第29話

「いや~、まじ危なかった~」


 アテナが追ってきていないことを確認して、メルクリウスは歩みを止めた。でもアテナもそんな怒らなくてもいいのに。別に恋愛に興味があったっていいと思うんだけどな~。神様にだって感情はあるんだしさ。


「えっと、ここは……ああ、ガイアの神殿の近くじゃん」


 メルクリウスは周囲を見回して現在地を把握する。アテナから逃げることを最優先に動いてきていたのできちんと自分がいる位置を把握できていなかったのだ。


(ちょうどいいじゃん、動き回ってお腹空いたし、ガイアのところで何か食べさせて貰おう~)


 歩き出して数分かからず、メルクリウスの視界の先に神殿が見えてきた。ルディアーナのいる神殿と比べれば小さいがそれでもかなり荘厳なつくりだ。門番のように立っているガイア配下の神族に声をかけながら、メルクリウスは神殿内に入っていく。


「ガイアいる~?」

「メルクリウス、どうかしました?」


 メルクリウスが声をかけると、神殿の奥からガイアが柔和な笑みを浮かべながらやってきた。


「アテナから逃げてきたら、ガイアの神殿の近くまで来ちゃったから遊びに来たんだ~」

「また悪戯したの?」

「そんなことないって~、アテナが恋愛小説を買ってたのをちょっと弄っただけだよ」

「あらあら」

「それよりもなにか食べるものある? アテナから逃げるのに本気で動いたからお腹すいちゃった」

「少し時間かかってもいいなら作れますよ~」

「じゃあ、お願い」

「はーい」


 メルクリウスのお願いを聞いたガイアはメルクリウスを神殿内の食堂に連れていき、自身は厨房に入って早速調理を始めていく。


「相変わらず手際いいよね」

「ありがとう~」


 匂いにつられてメルクリウスは料理しているガイアの傍まで近づく。普段と同じくゆったりと動いているように見えるのに、料理はあっという間にできてしまうから不思議だ。


「できましたよ~」

「ありがとう、ガイア。いただきます!」

「はーい」


 メルクリウスはガイアから貰った料理を貰うと、食卓に戻ってぱくぱくと食べ始める。


「そう言えば、ガイアはルディアーナ様の想い人って気にならないの?」

「気にならないと言えば嘘になりますし、機会があれば会ってみたいですね~」

「じゃあさ、じゃあさ、今度2人で一緒に会いに行かない?」

「構いませんよ~」

「じゃあ決定ってことで! 色々決まったら声かけるね。それじゃあまた。料理ごちそうさま」


 メルクリウスはガイアの料理を平らげると、物凄い勢いでガイアの神殿を去っていく。その僅か数十秒後、険しい表情をしたアテナがガイアの神殿を訪れてきた。


「ガイア! ここにメルクリウスが来てなかったか?」

「ほんの少し前までいたわ~」

「そうか、……相変わらず逃げ足の速い奴だ。ガイア、邪魔した」

「はーい、いってらっしゃい」


 アテナはすぐさま踵を返して去っていってしまう。ひらひらと手を振りながら見送っていたガイアはお茶を入れに棚を開く。


「あら、この茶葉もう残り少ないですね。そろそろ誰かにお願いをしないと……いえ、偶には自分で買いに行きましょうか~」


 

----------

 4月5日。早いものでこっちの世界にきて一月が経過していた。3月は色々と合ったけど、ほんと色々あったけど、4月は今のところ平穏無事に過ごせている。イベントごともステラリア連邦の方に向かう光ちゃんを見送りに行ってぐらいで、後は4月15日から『マイラ祭』に出かけるぐらい。もうずっとこの調子で行ってほしいところだけど、そう上手くはいかないだろうな……。


「主様、どうかしましたか?」

「ううん、平穏なことって幸せだなー、って思ってさ。それより串焼き美味しい?」

「はい! 主様も食べますか?」


 クーナさんを連れての王都散策。護衛としてついてきてくれるたびに何かしら買ってあげているけど、やはりクーナさんは串焼きが一番好きなようだ。表情にすぐ出るから分かりやすいし、可愛らしい。


「ありがとう、でも大丈夫だからクーナさんが全部食べていいよ」

「♪ わかりました!」

 

 クーナさんは満面の笑みを浮かべながら串焼きを頬張っていく。しっぽがぶんぶんである。


「こっちの方はまだ行ったことがなかったよね?」

「もぐもぐ、なかったと思います」


 これまでも王都を散策してきたことで、大通りに面したところはある程度把握できるようになった。なので最近は大通りから少し外れたところや、一本路地に入ったところなんかを散策するようにしている。とは言え、あまり外れの方に行きすぎると治安が悪かったりするそうなので、精々大通りから2、3離れた道ぐらいまでしか散策はしない。護衛としてついてきてくれているクーナさんにも迷惑はかけられないしね。


「じゃあ行ってみようか」

「はい!」


 大通りから一本逸れたわき道からさらに一本、大通りと並行するように通っている道を歩いてみる。観葉植物を売っているお店や、隠れ家的なカフェにハンドメイドの雑貨屋など、見ているだけでかなり楽しめた。


 この道は結構色々あって面白いな。また今度じっくり見てみたい。そう考えながら道を進んでいくと、大通りに合流した。


 この辺りって前に洋服を買いに行ったところだよね。うん、間違いない。へぇ、ここに繋がっているんだ。この辺りは王都内でも少し高級なお店が立ち並ぶエリアになる。この辺も洋服を買った時だけであんまり見て回ってないんだよなぁ。


 ぐるりと辺りを見回していたところ、きょろきょろと辺りに視線を彷徨わせている女性が見えた。あの感じ、明らかに迷ってるよな……。


 ハルトは女性の方にゆっくりと近づいていった。


  

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