上がる。


今度は腕は遅くない。

目も見える。


ただ、無心だった。

今ここで殺せなければ、

もう戦場ここにはいられないとわかっていたから。


何も考えないように、

相手の首を刈り取​────


「っ」


刀が動かない。



相手の首に刀が挟まったのか、

角度が悪かったのか。


首を切り落として、迫る剣を叩き落とそうとした刀は、首を通ることすら出来なかった。


こちらに来る刃を無理やり鍔で受ける。


砕かれた破片が顔に当たった。


「クソ」


せっかく貰ったばっかりだったのに。


刀を抜き、引き下がる。


抑えても溢れ出る血を前に、男は笑って事切れた。


男は、なぜ笑ったのだろう。



「ウォォアァァァアアア!」


今殺した男の仲間だったのか。


怒りに染った男が力任せの大剣を振るう。


現実から逃げる暇もない。


このままでは、5秒後に俺は死ぬ。


               余分を削れ。


刀では、受けれない。

そんな質量を受けるより、

折れる方が早い。


だから、受け流す。

刀を剣の腹に添わせて、

刀を上にずらす。


それでは足りない。


咄嗟にしゃがんで、

その膝をバネに懐へ潜り込む。


今度は、冷静だった。

幸か不幸か、

相手がよく見える。


              そんな評価も、


闘志に燃えるその瞳も、

勇ましいその足も、剣の軌道も、全部。


          そんな形容かんそうも、全部。


だから、その膝を斬り裂いた。


前のめりに転ぶ男の首に、刀を突き立てる。


不思議とその感触は、

伝わってこなかった。


「うん。」

今度はちゃんと貫けた。


すぐに空いた穴を埋めるように人員が来る。


斬る。


来る。

斬る。


その繰り返し。


もう何人切ったのか。

まだ続くのか。

もう終わるのか。


何も、分からない。


分からないまま、

ただ必死に肉を斬った。


それからは足を動かすだけだった。

その先に獲物がいたなら、殺す。


たまたま、肉が沢山居た、と言うだけだ。



もう、何人切っただろう。

ふと思って、

欠片も興味が無いんだと思った。










いや、興味がなかったわけじゃない。


ただ、足を止めたら、弾丸に、剣に貫かれる。

それ以上に、現実に足を取られる。


人を殺したという現実。

自分と何も変わらない誰かを殺した事実に。




相手の死を受け容れる暇がなかった。


受け容れる余裕を作らなかった。


だから、大丈夫だと、必死に言い聞かせた。


誰かに、自分に。



止まれば倒れる。


倒れないように、足を踏み出す。


まるで、赤子のように覚束無い足取りで、

もう1歩を繰り返す。


自分が何処にいるのか、どこに向かっているのかも分からない。


そんな余裕がないなら、他に目は向けられない。


その視界に、相手の情報など、欠片も無い。


相手は人ですらない。


そのように、見てしまった。



だから、俺が死ななかったのはただの奇跡で、

シルヴィアのおかげだった。









こちらに迫る大きな気配を感じ取る。



咄嗟に、相手の胴体を狙う刀を下げる。


それでも、相手は勢いのままこちらに来る。


幸いと、勝機を見たか。

それとも、止まれなかったのか。



通り過ぎる体を尻目に、

細身の個体の足の腱を斬り落として、

落ちてきた頭を掴んで、盾にする。


後ろから来た胸の膨らんだ個体に、

盾ごと刀を突き刺した。


「クソが」


そう呟いたのは、どちらか。

それすら分からない。興味もない。


心臓には、届いていない。


相手が、盾ごとこちらを叩き切る。


しゃがんで、刀を抜いて飛び退く。


何とか作った5mは、余りに心許ない。


こいつは、

俺に殺せる相手じゃない。


「それは悪手だな。」


聞こえた時、敵は目の前に来ていた。


腹に走る衝撃。


村娘のような四肢からは、

想像出来ないほどの力だった。

魔術で肉体を強化しているのか。



衝撃を逃がすために、後ろに飛ぶ。


敵は、追い縋る様に大剣を振るい、

剣先で俺の腹を撫で切った。


空中での姿勢を崩して、俺は尻から倒れ込む。


腹から血が流れる。

もうちょっと深かったら、

腸まで零れそうだ。


「惜しいな。

あと少しで殺しきれたんだが、」


女はそう言うと、大剣を振り上げる。


傷が思ったより深いのか?


後ろに倒れたこの体勢では、

反撃など出来るはずもない。


「クソ、」



女はその髪とおなじ橙に染まった大剣を振り下ろす。






「守りに来たよ、アル」


その大剣を、銀の風が揺らす。

女が振り上げた大剣を取り落とす。


俺は、その隙に走り出した。


シルヴィアだけでは、

地上に降りる時に狩られてしまう。


せめて、援護くらいはしなければ。



シルヴィアは、剣を蹴った反動のまま身体を翻して、逆さの状態で居合の構えを取る。



「チッ」



居合が身体に届く前に、短剣が阻んだ。


既に、女は短剣から手を離してる。


女が横に飛びつつ、大剣の柄を掴んだ。


大剣を持ち上げながら、

女は地面に降りるシルヴィアへ刃を向ける。


持ち上げるついでに振り回すつもりだろう。


俺にはもう関心がないのだろうか。

だとすれば都合がいい。



シルヴィアは刃に目を向けすらせずに、

空中で姿勢を整える。

地に足がついた瞬間に踏み込む気だろう。


女も、地に足が着いた瞬間を狙っている。


その信頼はありがたいけど、

俺がミスったらどうするつもりなんだ、

こいつ。


身体に魔力を巡らせる。


これだけで少しは力が上がるというのだから、魔術は余計に怖い。



「まぁいいや。今度は俺ね」

「ありがとね」


女が刃を振り切ろうと腰を回す瞬間に、

俺は大剣の腹を踏み落とした。


回転する剣を止められる、なんて曲芸をされるとは思ってなかったのか、女は目を見開いた。


剣に引っ張られ、バランスを崩す女。


鎧の守られたうなじの隙を縫って、

シルヴィアが刀を振り下ろす。


女は、剣に引っ張られる勢いのまま、

転がって避け、ダガーを振るう。


前転しながら拾ったのか、

もう一本あったのか。


シルヴィアは腕を上げダガーを弾いた。


ダガーの扱いは、

大剣に勝るとも劣らないほど。


だが、リーチの差は埋められない。


女がシルヴィアの剣を逸らし、

僅かな隙を突いて反撃する。


拳、肘、頭突き。


シルヴィアから離れないのは、

間合いを潰したいというのもあるだろうが、

俺が攻撃できないようにするためだろう。


実際俺はその戦いを、

シルヴィアの肩越しに見ることしか出来ない。


かと言って、シルヴィア一人で殺せる相手でもない。


俺も、他へ行くという選択肢を潰された。


俺が離れれば、女は警戒の八割をシルヴィアに向けるだろう。

そうなれば、勝ち目はない。


せめてこの場にテッドとレオが居れば

変わっていたのだろうが。



そう、俺はシルヴィアが超接近戦をされている限り、手を出せない。


その前提があるのなら、

女の、こちらへの警戒は1段低くなる。




だから俺が自由に動ける。



シルヴィアの肩越しに、

脇差を投げる。


女はこちらを見もせずに、

首を傾けるだけで躱した。


出来た隙に、シルヴィアが踏み込む。

女はシルヴィアを見据え、打ち合う。


その瞳には、シルヴィアだけが映っている。


当然だ。

シルヴィアの背に隠れるように俺は二人の元へと向かったのだから。


俺は脇差を投げるための助走そのままに、

刀を構える。


女の目がこちらを捉えるが、

遅い。



刀がシルヴィアの右肩幻術へと吸い込まれる。



そのまま、

一切の抵抗なく、女の喉元を刺し貫いた。


女の目が一瞬見開かれる。


シルヴィアの魔術に気付けなかったからだろう。


「カ、ハッ」


女は咳き込むが、

それでもその眼光は変わらない。


敵を狩る、炎のような瞳。


そのダガーはシルヴィアが抑えている。


俺は、刀を回してその首を捻りきった。


「これで、動けないはず」


地に落ちた女の目には未だに、

こちらを狙う眼光を宿していた。






シルヴィアが、空気を変えるように声を出す。


「持ち場から離れすぎちゃったね」

言われて周りを見渡す。

中隊の中央にいたはずが、

右翼の真ん中近くまで来ていたことに、

今更気づいた。


「ごめん、今度はちゃんと見る」

「いいよ。それより、もう戻ろう。

隊長たちに謝らなきゃ」

「うん。来てくれてありがとう」

「どうも」


シルヴィアは落し物を拾ったみたいに、

当たり前というような顔で頷いた。


実際に、シルヴィアはそれが当たり前の環境だったのだろうか。


だとすれば、それはどんな生活だったのか。

帰ったら、聞いてみよう。

そう思って、刀を構えて足を出した、

その瞬間だった。


「止まれ。」


その男の言葉には、不思議と強制力があった。


言霊と呼べるほど、魔力が籠っている訳ではない。


それでも、男の声には足を止めさせる程の怒りがあった。


「イルゼを殺したのはお前たちか」


イルゼとは誰か、は聞くまでもなかった。


先程殺した女は、

イルゼという名だったのだろう。


何故か、嘘をつく気にはなれなくて。

顔を見て、返したくなった。


「あぁ、俺が殺した。」

「アル」

「いいから」


そう言うと、シルヴィアは押し黙った。


そう、それでいい。



俺らがアイツに敵わないのは、

声を掛けられた時から分かっている。


例え万全の状態で戦ったとしても、

勝てるとは思えない。


それでも、逃げなかったのは、

逃げられなかったからではない。


逃げたくない理由があったのだ。




殺した女よりも少し銅色に近い赤髪。

その巨躯に見劣りすることの無い大剣を、

男は構える。

この赤黒い大地と、空と同じ色。

男がこの場所にいるのが当たり前のように思えて、

何だか羨ましくなった。


「シルヴィア、師匠か隊長呼んできて。」

「アル、怪我してるでしょ。

私が、」

「シルヴィアだって、無理やり来てるくせに」


さっきの、イルゼという女の注意を己に向けさせるためだろう。

その身体の全身に、来た時から幻術を纏っていた。


自分が万全だと思わせるために。

その下は、どの程度傷があるのだろう。

動けている以上、そこまで大きいものではないのだろうが。

それでも、腹以外に大した傷のない今の俺の方がマシに思えた。


「なんだ、気付いてたの」

「うん。多分今の俺の方がマシでしょ」

「勘?」

「うん」

全く、なんて溜め息が聞こえてきそうな顔をして、シルヴィアは首を横に振った。

「なら、ちょっと待って」


シルヴィアの手が腹に触れると、

すぐに傷がふさがっていった。

感覚としても、腹が問題なくなったように思えた。


「回復魔術なんてできたの?」

「幻術。気休めだから全然治ってないよ。

……………私が戻ってくるまで、生きてて。」

「もちろん」


そう返すと、シルヴィアは風のように走り出した。


「始めるか。」

シルヴィアが行くまで待っていてくれたのか。

「ありがたいけど、なんで」

待っていたのか。

「あいつを殺した奴を殺せればいいだけだ」

「そうか、俺とは違うな。」

そこに、俺とシルヴィアに差はないと思うど。

まぁ見逃してくれたなら、十分か。


俺は、刀を抜いて、顔の横に構える。


そうして、お互いに示し合わせたように、

同時に踏み出した。













「隊長!早く!」

「お前が早いんだよ!待ってる暇あったら加勢してやれ!」

「じゃあ先行ってるから、早く来て!」

グレゴリウスが頷くのを見て、

シルヴィアは走り出した。


少しでも早く着けるように。

少しだけ、本来の姿を出してみる。

毛深くなる手足。

衝撃を殺すための肉球。


今では使うことはないけれど、

そこに宿る獣性は本物だ。


人間のふりをしていた時よりずっと早い。


それでも心には追いつけない。

まだ、もっと早く。



そうしないと、アルがあの男に殺される。

その風景が、ありありと目に浮かんだ。


それを置き去りにするように、




走って、


走って、






走って












走って。










やっとたどり着いた時に見たのは、

アルが心臓を突かれる瞬間だった。

剣先が胸に沈み込んでいく。



「まだ、間に合う」


その呟きが祈りであったことはわかっていた。


それでも、言葉にすれば真実になり得る。

そのはず。


だから、アルを突き飛ばして、

自由になった大剣の腹を殴りつける。


「なんだ、お前戻ってきたのか。

男の献身を無駄にする気か。」

「そんなはずないでしょ。」


その言葉を聞く前に、男は飛び退いた。

空から降ってきた巨体が、男が一瞬前にいた場所を踏みつぶす。


「シルヴィアはアル連れて治療しにいけ。

こいつは俺が片付ける。」

「了解」

「待って、俺、そいつと決着つけないと」

「命令だ。アルビンス。

大人しく治療されとけ。」


グレゴリウスは話すことは無い、と男へ相対する。


「名前くらい聞いておいてやろうか。

女と一緒に埋めてやる」

「レインズ。ただのレインズ。

それと、イルゼに手向けるのはお前とあの坊主の首だ。」





剣戟の音が段々と遠ざかっていく。

その音が戦場の音にかき消された頃、

アルは口を開いた。



「結局、なんも出来なかったね」

「そんな事ないよ。

アル凄かったじゃん」

「でも負けた。

イルゼって女にも、あの男にも」

シルヴィアは、

語る言葉を持たないかのように、

黙り込む。


勝敗ではなく、無力感が根幹にあると気づいた故。


「なら、今度殺せるまで、強くなろう」

「うん。練習もっとハードにしてもらおうかな」

「それより、型教えてもらわないと。」

「ね。

あのジジイ絶対隠してるよね。」

「あれでないとか大嘘よ。

私でもわかるわ」


2人は一足先に戦地から戻った。

気持ちの整理もつかないままに、

彼らは非日常から引き上げた。


こうして、彼らの初陣は終わった。





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